COLUMN

【BD最新事情】アングレーム国際漫画祭2015最新ニュース


あけましておめでとうございます。
本年もShoProBooks、BDfileをどうぞよろしくお願い致します。

さて、2015年最初の更新は、翻訳家、日仏コーディネーターとして活躍されている
鵜野孝紀さんが不定期でお届けする現地のBD最新事情です!

今回は、まもなくフランスで開催される、年に1度の海外コミックの祭典、
アングレーム国際漫画祭について、現地の最新情報をまとめていただきました。



* * *


今年も1月29日(木)に第42回アングレーム国際漫画祭が幕を開ける。

2月1日まで4日間の会期中20万人を越える入場者を迎えるほか、約50カ国から約280社が出展、8千人の業界関係者、900人の報道関係者を集める。「漫画界のカンヌ」といわれる所以である。


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注目の展覧会

フェスティバルでは、アングレーム市内7つのメイン会場を中心に300を越えるプログラム(トークショー、ワークショップ、デッサンライブなど)が予定されているが、メインとなるのが大小16ほどの展覧会だ。その中から主要なものを紹介しよう。


『カルビンとホッブス』展

まずは何といっても、昨年のフェスティバルでグランプリを受賞したビル・ワターソンの代表作、『カルビンとホッブス』の展覧会だ。

ワターソンは、1995年の同シリーズ連載終了後は新作を発表せず、公の場にも姿を見せていないことから、昨年のグランプリ授賞時には、フェスへの参加はもちろん、前年のグランプリ受賞者が描くことになっているポスターの制作も不安視されていた。最終的に、やはりワターソンはフェスへは参加しないものの、ポスターの制作や展覧会(これもグランプリ作家に関するきまり事)への資料提供は無事行われたようだ。

1985年から10年に渡り、世界2,400紙に掲載された新聞連載漫画『カルビンとホッブス』。単行本は全世界で3,000万部を越える売上を記録し(日本でも1993年と2004年に翻訳版が刊行されている)、アングレームフェスでは1992年に最優秀外国作品賞を受賞している。

今回の展覧会では、昨年3月、オハイオ州立大学付属ビリー・アイルランド・カートゥーン・ライブラリー&ミュージアム(Billy Ireland Cartoon Library & Museum)で行われた展覧会をベースに、『カルビンとホッブス』の全容を紹介。またワターソンの制作技法、チャールズ・シュルツ(『ピーナッツ』1950-2000連載)、ウォルト・ケリー(『ポゴ』、1948-1975連載)、ジョージ・ヘリマン(『クレイジー・カット』、1913-1944連載)といった、20世紀に活躍した新聞漫画における先人からの影響についても探ろうとする内容となるようだ。

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▲『カルビンとホッブス』

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▲『カルビンとホッブス』仏語版より

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▲『カルビンとホッブス』仏語版より
© Bill Watterson. Distribue par Universal UClick-Integrale Calvin et Hobbes-Editions Hors Collection © Bill Watterson


谷口ジロー展覧会「夢みる人」

アングレームで最優秀シナリオ賞(『遥かな町へ』、2003年)、最優秀デッサン賞(『神々の山嶺』、2005年)などの賞も受賞し、ヨーロッパにおいて日本を代表する巨匠となった谷口ジロー

歩く人』『父の暦』『遥かな町へ』といった静謐で内省的な作品から始まり、以後、『事件屋稼業』(原作:関川夏央)、『餓狼伝』(原作:夢枕獏)から『孤独のグルメ』(原作:久住昌之)まで、幅広くその作品が紹介され、今では30点を越える翻訳版が存在する。

今年のフェスでは、初めて仏語版が刊行されて(『歩く人』、1995年)からちょうど20年目の節目に大展覧会が催される。600㎡の会場に約300点の原画や資料を「大自然」「家族」「静謐」「時間」「食事」などのテーマ別に展示。さらに最近の仕事として、ルイ・ヴィトンの「トラベルブック ヴェネツィア」、ルーブル美術館とのコラボ作品『千年の翼、百年の夢』(フランス語版は昨年11月に発売)、フランスでの最新作『とも路』(原作:萩原美和子)の紹介コーナーも!

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▲『遥かな町へ』『神々の山嶺』『千年の翼、百年の夢』仏語版表紙


「ムーミンの不思議な世界」展

昨年(2014年)生誕百年を迎えたトーベ・ヤンソン(1914-2001)がシリーズを生み出してちょうど70年目にあたる今年のフェスで「ムーミン」の展覧会を開く。意外にもフランス語圏でムーミンが一般に知られるようになったのは2000年代にコミックスの翻訳版が刊行されてからのこと。

展覧会では原画も含めて「ムーミン」の作品世界・キャラクターを紹介する他、イラストレーターとしてのヤンソンがプレス向けや小説用に描いたイラストも展示。

新作映画『劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス』のプレミア上映も行われ(フランスでの公開は2月4日から)、会場となる漫画美術館では、フェス閉幕後も今年の夏まで展示を継続する。

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「スーパークリエーター、ジャック・カービー」展

アメリカからは「キング」ことジャック・カービー(1917-1994)の回顧展。

戦前にジョー・サイモン(1913-2011)と『キャプテン・アメリカ』を生み出し、60年代以降、スタン・リー(1922-)と『ファンタスティック・フォー』、『シルバー・サーファー』、『超人ハルク』、『ソー』『X-メン』など数々のキャラクターを世に送り出した、漫画家であると同時に原作者・編集者でもあるアメコミ界の巨匠カービーの業績を紹介する。

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アレックス・バルビエ展

フランスからは、画家でバンド・デシネ作家でもあるアレックス・バルビエ Alex Barbier(1950-)の展覧会。バルビエは、1970年代末から作品を発表、具象と抽象を混合させる独自のスタイルを確立し、最も早くバンド・デシネに絵画表現を持ちこんだ作家の一人とも言われる。

性を露悪的に描き、新しい表現を賞賛される一方、その過激な描写は数多くの非難にもさらされてきた。

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▲代表作の一つ、『Lycaons リカオン』(2003年)

90年代には講談社・モーニングで『市長への手紙』を連載、単行本が発売されている。

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▲『市長への手紙』

昨年刊行された『Dernière bande 最後の漫画』でバンド・デシネ制作に終止符を打ち画業に専念することになったバルビエの、35年に渡る画業を約100点の単行本原画や絵画とともに振り返る。

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▲『Dernière bande 最後の漫画』



今年は中国特集の様相

アジアからは、昨年の韓国に続いて中国が大規模出展する予定だ。
中国・広州市が招待都市として"Pavillon Chine"(中国館)を運営、人気作家7名がフェスに参加してサイン会やデッサンライブを行う。うち4名は日本でも知られる作家たちである。

李昆武(Li Kunwu リー・クンウー)
チャイニーズ・ライフ―激動の中国を生きたある中国人画家の物語』(原作:フィリップ・オティエ/訳:野嶋剛、明石書店)で第18回文化庁メディア芸術祭・漫画部門、優秀賞受賞が決定。

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▲『チャイニーズライフ』日本語版全2巻

夏達(Xia Da シャア・タア)
集英社・ウルトラジャンプで『誰も知らない ~子不語~』、『長歌行』を連載

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▲『長歌行』

姚非拉(Yao Fei-La ヤオ・フェイラ)
かつて「ウルトラジャンプエッグ」(Webコミックサイト・2011年に終了)で『鬼吹灯~ドラゴンサイン~』を連載。 

姚巍(Yao Wei ヤオ・ウェイ)
『半空的花【空中の花】』で、第6回外務省国際漫画賞・優秀賞を受賞。


また、中国漫画の古典の紹介も行われる。展示される作家の一人、張楽平(Zhang Leping チャン・ルーピン、1910-1992)が1935年に生み出した中国の国民的キャラクター『三毛(サモ)』シリーズは昨年フランス語版が刊行され、今年のフェス「遺産賞部門(Séléction Patrimoineine)」にノミネートされている。

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▲『三毛』



日本からの参加作家

そして日本からは、展覧会の開幕に合わせて谷口ジローが現地入り(また、グランプリ受賞の可能性も)するほか、『Wet Moon』が「ミステリー部門(Sélection Polar)」にノミネートされているカネコアツシ、多くの仏語版が出ている伊藤潤二(『富江』、『うずまき』映画版の上映も)、『多重人格探偵サイコ MPD PSYCHO』(作画:田島昭宇)や『黒鷺死体宅配便』(作画:山崎峰水)の原作でフランスでも知られている大塚英志の参加が予定されている。

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▲『Wet Moon』『うずまき』『多重人格探偵サイコ MPD PSYCHO』仏語版表紙



そして、今年のグランプリの行方は...?

フェスで授賞される賞の最高峰、作家の全業績を讃えるグランプリの候補作家26名のリストが先月発表された。

クリストフ・ブランChristophe Blain(フランス)
クリスチャン・ビネChristian Binet(フランス)
チャールズ・バーンズCharles Burns(アメリカ)邦訳版あり
ダニエル・クロウズDaniel Clowes(アメリカ)邦訳版あり
ニコラ・ドクレシーNicolas de Crécy(フランス)邦訳版あり
ピエール・クリスタンPierre Christin(フランス)※
コゼCosey(スイス)
エティエンヌ・ダヴォドーÉtienne Davodeau(フランス)
エディカEdika(エジプト)
エマニュエル・ギベールEmmanuel Guibert(フランス)邦訳版あり
エルマンHermann(ベルギー)
アレハンドロ・ホドロフスキーAlejandro Jodorowsky(チリ)※邦訳版あり
キノQuino(アルゼンチン)
スタン・リーStan Lee(アメリカ)※邦訳版あり
ミロ・マナラMilo Manara(イタリア)邦訳版あり
松本大洋(日本)
ロレンツォ・マットッティLorenzo Mattotti(イタリア)
アラン・ムーアAlan Moore (イギリス)※邦訳版あり
大友克洋(日本)
マルジャン・サトラピMarjane Satrapi(イラン)邦訳版あり
ジョアン・スファールJoann Sfar(フランス)邦訳版あり
ビル・シエンキーウィックツBill Sienkiewicz(アメリカ)
谷口ジロー(日本)
リチャード・コーベンRichard Corben(アメリカ)
ジャン・ヴァンナムJean Van Hamme(ベルギー)※
クリス・ウェアChris Ware(アメリカ)邦訳版あり
 ※ 漫画原作者


最終候補者3名が、現在行われているプロの作家(原作者・作画者とも)による投票によって選ばれる。この第1回投票の結果は1月12日に明らかになる予定だ。

グランプリ受賞者は、フェスティバル会期中、会場で行われるフェス参加作家の投票により決定される。

昨年ビル・ワターソン(43%)に次ぐ票を集めた大友克洋(30%)が最有力候補の一人と目されている。このとき三番手となったアラン・ムーア(27%)がすでにグランプリ辞退を表明しているからだ。

グランプリの発表は、先日、本サイトで紹介された各賞と同様、2月1日夜(現地時間)のフェスティバル閉会式も兼ねた授賞式で発表される。発表を楽しみに待ちたい。


Text by 鵜野孝紀

COLUMN

アングレーム国際漫画祭2015 ノミネート作品発表!


今年もこの季節がやってまいりました!
年に1度のバンド・デシネの祭典、アングレーム国際漫画祭です!

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公式サイト:http://www.bdangouleme.com

アングレーム国際漫画祭ってなに?という方は、まずコチラの記事をご参照ください。


今回で第42回となるアングレーム国際漫画祭は、
2015年1月29日から2月1日の4日間にわたって行われます。

開催に先駆けて、今年の受賞候補作となるノミネート作品が発表されました。
今回も日本からは3作品が最優秀作品賞候補となるオフィシャル・セレクションに選出されています。

それではノミネート作品を一挙にご紹介します!




●Sélection officielle 公式セレクション
※この中から2014年度の最優秀作品が1作のみ選ばれます。
※()内の邦題はすべて仮題です。

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L'ARABE DU FUTUR T1

(未来のアラブ人 1巻)

著者:リアド・サトゥッフ
出版社:Allary
制作国:フランス

シリア人の父とフランス人の母をもつ作者が、自身の半生と同時代の中東史を交差させた自伝的作品。第1巻では、アサド時代のシリア、カダフィ政権下のリビアを舞台で過ごした幼年期を描く。
≫公式サイトで試し読み
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AUTEL CALIFORNIA T1
FACE A - TREAT ME NICE

(オテル・カリフォルニア〔カリフォルニアの祭壇〕 1巻
A面 - トリート・ミー・ナイス)

著者:ニーヌ・アンティコ
出版社:L'Association
制作国:フランス

50年代から70年代のアメリカを舞台に、少女ブクレットがそうそうたるロックスターたちと出会い伝説のグルーピーとなっていく様を描く。「TREAT ME NICE」はプレスリーが歌った曲名から。
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≫BDfile過去の紹介記事


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BARTHÉLÉMY L'ENFANT SANS ÂGE
(不死の子バルテルミー)

著者:シモン・ルサン
出版社:Cornélius
制作国:フランス

何度死んでも少年の姿で生まれ変わるバルテルミーの夢は早く死ぬこと。そして二度と生まれ変わらないこと!もはや生きることに意味を見いだせなくなった不死の少年の日常。
≫公式サイトで試し読み


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BETA... CIVILISATIONS (VOLUME 1)
(ベータ...文明の誕生 第1巻)

著者:ジェンス・ハーダー
出版社:Actes Sud - L'An 2/CARLSEN
制作国:ドイツ

地球の歴史をその起源から全4冊で描こうとする壮大な試みの第2章の1巻目。ビッグバンから霊長類出現までを描いた前作『ALPHA』(2009年)の続編。人類の誕生~文明の発達など紀元前までの歴史を描く。
≫公式サイトで試し読み (※書影下の本のアイコンより)


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BLAST T4
-POURVU QUE LES BOUDDHISTES SE TROMPENT

(ブラスト 4巻 -仏教徒たちの思い違いであればいいのに)

著者:マニュ・ラルスネ
出版社:Dargaud
制作国:フランス

受刑者ポルツァ・マンチーニが自ら犯した重大な罪を告白する大河シリーズの最終巻。作者のマニュ・ラルスネは2004年に既に『Le Combat ordinaire(ありふれた戦い)』で最優秀作品賞を受賞している。
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BUILDING STORIES
(ビルディング・ストーリーズ)

著者:クリス・ウェア
出版社:Delcourt/Pantheon
制作国:アメリカ

『ジミー・コリガン』作者によるコミックの枠を越えた話題作。大きなボックスに収められた14の印刷物(本、パンフレット、ポスター、新聞など)からなり、どこからでも読むことができる。シカゴのアパートに住む義足の女性が結婚・出産を経てもなお孤独を抱えて生きる様を描く。


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CALAVERA
原題:Sugar Skull
(シュガー・スカル)

著者:チャールズ・バーンズ
出版社:Cornélius/Pantheon
制作国:アメリカ

『ブラック・ホール』著者による最新作。『X'ed Out』、『The Hive』に続く3部作の最終章。タンタンやウィリアム・バロウズへのオマージュ満載のダークな冒険物語。


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CET ÉTÉ LÀ
原題:This One Summer
(あの夏)

著者:ジュリアン・タマキ, マリコ・タマキ
出版社:Rue de Sèvres/First Second
制作国:アメリカ

両親と毎年恒例の海辺でのバカンスへ出かけたローズ。両親の不和、地元の少女ウィンディとの友情、思春期に訪れる体の変化や初めて芽生えた異性への興味など、大人の入口に立った少女のひと夏の経験。
≫公式サイトで試し読み


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LE CHEF DE NOBUNAGA T4
原題:信長のシェフ 4巻

著者:西村ミツル(原作)、梶川卓郎(漫画)
出版社:Komikku/芳文社
制作国:日本

現代の料理人・ケン。彼が目を覚ますとそこは戦国時代だった。京で評判の料理の噂を聞きつけた信長は、強引にケンを自分の料理人にするが...!? 戦と料理が織りなす前代未聞の戦国グルメ絵巻。


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L'ENFER EN BOUTEILLE
原題:瓶詰の地獄

著者:丸尾末広
出版社:Casterman /エンターブレイン(KADOKAWA)
制作国:日本

海難事故により、南国の離れ小島に流れ着いた二人の兄妹。地上の楽園のようなその島で、兄妹が遭遇した世にも戦慄すべき地獄とは。夢野久作の代表作を完全漫画化した表題作他、オリジナル作品を収録。


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HOMMES À LA MER

(海の男たち)

著者:リフ・レブス
出版社:Soleil
制作国:フランス

海を舞台とする19・20世紀の幻想ホラー短編小説(コンラッド、ホジスン、マック・オルラン、ポー、シュオッブ、スティーヴンソン)をコミック化。8編を収録。
≫公式サイトで試し読み (※書影下の「PREVIEW」より)


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JULIO
原題:Julio's Day
(フリオ)

著者:ギルバート・ヘルナンデス
出版社:Atrabile/Fantagraphics
制作国:アメリカ

1900年に生まれ2000年に亡くなったメキシコ農夫・フリオの一生。文字通り20世紀を生きたひとりの男の人生を通してこの世紀の歴史を顧みる。
≫公式サイトで試し読み


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K.O. À TEL-AVIV T2
(テルアビブでK.O. 2巻)

著者:Asaf Hanuka
出版社:Steinkis
制作国:イスラエル

知られざる現代イスラエル人の諸相。テルアビブに暮らす作者自身の日常をユーモアや皮肉を込めて、ときにシュールに描く。
≫公式サイトで試し読み (※PDFが自動でダウンロードされます)


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LASTMAN T6
(ラストマン 6巻)

著者:バラック、ミカエル・サンラヴィル、バスティアン・ヴィヴェス
出版社:Casterman
制作国:フランス

ファースト・シーズン最終巻。リシャール・アルダナと彼の若きパートナー、アドリアンの冒険は一応の完結を見る。マンガやビデオゲームに熱狂した世代の作家による、少年マンガへのオマージュかつ挑戦。
≫試し読み
≫BDfile過去の紹介記事


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LITTLE TULIP
(リトル・チューリップ)

著者:フランソワ・ブック(作画)、ジェローム・チャーリン(原作)
出版社:Le Lombard
制作国:フランス

70年代のニューヨーク。腕利きの刺青師ポールは、かつてソ連で両親とシベリアに送られるも画の才能を活かし収容所を生きのびた。今では指名手配犯の似顔絵描きとしても手腕を発揮するが、今度の事件の容疑者はなかなか捕まらない......。
≫公式サイトで試し読み


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LOCKE & KEY T6 - ALPHA ET OMÉGA
原題:Locke & Key Volume 6: Alpha & Omega
(ロック&キー 6巻 -アルファ&オメガ)

著者:ガブリエル・ロドリゲス(作画)、ジョー・ヒル(原作)
出版社:Milad
制作国:アメリカ

父親が惨殺された後、3人の兄妹が母親と一緒にかつて一族が暮らした邸宅、キーハウスに移り住む。持つ者に特殊な力を与える魔法の鍵の存在に気づくも、屋敷に棲む悪霊も同じ鍵を狙っていた...。ベストセラー作家原作のホラーコミック最新刊。
≫公式サイトで試し読み (※書影下の「PREVIEW」より)


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LOVE IN VAIN
(むなしき愛)

著者:メッゾ(作画)、ジャン=ミッシェル・デュポン(原作)
出版社:Glénat
制作国:フランス

1938年に27歳の若さで亡くなった伝説のブルース歌手、ロバート・ジョンソン(1911-1938)の激動の人生を描く。
≫公式サイトで試し読み


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LUNE L'ENVERS
(月の裏側)

著者:ブリュッチ
出版社:Dargaud
制作国:フランス

創作意欲を失ったベストセラー作家と非人間的な労働に従事する若い女。独特な色彩で日常の不安を描いた意欲作。作者ブリュッチは2010年にアングレーム市グランプリを受賞している。


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MAGASIN GÉNÉRAL T9
- NOTRE-DAME-DES-LACS

(食料雑貨店 9巻 ノートル・ダム・デ・ラック)

著者:レジス・ロワゼル、ジャン=ルイ・トリップ
出版社:Casterman
制作国:フランス

前世紀ケベックのとある小村を舞台にした感動作の最終巻。マリーとセルジュを中心に起こるささやかながらも美しい出来事の数々。レジス・ロワゼルは2002年にアングレーム市グランプリを受賞している。
≫公式サイトで試し読み


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MAX WINSON T1 - LA TYRANNIE
(マックス・ウィンソン 1巻 - 横暴)

著者:ジェレミ・モロー
出版社:Delcourt
制作国:フランス

マックス・ウィンソンはデビュー以来7年間無敗を誇る世界一のテニスプレーヤー。幼い頃から横暴な父にテニス漬けにされた末に辿り着いたスターダムの裏側で苦悩する若き天才の姿を描く。


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MES CENT DÉMONS!
原題:One Hundred Demons
(100の悪魔)

著者:リンダ・バリー
出版社:Çà et là/Sasquatch Books
制作国:アメリカ

多作なアメリカ人女性作家の初仏訳作品。4コマやイラスト、コラージュ、詩など、さまざまな形の創作物が収められており、作家を志す人にとって参考になること請け合い。


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MODERNE OLYMPIA
(現代のオランピア)

著者:カトリーヌ・ムリス
出版社:Futuropolis - Musée d'Orsay
制作国:フランス

19世紀絵画の世界。売れない絵画女優「オランピア」は様々な名画の端役をつとめながら主役を夢みて奮闘する日々。「ヴィーナス」のようなスターになる日は訪れるのか?オルセー美術館コラボコミックプロジェクト第一弾作品。


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UN OCÉAN D'AMOUR
(愛の海)

著者:グレゴリー・パナシオーヌ、ウィルフリッド・リュパノ
出版社:Delcourt
制作国:フランス

漁に出たまま忽然と姿を消した夫を探すある女の旅を描いたサイレント作品。原作のウィルフリッド・リュパノは、ここ数年、すっかりアングレーム国際漫画フェスティバル公式セレクションの常連となっている。


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L'OR ET LE SANGT4 - KHALIL
(黄金と血 4巻 カリル)

著者:メルワン、ファビアン・ブドゥエル、ドゥフランス、ファビアン・ニュリ
出版社:Glénat
制作国:フランス

モロッコのリフ山地が炎に包まれるさなか、正反対の2人の主人公レオンとカリクストは、仏西同盟に対する戦いに巻き込まれていく......。人気シリーズの第4巻。
≫公式サイトで試し読み


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PANTHÈRE
(ヒョウ)

著者:ブレヒト・エヴァンス
出版社:Actes Sud BD
制作国:フランス

『Les Noceurs』と『Les Amateurs』で既にノミネート経験をもつベルギー人作家の新作。愛猫を失った少女のもとに優雅なヒョウの王が現れる。ビル・ワターソンの『カルヴィンとホッブス』への思いがけないオマージュ。


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QUE LA BÊTEFLEURISSE
(鯨よ、さかえよ)

著者:ドナティアン・マリー
出版社:Cornélius
制作国:フランス

鯨漁をテーマにした驚くべき物語。ページのほとんどが版画で描かれている。漁師たちは鯨の出現を緊張の面持ちで待つが、さまざまな困難が彼らを襲う......。


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SAGA T3
(サーガ 3巻)

著者:ブライアン・K・ヴォーン(作)、フィオナ・ステイプルズ(画)
出版社:Urban comics/Image Comics
制作国:アメリカ

SFとファンタジーを絶妙にブレンドした銀河版ロミオとジュリエット。魅惑的なディストピアものでもある。ポップなカラーリングが絵にいっそう華を添えている。昨年に続くノミネート。


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SUKKWAN ISLAND
(サクワン島)

著者:ウーゴ・ビヤンヴニュ
出版社:Denoël Graphic
制作国:フランス

あらすじ:デイヴィッド・ヴァンの同名の小説(2010年、メディシス賞外国小説部門受賞)を原作に、アラスカ南部のある島を訪れた父と若い息子のぎくしゃくとした関係に焦点を当てている。


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SUNNY T1
原題:Sunny 1巻

著者:松本大洋
出版社:Kana/小学館
制作国:日本

様々な事情を持つ子供たちが、親と離れて暮らす星の子学園。園の片隅に放置されたポンコツサニーとともに、少しずつ大人の階段を上ったり、立ち止まったりする子供たちの姿を描く。


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ULYSSE, LES CHANTSDU RETOUR
(オデュッセウス―帰還の歌)

著者:ジャン・アランバ
出版社:Actes Sud BD
制作国:フランス

オデュッセウスは、放浪の10年ののち、ついに故郷イタケーに帰還するが、記憶を失ってしまったらしい......。ホメロスが遺した古典的作品を自由にBD化した作品。
≫公式サイトで試し読み


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VERMINES T1
- LE RETOUR DE PÉNÉLOPE

(けらたち 1巻 帰ってきたペネロープ)

著者:ギヨーム・ゲルス、マルク・ピシュラン
出版社:Les Requins Marteaux
制作国:フランス

『フェライユ・イリュストレ』誌でデビューして10年、ついにあの虫けらたちが単行本になって帰ってきた。作者お得意のテーマと不愉快なユーモアをご賞味あれ。
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LES VIEUX FOURNEAUXT 1
- CEUX QUI RESTENT

(古ぼけたかまど 第1巻 - 残されたものたち)

著者:ポール・コエ(作画)、ウィルフリッド・リュパノ(原作)
出版社:Dargaud
制作国:フランス

長く連れ添った妻を亡くした70代のアントワーヌ。葬儀に駆けつけた幼なじみピエールとエミールは、銃を手に妻の元不倫相手への報復にイタリアへ車を走らせるアントワーヌを止めるべく、妊娠中の孫娘ソフィーと珍道中に旅立つ。
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VOIR DES BALEINES
原題:HE VISTO BALLENAS
(鯨を見る)

著者:ハビエル・デ・イスシ
出版社:Rackham/Astiberri
制作国:スペイン

バスク地方の分離独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由」の実際にあったテロ事件とそれに対抗する「対テロリスト解放グループ」の犯罪に取材した、暴力をめぐる精緻な考察。


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VOUS ÊTES TOUSJALOUX DEMON JETPACK
原題:You're All Just Jealous of My Jetpack
(みんながうらやむ僕のジェットパック)

著者:トム・ゴールド
出版社:Éditions 2024/Drawn & Quarterly
制作国:イギリス

『ガーディアン』誌に毎週掲載された作品。ナンセンス・ユーモアの伝統が息づく。作者は、諸芸術の間にあるヒエラルキーにまつわる固定観念をリミックスし、えもいわれぬおかしな作品に仕立てあげた。


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YEKINI, LE ROIDES ARÈNES
(イエキニ 土俵の王様)

著者:リザ・リュグラン、クレマン・グザヴィエ
出版社:Éditions Flblb
制作国:フランス

タイゾン、バラ・ガイⅡ、イエキニ。実在するセネガル相撲の3人の力士を描いた作品。絵だけでなく、写真も散りばめたこの作品は、今日のセネガルについてのすばらしいルポルタージュでもある。





その他部門のノミネート作品については、タイトルのみご紹介致します。

●Sélection Jeunesse 子ども向け作品賞部門

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『AU PAYS DES LIGNES』 Victor Hussenot (La Joie de Lire)
『BOULE À ZÉRO T3 - DOCTEUR ZITA』 Ernst et Zidrou (Bamboo)
『CATERINA T1 - LE GANG DES CHEVELUS』 Alessandro Tota (Dargaud)
『EMILE ET MARGOT T4 - MERCI LES MONSTRES !』 Olivier Deloye, Anne Didier et Olivier Muller (BD Kids - Bayard)
『HILDA ET LE CHIEN NOIR』 Luke Pearson (Casterman)
『KARTON T1 - TAMÉUS TROGNEBARDE』 Uwe Heidschötter et Patrick Wir beleit (BD Kids - Bayard)
『LÉGENDES DE LA GARDE T3 - LA HACHE NOIRE(Mouse Guard)』 David Petersen (Gallimard/Boom Entertainment)
『PASSE-PASSE』 Dawid et Delphine Cuveele (Éditions de la Gouttière)
『QUATRE SŒURS T2 - HORTENSE』 Cati Baur et Malika Ferdjoukh (Rue de Sèvres)
『LES ROYAUMES DU NORD T1』 Clément Oubrerie et Stéphane Melchior (Gallimard)
『SEVEN DEADLY SINS T5』 Nakaba Suzuki (Pika)
『LE TEMPS DES MITAINES』 Anne Montel et Loïc Clément (Didier Jeunesse)


●Sélection Patrimoine 遺産賞

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『CAPITAINE ALBATOR INTÉGRALE (宇宙海賊キャプテンハーロック 完全版)』 松本零士  (Kana/秋田書店)
『DAREDEVIL PAR FRANK MILLER T1』 Frank Miller, Klaus Janson (Panini)
『GILLES LA JUNGLE』 Claude Cloutier (La Pastèque)
『GREEN LANTERN & GREEN ARROW (グリーンランタン/グリーンアロー)』 ニール・アダムス、デニス・オニール (Urban Comics/DC Comics)
『HISTOIRE DE LA SAINTE-RUSSIE』 Gustave Doré (Éditions 2024)
『LA MALÉDICTION DE RASCAR CAPAC T1』 Hergé et Philippe Goddin (Casterman)
『POGO T1』 Walt Kelly (Akileos)
『SAN MAO, LE PETIT VAGABOND』 Zhang Leping (Fei)
『SANDMAN T4 (サンドマン 4巻)』 ニール・ゲイマン他 (Urban Comics/DC Comics)
『SEX & FURY』 凡天太郎 (Le Lézard noir)


●Sélection Polar ミステリ作品賞部門

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『FATALE』 Max Cabanes, Doug Headline (Dupuis)
『GOTHAM CENTRAL T1』 Michael Lark, Ed Brubaker, Greg Rucka (Urban Comics/DC Comics)
『MOI, ASSASSIN』 Keko, Antonio Altarriba (Denoël Graphic)
『PETITES COUPURES ÀSHIOGUNI』 Florent Chavouet (Philippe Picquier)
『WET MOON T 1』 カネコアツシ (Casterman/エンターブレイン)


受賞の発表はフェスティバル最終日の2015年2月1日です。
はたしてどの作品が最優秀作品賞に輝くのか!?
発表をお楽しみに!


COLUMN

"小野耕世、大いに語った!ガイマン賞2014ナビ"レポート


読者が選ぶ海外マンガ年間ベストアワード「ガイマン賞2014」。
今年は最多となる105作品がノミネートされ、
賞はこれまでにない盛り上がりをみせましたが、
先月末、無事、投票が締め切られました。

投票結果は、12月13日(土)、米沢嘉博記念図書館で行われる
結果発表トークイベントにて発表されます。

それに先駆けて今回は、
先日、同じく米沢嘉博記念図書館で行われたガイマン賞トークイベント
「小野耕世、大いに語る!ガイマン賞2014ナビ」の模様をダイジェストでお届けします!


* * *


先日11月8日(土)、ガイマン賞2014の中間イベント『小野耕世大いに語る! ガイマン賞2014ナビ』が明治大学米沢嘉博記念図書館にて開催された。

司会は原正人氏(バンド・デシネ翻訳家)、椎名ゆかり氏(アメリカン・コミックス翻訳家)が務め、ガイマンの歴史を振り返りつつ、今年の概要を伝える内容で"ガイマンの父"と称される小野耕世氏をゲストに迎えた。小野氏は漫画評論家、映画評論家、翻訳者と数多くの顔を持ち、半世紀近く前から最前線で海外マンガの普及に貢献、齢70を過ぎた今でも現役で海外マンガを紹介し続けている。

当日足を運べなかった方、もう一度内容を振り返りたい方のため、盛況に終わったイベントの模様をダイジェストでお送りしよう。





原 「ガイマン賞は2012年にスタートし、今年で第3回目を迎えます。実はそれ以前に、ウェブ上で「この海外マンガがすごい!」という若干微妙なタイトルで行っていたことがあります(笑)。その際に受賞したのが小野さんの訳された『皺』という作品だったんですね。そういった縁もあって、今回、小野さんをお招きしました」


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『皺』

パコ・ロカ[著]
小野耕世、高木菜々[訳]
定価:2,800円+税
小学館集英社プロダクション


原 「皆さんにお配りした資料の中にも書いてありますが、小野さんが初めて海外マンガに関するお仕事をされたのは『COM』[*1]に連載された記事だったそうですね。 1968年の4月から、手塚治虫さんの推薦で始められたと聞いていますが?」


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小野 「そうですね、手塚さんは本当に何でも吸収しようという人でした。海外マンガを読んでいると、魔神ガロンはアメコミのキャラクターから来てるな、なんていうこともわかったりするんですよ。『COM』が始まってすぐに電話がありましてね」


原 「お忙しい中ご本人から!」


小野 「手塚さんはきちんとしたかたで、電話をする時はいつもご自分でなされたのです。『もしもし、手塚ですが』というふうにね」


原 「電話番号をご存知だったということは、すでにお知り合いだったということですよね?」


小野 「最初にお会いしたのは、マンガ家たちのパーティーの席で、私の大学時代のことです。まぁ、ぼくの父も漫画家だったので、ずっとお会いしたいとは思っていたんですが、でも、ぼくは気が弱くて、どうやって連絡したらいいのかわからなかった。結局そのパーティーで紹介されて、手塚さんの仕事場にうかがうことになったのです。『キャプテンKen』を描かれながら、熱心に私のスーパーマンなどの話を聞いてくれてました」


原 「その後、翻訳の仕事などを始められたわけですね。小野さんは、今よりもずっと不便であった時代に、海外の作家と連絡をとって、日本に最新の海外マンガを紹介されていたわけで、まさに"ガイマンの父"たる所以だと思います」


椎名 「その当時、海外の作家の方にお会いされていたというのは本当にすごいですよね」


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原 「小野さんのそういった活動は、いずれもっと掘り下げていきたいと思いますが、今回はガイマン賞のイベントなので、ガイマン賞のノミネート作にも触れていきたいと思います。今回の105作の中で、小野さんのオススメはどれでしょうか?」


小野 「本当を言うと『リトル・ニモ 1905-1914』を読んでくださいと言いたいですが(笑)、『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』なんかは面白いですよ。これはスーパーヒーローものなんですが、なんか、大袈裟じゃないんですよ。非常に人間味豊かに描かれていて、絵も素敵でね。シブイ本ですよ、これは」

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『リトル・ニモ 1905-1914』

ウィンザー・マッケイ[著]
小野耕世[訳]
定価:6,000円+税
小学館集英社プロダクション
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『ホークアイ:マイライフ・アズ・ア・ウェポン』

マット・フラクション他[著]
中沢俊介[訳]
定価:2,000円+税
小学館集英社プロダクション


椎名 「ちょっとクリス・ウェア[*2]の影響があるようにも見えますね。スーパーヒーローものなのに(笑)。あとこちらの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、映画もすでにご覧になったようですが、いかかがでしたか?」


141203_04.jpg 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

ダン・アブネット&アンディ・ラニング他[著]
光岡三ツ子[訳]
定価:2,000円+税
小学館集英社プロダクション


小野 「映画もマンガも良かったですよ。マーベルは経営的に苦しい時期もあったのですが、いまとても勢いがあるのは映画が成功したからです。映画のテクノロジー、コンピューターの技術が発達して、スパイダーマンがビルからビルへ飛び移るなどヒーローたちの動きがすべて実写化できるようになったからです」


原 「アメコミと言うと、そういったメディアミックス展開が思い浮かびますが、まだ映画などで大々的に取り上げられていないのに、昨年あたりから翻訳が出て人気になった作品に『デッドプール』がありますね。書店さんに聞いた話ですが、女子高生なんかも結構買ってたりするそうです。 そしてスーパーヒーローものとは違ったオルタナティブ系でいうと『スティッチ―あるアーティストの傷の記憶』というのもありますね」


141203_05.jpg 『デッド・プール:スーサイドキングス』

マイク・ベンソン、カルロ・バルベリー他[著]
高木亮[訳]
定価:2,000円+税
小学館集英社プロダクション
141203_06.jpg 『スティッチ あるアーティストの傷の記憶』

デイビッド・スモール[著]
藤谷文子[訳]
定価:2,600円+税
青土社


小野 「これはすごいマンガですね。絵本作家の自伝的なものですが、大人向けのマンガとして素晴らしいと思います」


原 「そしてもう一つ、今日ここにいる椎名ゆかりさんが訳された『デイトリッパー』。これはブラジルを舞台にしてまして、同一主人公による連作短編で、彼は毎回異なる死に方をするんです。非常に凝ったプロットの素敵な作品ですね」


141203_07.jpg 『デイトリッパー』

ファビオ・ムーン、ガブリエル・バー[著]
椎名ゆかり[訳]
定価:2,600円+税
小学館集英社プロダクション


原 「そしてアジアからは、小野さんも『アジアのマンガ』(大修館書店)などでもご紹介されている『カンポンボーイ』(2014、東京外語大学出版会)があります」


141203_08.jpg 『カンポンボーイ』

ラット[著]
稗田奈津江[訳]
定価:1,800円+税
東京外語大学出版会


小野 「作者のラットにはまず東京で会い、1980年以後、何回もマレーシアと東京、福岡などで会っています。最近も『カンポンボーイ』はマレーシアで舞台化されています。今度の本は、英語版からではなく、マレー語版からの訳という点に意味があります」


原 「バンド・デシネはいかがでしょう? 例えば、『チェルノブイリの春』はすでに読まれていますでしょうか?」


141203_09.jpg 『チェルノブイリの春』

エマニュエル・ルパージュ[著]
大西愛子[訳]
定価:4,000円+税
明石書店


小野 「作者が来日した際にインタビューもさせていただきましたが、これは絵が非常に素晴らしいですね」


原 「そうなんですよね。この作品は、作者の手が動かなくなり、緻密な絵が描けなくなってしまったというところから、話が始まります。彼は重い気持ちでチェルノブイリに向かうんですが、そこには思いがけない圧倒的な自然が広がっている。そして、彼はそれに触れる事でまた絵が描けるようになっていく......という、作品のスタイルとテーマがある意味調和している作品です。そしてもう一つも同じ大西愛子さんの翻訳なのですが......」

小野 「『フォトグラフ』はすごいですね。独創的だと思います。作者は『アランの戦争』(国書刊行会、2011年)を描いた方ですよね」


フォトグラフ.jpg 『フォトグラフ』

エマニュエル・ギベール他[著]
大西愛子[訳]
小学館集英社プロダクション
定価5,400円+税


原 「そうですね。エマニュエル・ギベールという作家ですが、写真とマンガを見事に調和させています。それから、バンド・デシネは原書より版型を小さくして翻訳されることが多いのですが、珍しく原書に非常に近い形で翻訳されたミロ・マナラの『ガリバリアーナ』という作品もノミネートされています」


141203_10.jpg 『ガリバリアーナ』
ミロ・マナラ[著]
鵜野孝紀[訳]
パイインターナショナル
定価:2,200円+税


小野 「非常にエロティックな絵を描く方で、映画監督のフェデリコ・フェリーニとも仕事をしていますね。ぼくはこの方の作品がもっと多く日本で出て欲しいなーと思います」


原 「ちなみにぼくが翻訳した『ローン・スローン』も、ミロ・マナラ作品と同じように古典的でありながら、要注目の作品です。小野さんは作者のフィリップ・ドリュイエにもお会いになってるんですよね」


ローン・スローン.jpg 『ローン・スローン』

フィリップ・ドリュイエ[著]
原正人[訳]
定価:4,000円+税
小学館集英社プロダクション


小野 「1972年から74~5年にかけてパリでお会いしてます。ヒゲ面の大きな男でしたね。こういう絵を描ける人間というのは今でもいないですね。フランスでお会いした時にはラヴクラフトの本に絵を描いてくれました」


原 「それは拝見したいですね! ドリュイエはラヴクラフトを始めとする幻想文学やSFに強く影響を受けていて、ラヴクラフトのキャラクターを使った絵も描いています。著作権に対する考え方が緩かった時代ではありますし......まぁいまだにフランス人はちょっとその辺はゆるい印象がありますが(笑)。
本当にささやかな形ではありましたが、105作のうち、数点、小野さんのオススメ作品も含めてご紹介させていただきました。投票は11月いっぱいまで受け付けています。ぜひ小野さんにも投票していただければと思っています」


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原 「最後にぜひ伺っておきたいのですが、小野さんはなぜかくも長きに渡り、ガイマン=海外マンガを読み続けてらっしゃるのでしょうか?」


小野 「要するに"違うもの"に興味があるんですよ。7つの頃、まだ英語も読めない頃にミッキーやスーパーマンを見て、絵や色が綺麗だなぁなんて思っていました。小学校にスーパーマンなんかを持っていって、友達と一緒に読んでいたんですが、まわりはみんなどこかで読むのを止めてしまって。
ぼくはそれを止めていないだけなんです。子供の頃に感じた面白さが尾を引いていて。この前も、アニメ化されたチェコのグラフィックノベルを見て、手に入らないかなー、ぜひ原作のコミックスを見たい、と思ったし......」


原 「このお歳になってもなお、新しいものを追い求めていらっしゃるんですね!」


小野 「日本のマンガは世界一、なんて言いますが、ぼくはその辺はよくわからないんですよ。全部読んだ人はいないわけですから。発行部数で言えば日本はトップですよね。『NARUTO』とか『ONE PIECE』とか『進撃の巨人』とか。じゃあ一番売れている『ONE PIECE』が世界で一番いいマンガかというとそれは別ですよね。当たりまえのことですが、発行部数にかかわりなく、素敵なマンガは世界のあちこちにあります」


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[注]
*1―『COM』...描きたいものが書ける雑誌、新人を育てる雑誌として手塚治虫が創刊した漫画雑誌。1967年から1971年まで刊行され、数多くの有名漫画家を輩出した。
*2―クリス・ウェア...アメリカの漫画家。代表作に『JIMMY CORRIGAN日本語版』(PRESSPOP GALLERY)など。





以上、ダイジェストでお送りしたが、小野耕世氏の広大なガイマンの引き出しはまだまだ尽きないようだ。

ガイマン賞2014は12/13(土)の同時刻(16:00 ~ 18:00)、同じく明治大学米沢嘉博記念図書館にて結果発表イベントを開催予定である。今回はどのような作品が読者投票第1位に選ばれるのか、発表を楽しみに待ちたい。


Text by 林聡宏


COLUMN

【ドイツコミック情報便2】マティアス・シュルトハイスの世界~『ビルとの旅』の周辺~


ドイツ・ハンブルク在住の翻訳家、岩本順子さんがお届けする「ドイツコミック情報便」。

前回は、岩本さんイチオシのドイツ人漫画家マティアス・シュルトハイス
経歴と作品について紹介していただきましたが、
今回はそのシュルトハイスのカムバック後の長編作品『ビルとの旅』について
著者本人のコメントを交えて詳しく解説していただきました!

★前回の記事は コチラ から。



* * *



2010年にフランスとドイツでほぼ同時に出版された『ビルとの旅(Die Reise mit Bill)』は283ページの大作だ。従来のドイツのコミックアルバムは1巻が50ページ前後。それまでマティアスの作品は、長いもので3巻完結、つまり150ページくらいのボリュームだった。283ページというと、5~6巻に相当する。一挙にたっぷり読めることに心躍った。


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▲『ビルとの旅』書影 ©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


『ビルとの旅』はサイズも新しい。ほぼDIN(ドイツ規格) B5サイズより少し小さく、従来のアルバム(DIN A4とB4の中間くらい)の半分程度。コンパクトで手に取りやすい。気軽に持ち歩いて、地下鉄やカフェ、公園でも読める。コミックを持ち歩いて読む行為自体がとても新鮮で、ほとんどのページを戸外で読んだ。

最近では、ページ数に関わらずストーリー性のある作品をグラフィックノベルと称し、コンパクトサイズで出版することが定着しつつある。ただ、グラフィックノベルの定義はあいまいで、従来のコミックと厳密に区別することは不可能だ。ドイツでは「コミック」という名称から「子供のもの」「フリーク達のもの」「可笑しいもの」というイメージが喚起されるため、大人の読者を意識する出版社が「グラフィックノベル」という名称に飛びついたのだろう。

新鮮だったのは本の体裁だけでない。私はそれまでマティアスの作品世界になかなか入り込めなかったのだが、『ビルとの旅』にはすんなりと入ることができた。作品のテンポが映画的で、いくつかの日本のストーリー漫画の時間の流れに似ている。ナレーションも吹き出しも簡潔だ。以前のマティアスの作品には、このようなテンポやページの余白はなかった。それに、60代半ばの彼の描線には、30年前の『シェルビーの真実』の描線にはない優しさ、まるさが感じられた。


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©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


マティアスは1990年代に約7年にわたって日本の漫画編集部と共同作業を行った。例外もあるが、日本の漫画はページ数に決まりがなく、1つのコマに沢山情報を詰め込みすぎないため、作品中の時間の流れにゆとりがある。『ビルとの旅』には、日本との共同作業を経た痕跡があり、それが読みやすかった理由ではないかと思った。その話をマティアスにしたら、日本との共同作業の後、『ビルとの旅』でカムバックするまで、10年以上にわたってテレビドラマの脚本を書いていたので、そっちの影響が大きい、と教えてくれた。

『ビルとの旅』で、アメリカ大陸をあてもなく車で旅しているのはルークとその娘トゥイーティ。彼らは路上で、ベトナム戦争で両足を失った車椅子の男、ビルと出会う。ビルは両足を取り戻してくれるはずだというシャーマンを探している。ルークたちはビルに同行することを決め、3人の旅が始まる。『ビルとの旅』は前半と後半で大きく舞台が変わる。前半は陽光眩しいアメリカ大陸を舞台とする3人の旅、後半は冬のアラスカ半島でやっとシャーマンを見つけたビルが、北洋で孤独な試練を受けるという構成だ。

ルークのモデルはマティアス自身だろう。彼には本当にトゥイーティという名の1人娘がいて、時々マティアスの作品に顔を出す。確か『プロペラマン』にも登場していた。幼い無邪気なトゥイーティとビルの会話がとても素敵で、安らかな気持ちになる。


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©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


2013年4月11日のブログで、マティアスは『ビルとの旅』(当初の仮題は『鯨の歌』)を始め、作品のアイディアがどう生まれてくるかについて述べている。それは彼自身にも理解できない「マジックのようなもの」だという。現在では、敢えてそれを理解しようとせず、アイディアが生じるままにさせているため、頭の中では沢山のアイディアの断片が渦を巻いており、時間とともに、面白くない要素が淘汰されて行くという。


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▲30年前の構想スケッチ ©Matthias Schultheiss


上記のイメージスケッチは、マティアスが30年以上前に描いたものだ。当時、彼はモノクロで、こんな画風の作品を描いていた。よく見ると、ルークとトゥイーティ、そして車椅子のビルがいる。鯨は『ビルとの旅』の後半に登場する。中には作品に使われなかった要素、別の作品に結晶した要素もある。

2013年4月11日のブログページには、同じく30年以上前に描かれた他のスケッチもアップされている。


先日、マティアスに『ビルとの旅』のなりたちについて尋ねてみたら、こんな返事がかえって来た。

この話は30年以上前に、出版することなど一切考えずに構想し始めたものなんだ。アイディアと物語が膨らむにまかせていた。でも当時の僕にはどうしても終わりが見えず、そのままになっていた。30年たったある時、この物語を終わらせたいと思うようになった。そして、新たに物語を練って行くうちに、結末が見えて来た。僕はひたすら描き続け、作品は完成をみた。そして、これを出版しないのはあまりにも残念だと思って、グレナ社に見せてみたら、すんなり出版が決まったんだ


ルーク、トゥイーティ、そしてビルは、30年の年月を経て、豊かな物語に熟成した。

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©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


今年3月29日の彼のブログにこんな文章を見つけた。「『ビルとの旅』は僕がこれまでに描いた作品の中で一番美しく、一番重要な作品、非常に個人的な作品だ。僕はアメリカという広大な国とそこに住む人々が好きだ。アメリカにはアメリカでしか起こりえない物語がある。僕が言う物語とは、UFOとかインディアンの話じゃないよ。僕は度々アメリカを訪れ、気の向くままに旅をした。グレイハウンド(バス)で旅をしていた時には、僕の人生において最も素晴しいいくつかの出会いがあった


これを読んだとき、マティアスがかつて語っていたことを思い出した。「僕は少年の頃から、自分の父親に象徴されるドイツの重苦しさ、狭苦しさに窒息しそうになっていて、ひたすらアメリカに、その広大さ、スケールの大きさに憧れていたんだ......


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©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


続いて5月19日のマティアスのブログにはこんなことが書いてあった。「遠くで雷鳴が響くとき、僕のところに、「ランベルト」[※]や「ビル」がやってくる。彼らは僕の旧友となった。ルークのことは見失ってしまった。彼は塵となり、何かを探すような眼をして、星と星の間の無限の空間をさまよっている。ルークの娘のトゥイーティも、あまり訪ねて来なくなった。たまに僕の肩越しに現れて『パパったら、またお話描いているの』なんて言ってくる」。
―『ラゴスの鮫』の主人公


『ビルとの旅』から4年。ビルの存在は、マティアスにとって、今なお重要なのだろう。ビルがまた、彼の作品に登場するなら、その続きの話を読んでみたいと思う。


★出版社のサイトで、一部閲覧可能です↓
http://www.splitter-verlag.eu/die-reise-mit-bill.html

★マティアス・シュルトハイスのブログはこちら↓
http://matthias-schultheiss.de

Text by 岩本順子

COLUMN

【ドイツコミック情報便1】マティアス・シュルトハイスの世界~イントロダクション~


以前、「ドイツコミック最前線を知る!」と題してインタビューをさせていただいた
ドイツ・ハンブルク在住の翻訳者、岩本順子さん。

前回の記事はこちらから↓
ドイツコミック最前線を知る!/『ベイビーズ・イン・ブラック』翻訳者・岩本順子さんインタビュー〔前編〕
ドイツコミック最前線を知る!/『ベイビーズ・イン・ブラック』翻訳者・岩本順子さんインタビュー〔後編〕

岩本さんは、かつて講談社の『モーニング』に掲載されたドイツコミックの翻訳なども手掛け、
ドイツにおける日本漫画の普及にも携わってこられた方です。

そんなドイツコミック事情に詳しい岩本順子さんに、
なかなか知ることのできないドイツのコミック事情、作家について
これから定期的にご紹介いただけることになりました!
まずは岩本さんが特におすすめするドイツ人漫画家マティアス・シュルトハイスについて
数回にわけて詳しくご紹介いただきます!


* * *


■シュルトハイス・クロニクル

ドイツのコミック作家のなかで、誰にも模倣できない独自の画風を持ち、オリジナルの物語を無限に紡ぐことができる作家というと、マティアス・シュルトハイスしか思いつかない。68歳を迎えた現在も、ますます精力的に創作活動を続けている。

ドイツのコミック作品が、海外で翻訳出版されるケースは増えている。しかし、マティアスはフランス、アメリカ、そして日本のそれぞれのマーケットに直接飛び込み、現地の編集者とコミュニケーションをとりながら作品を生み出してきた、本当の意味でのインターナショナルな作家だ。ドイツのコミック業界の器は、彼にとっては小さすぎたのかもしれない。

まずはマティアスの経歴を簡単に紹介しよう。


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▲マティアス・シュルトハイス


マティアスは1946年ニュルンベルク生まれ。子供時代からコミックを読むのも描くのも大好きだった。特に、スイス人作家ハンスルディ・ヴェッシャーの『宇宙飛行士ニック』 がお気に入りだったという。

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▲7歳のころの絵。ジェット装置着用の宇宙飛行士

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▲7歳の頃の作品『強盗』(左:表紙タイトル/右:ページ例)


学校を出て、家具職人の修業を積んだ後、ハンブルク芸術大学(HFBK)で商業イラストレーションを学び、ハンブルクを拠点にフリーのイラストレーターとして活動しはじめた。

デビュー作品は、アメリカのトラック野郎が主人公の『トラッカー』(1981)。しかし、それ以前にも『ザンクトパウリの狼』など、未発表の小品を描いている。その後チャールズ・ブコウスキーの短篇作品をコミック化した『ブコウスキー短編集』(1984)が話題となり、本格的に作家活動を開始した。その後、フランス人のエージェント、ポール・デロエの勧めで、フランスの出版社、アルバン・ミシェル社に作品を持ち込み、同社がオーナーとなったばかりのコミック誌『エコー・デ・サヴァンヌ(L'Écho des Savanes)』に作品が掲載されるようになった。初の長編作『シェルビーの真実』(フランス語版タイトルは『ベルの定理』)は、1985年に同誌に一部が掲載され、後に3巻のアルバム(BDの単行本)として出版された。


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▲『ブコウスキー短編集』 ©Charles Bukowski and Matthias Schultheiss (L&PM Editores)

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▲『シェルビーの真実』 ©Matthias Schultheiss (Carlsen)


続く長編『ラゴスの鮫』もフランスのグレナ社から3巻のアルバムとして出版され、ドイツに逆輸入された。当時のドイツの出版元はハンブルクのカールセン社だった。マティアスは、1986年のエアランゲン・コミックサロンで、第2回マックス&モリッツ賞(ドイツ最優秀コミック作家賞)を受賞したのだが、それでもドイツの出版社は本格的に彼と組もうとはせず、小品を出すに留まった。


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▲『ラゴスの鮫』 ©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


マティアスは、1990年代に入ると、アメリカ市場に挑戦した。ロンドンのコミック見本市で出会ったダークホース社のために、長編SF『プロペラマン』を描き始めたのである。その頃、講談社とも出会い、日本市場にチャレンジしたが、描き下ろし大作『狂気の中枢』は日の目を見なかった。

アメリカと日本の市場に向けて仕事をした後、マティアスは一時的に行き場を失い、ハンブルクの芸術学校で教鞭を執るかたわら、テレビドラマのシナリオライターとして活動した。しかし、次世代にコミック制作の手法を教え、広範な視聴者に受け入れられるストーリーを生み出す間も、創作の手を休めることはなかった。2008年と2009年に『河をゆく女』と『ダディ』が講談社の『マンダラ』誌に掲載され、2010年にはグレナ社から『ビルとの旅』を出版、ヨーロッパでのカムバックを果たした。いずれの作品も、ドイツではビーレフェルトのシュプリッター社が出版した。

2012年には、グレナ社が絶版となっていた『ラゴスの鮫』を復刻出版、シュプリッター社も今年の夏にドイツ語版の1‐3巻を1冊にまとめて出版した。マティアスは現在、同作品の続編の制作に取り組んでおり、うち48ページが4巻目のアルバムとして夏に出版されたばかり。続編も全3巻となる予定だという。


■シュルトハイス作品と私

1990年代初頭にマティアス・シュルトハイスのことを教えてくれたのは、当時の講談社国際室のスタッフやコミック編集部の編集者たちだった。彼の評判は、フランスやイタリア経由でも日本の出版社に伝わっていた。ハンブルクのコミックショップへ行けば、作品がいくつも並んでいた。手当り次第に読み始めたのは、それからだった。

しかし当時の私には、彼の作品は難解すぎた。吹き出しやモノローグを何度も読み返すのだが、なかなか作品世界に入り込めない。日本の漫画と異なる文法に慣れる必要があり、それには少し時間がかかりそうだった。

ところで、1990年代はハンブルクのコミックシーンがとても元気だった時代だ。日本から漫画が押し寄せてくる直前で、ハンブルクだけで、プロ、アマチュアあわせ100人余りの作家たちが活動していた。彼らはI.N.C.(Initiative Comic-Kunst e.V./イニシアティヴ・コミックアート協会)という団体を結成し、4回にわたって合同展覧会を開催した。毎回、取り壊しが決まったビル内の、廃業したディスコやクラブが会場だった。大抵の作家は、自作を壁に掛けているだけだったが、マティアスのコーナーは独特の雰囲気を醸し出していた。砂を敷き詰めたスペースには、石や流木などの漂流物、紐などで作られた不思議なオブジェが置いてあった。 彼は『シェルビーの真実』の1シーンを3次元で再現していたのだった。その空間に立ったとき、私は初めてマティアスの世界に少しだけ入り込めたように感じた。その空間では、ドイツ語も、ヨーロッパ・コミックの文法も必要がなかったからだ。

カムバック後の長編『ビルとの旅』は、私が一番気に入っている作品だ。彼の作品の中で、これほど引き込まれたものはない。ストーリーも、作画スタイルも、 時間の流れも、描かれる世界も、何もかもが愛おしく感じられる。マティアスと彼の作品に出会って約20年、この作品からもらった感動が引き金となって、今、過去の作品を読み返している。次回から、彼の代表作を少しずつご紹介したい。


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▲『ビルとの旅』 ©Matthias Schultheiss/Éditions Glénat, Splitter Verlag


<参考>
マティアス・シュルトハイスのオフィシャルサイト
http://matthias-schultheiss.de/
(初期のイラスト作品や未発表作品も公開されています)


Text by 岩本順子


0815_06.jpg ■岩本順子さんPROFILE

1960年神戸市生まれ。翻訳者、ライター。ハンブルク在住。
90年代に日本の漫画作品のドイツ語訳に従事。現在はドイツとブラジルを往復しながら、両国の風土、食文化、ワインについて執筆活動中。自ら運営するサイトでは、ハンブルク・エッセイも発信してい る。著作に『おいしいワインが出来た!名門ケラー醸造所飛び込み奮闘記』(講談社)、『ドイツワイン 偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)、『ぼくは兵役に行かない!』(ボーダーインク)、訳書に『ベイビーズ・イン・ブラック』(講談社)がある。
WEBサイト:www.junkoiwamoto.com


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