INTERVIEW

【特別インタビュー】風忍が語る『ローン・スローン』の衝撃(後編)


前回に引き続き、フィリップ・ドリュイエローン・スローン』日本語版刊行記念企画として
『地上最強の男 竜』『ガバメントを持つ少年』などの作品で知られる
漫画家・風忍さんのインタビューをお送りします。


ローン・スローン.jpg ローン・スローン

フィリップ・ドリュイエ[著]
ジャック・ロブ[作・原案]
バンジャマン・ルグラン[作]
原正人[訳]

B5判変型・上製・336頁・本文4C

定価:4,000円+税
ISBN 978-4-7968-7185-3
小学館集英社プロダクション

好評発売中!!

<前編は コチラ から>



* * *


■ドリュイエの魅力


風忍(以下、風) それにしても、今回ドリュイエさんの本が、ああいったかたちで出たというのは本当に嬉しいですね。

原正人(以下、原) そう言っていただけると、こちらも嬉しいです。70年代の頭に『ローン・スローン』シリーズが始まって、かれこれ40年ぐらいですもんね。フランスに行ったときに本人とも会うことができたんですが、本人はすごく素敵なオヤジですよ。巻末にインタビューが載ってます。

 ちょっと写真が出てましたよね。

 アトリエで撮ったものです。テーブルとかイスとか、いろんなものを自分で作っていて。自分で作った指輪をはめていたり。

 とにかく『ローン・スローン』はデザインがすごくてビックリしましたからね。僕にとっては本当に"バイブル"です。

 バイブルですか! 確かに、『ローン・スローン』が出た当時は、誰もやっていなかったことなんですよね。出版されたときは、みんな本当にビックリして。日本のマンガももちろんそうだったと思うんですけど、どちらかというと子ども向けのメディアとして(BDが)あったところに、圧倒的なグラフィックで描かれた、荒々しいものを出したという。ようやく大人向けのものとしてのBDが出てきた、というふうにフランスでも受け止められていたようです。

 ドリュイエさんに会ったときに、どうしてこういうふうに描こうとしたのかっていうのはお聞きになったんですか?

 残念ながら、そういう大事な質問を冷静にするほど気が回りませんでした(笑)。彼は『ローン・スローン』の前に『深淵の神秘』(1966)という作品でローン・スローンを登場させた物語を描いていて、日本の『別冊プレイボーイ』に一部分翻訳が掲載されているんです。今日は持ってきてないんですけど、その絵が全然ヘタなんですよ。今回翻訳された『ローン・スローン』のような感じではなくて、言わばどこにでもあるような絵で。その後、素人ながらフォトスタジオで写真の勉強をしたりとか、映画が大好きで映画をいっぱい観たりとか、それから絵画も好きで自分で描いたりもしていて。それで絵が変わっていったようです。絵画については、17歳の頃に描いたキャンバスがあって、それにいまだに毎年筆を入れていくんだって言ってました。すごいですよね、40年、50年かけて(笑)。

 それはすごい(笑)。


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▲ドリュイエが17歳の頃から描き続けている絵


 当時、情報が『ローン・スローン』しかなかったので、どういう人で、どんなふうにして描いてたのかなと疑問だったんですけど、今初めてここでわかりました。

 あと、ドリュイエは原画がすごく大きいんです。BD作家ってわりとA3とかで描くことが多くて、それでも結構大きいんですけど、ドリュイエは僕が見た原画では(壁に飾られた畳1枚分ほどの絵を指して)あれ二つは言いすぎかもしれないですけど、それぐらいのサイズのものが展示されてたのを見たことがあります。66年に描いてた頃はわりと小さい原稿用紙を使ってたけど、大きくしたらうまく描けるようになったって言ってましたね。だから出版社がすごい嫌がるんだって(笑)。

 製版しづらいですからね(笑)。

 「切っていいか?」って聞かれたことがあって「それはダメだ」と言った、って話をしたりとか。あと、原稿を運ぶときも巻いて背負わないといけないので、すごく邪魔だとか、そんな話をしましたね。日本で出版されたことを喜んでくれてました。まだ日本に来たことがないそうで、なんとか日本に来てもらえたらなと思っているんですけど。

 ぜひ展示会かなにかしに来てもらえれば。

 出来たらいいですよね。その時はぜひ風さんとトークイベントなんかもしていただきたいです。言語化するのも難しいかもしれませんが、あらためてドリュイエの作品のどこが魅力的だったんでしょうか?

 まず、やっぱり枠がないことですよね。枠がなくて美術的にも面白いかたちで、ページをめくる度に驚きがありました。話がまたちょっと逸れますけど、ロック評論家の渋谷陽一さんが何かの雑誌で「『地上最強の男 竜』はページをめくる度に驚きがある」ということを書いてたんですけど、「永井豪が描かせているんだろう」って文があったらしくて、それは違うと(笑)。とにかく、今までに見たことがないものだから、当時はただただ衝撃だけでしたね。

 「このページが好き!」というのが、もしあればお聞きしたいのですが。

 まず、最初に開いたところから圧倒されますよね。

 色もすごいですけど、メタリックのよくわからない造形にもすごい衝撃を受けますよね。

 そうですね。構図の取り方も。

 アングルもちょっと狂気を感じさせます。


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 キャラクターもいいですし。ここもいいですね......これもいい、全部いいんですよね!(笑)。荒廃した感じの描き方とか。すべて絵としてもキマってるんですよ。

 縦見開きってちょっとビックリしますよね。

 宇宙にあるこの謎の造形物はなんだろうなと思いましたね。

 やっぱり1巻目がお好きですか?

 そうですね。次巻も何冊かイエナ書店に行って買いましたけど、この衝撃はなかなか超えられないですね。

 ストーリー的には2巻目が面白いというか、ひとつの長編としてまとまっているんですよね。

 あと、大胆な円の使い方がいいんですよね。同じものはないっていうのがいいですよ。



■70年代後半の日本マンガ

 80年代初頭に『ポップコーン』という海外マンガ紹介の流れの中では重要な雑誌がありましたが、風先生はそちらでも連載をされていたんですよね。たしか『最後の暴走族』という作品で。当時、『ポップコーン』には大友克洋さんも『That's Amazing World』という短編連作を描かれていて。海外マンガと日本マンガが好きな人間としては思わず「おおっ!」とうなってしまうわけですが......『最後の暴走族』は単行本にはなってないんですよね。

 なってないですね。あれは途中で終っちゃったような。

 多分、雑誌自体が途中でなくなっちゃったんですね。図書館などで古い雑誌に当たらないと読めないのが残念ですよね。

 でもあれは、どうしようかな......と思いながらやってたので、なかなか上手くいかなかった感じがあります。

 SFタッチの作品も多いですけど、やっぱりSFがお好きだったんですか?

 そうですね。といっても、SFのことはあまり詳しくないのでわりといい加減な感じだったんですけど。特に当時はSF映画がいろいろあって、『惑星ソラリス』とかが好きでした。

 なるほど。それこそ『スター・ウォーズ』とかも。

 『スター・ウォーズ』は当時すごかったですからね。アメリカのコミック雑誌のうしろなんかに広告がたくさん載ってたりしましたよ。

 『S-Fマガジン』でも『心の内なる声を聞け!』という作品を78年ぐらいに描かれてますよね。ちょうど野田昌宏さんが海外のSFマンガのことを紹介し始めた頃で、小野耕世さんも連載を持たれたりしています。だから、(風忍さんは)いち早くSFマンガに新しいテイストを取り入れられているわけで、その先見性には驚かされます。

 当時、大塚から高田馬場に移ってきて、駅前にビブロスという洋書店があったんですけど、そこに『ヴァンピレラ(VAMPIRELLA)』『クリーピィ(CREEPY)』『イーリィ(EERIE)』『1984』という雑誌が売ってたんです。『1984』はだんだんとタイトルが変わっていって『1994』にまで年代が近づいていきましたね。これはニーニョの特集なんかも載っています。


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 こういった雑誌を読まれていたんですね。

 ニーニョはやっぱり他の人とはタッチが全然違いますよね。

 ほんとにカッコいいです。劇画っぽい雰囲気もありつつ、でもデザイン的にも洗練されているというか。オシャレな感じですね。ドリュイエっぽさもちょっとあります。

 『スーパーマン』なんかは全部カラーですけど、白黒もいいんですよ。

 ヒーロー物のアメコミとかも、お好きなんですか?

 そうですね、前は資料的に結構集めてましたね。例えば、ニール・アダムスの『スーパーマン対モハメド・アリ』とか。

 なるほど。70年代後半ぐらいに、それまでとは違うものが日本のマンガの中に入ってきて、新しい表現が生まれたような印象があるんです。風先生のお仕事もそうですし、もちろん大友さんもそうですし。その頃から日本のマンガが大きく変わっていった印象はありますか?

 昔はよく読んでたんですけど、自分が仕事をするようになってからはマンガをほとんど見なくなっちゃったんですよ。アニメもほとんど見なくなりましたし、例えばアニメを見てると「この人、徹夜して描いてるのかな......」と思ってしまって。描いてる側の気持ちになっちゃう(笑)。

 そういうものですよね(笑)。(当事者である)描き手の方はそんなに周りのことを気にしたりしなかったかもしれませんが、エポックメイキングな時代だったのかなと思うところがあります。特に僕は海外マンガに関心があるので、海外マンガと日本のマンガとの接点という意味では70年代後半~80年代初頭ってすごく重要な時代だという気がするんです。作家さんがひょっとしたらそういうことを自覚していたのかなと思ったのですが。

 やっぱり絵で見せたいっていう気持ちは結構ありましたね。



■どうやって描くか

 マンガを描く際に、ある程度ストーリーの骨組みを作って、そこから取り掛かると思うんですけど、そのときにすでに「こういう絵を描きたい」という前提でお話を書かれるんですか。

 ある程度ボヤッとした感じはあると思います。初めは鉛筆でコマを割ってネームを作っていくんですけど、それからいったん壊すんです。初めから「こういう絵を描こう」と思って描いていくと、なかなか上手くいかないので。ネームにセリフを入れて一応話を作っていって、いったんそれを壊しながら二段階、三段階に絵を加えていくんです。

 ページの構成は見開き単位か、それとも1枚単位で考えているんでしょうか。

 あまり見開きは使わなかったです。イラストの集合体として描いていったような感じですね。

 なるほど。イラストという感じをすごく強く持っているということですね。絵1枚としてもキメるという。それはすごくBDっぽいですね。当時のマンガ全体を把握しているわけではないので適当なことは言えませんが、やっぱりこのテイストは異質ですよね。当時の劇画って、まだかなりバタ臭いものが多かったのではないかなと思うんです。風作品によく登場するメタリックなものとかは少なかったんじゃないかと。あるいは、『ガバメントを持った少年』の教師たちが飛び降りてくるシーンとか、こういう光景は映画とか日本のマンガの中にすでにあったんでしょうか。

 今見るまで、こういうの描いてたのを忘れてました(笑)。やっぱり、ネームをやってるときに中からグッと出てくるものがあったと思うんですよね。

 『ガバメントを持った少年』はすごいですよね。

 やっぱりアクション物が好きだったので。映画の『タクシードライバー』なんかも結構衝撃がありましたしね。

 主人公が転校してきたのが空離巣(ソラリス)中学校なんですよね(笑)。

 そうそう(笑)。

 すでにいくつかの場所で取り上げられていますが、この作品の「ぼくは女なんかいやだー!」って言って走っていくラストがすごいですよね。あと、僕はこの『超高速の香織』っていう作品もすごく好きです。これもラストがいい。「それは長い長い2.2秒だった」という。

 『超高速の香織』は講談社さんに応募されたSFのお話があって、それで編集の方から僕に合ってるんじゃないかということで描かせてもらったんですよ。



■今後の仕事について

 いろいろとお話をうかがいましたけど、最後に、今はどういったお仕事をなさっているんでしょうか?

 稲川淳二さん原作のホラーマンガを描いています。

ダイナミックプロ コンビニ向けの小さい本があるじゃないですか。ああいうもので、稲川さんが原作でいろんな方が描いて一冊にするっていう本があって、今はそのひとつをやってます。

 ホラーといっても普通の生活の中での出来事だから、大胆な絵は描けませんけど(笑)。

ダイナミックプロ でも扉絵では、真ん中に顔が丸くくりぬかれていて放射線状に出ているような面白い絵を描かれてますよね。扉絵は自由がありますけど、それ以外は一応実世界を描いているのであまり大胆な構図とかは使いづらいんですよ。7、8月ぐらいには出ると思います。

 風先生が本来お持ちのエキセントリックなスタイルのマンガも、またいずれチャレンジしたいなというお気持ちはありますか。

 そうですね。

 楽しみにお待ちしています。今日は貴重なお話をありがとうございました!


〔協力:株式会社ダイナミックプロダクション〕
〔構成協力:小林大樹〕



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PROFILE

風忍(かぜ・しのぶ)

高校卒業後、ダイナミックプロに入社。永井豪のアシスタントを経て、1971年に『別冊少年マガジン』(講談社)からデビュー。代表作に『地上最強の男 竜』(1977)、『ガバメントを持った少年』(1997)などがある。


INTERVIEW

【特別インタビュー】風忍が語る『ローン・スローン』の衝撃(前編)


今年4月の発売以来、各所で好評をいただいている
フィリップ・ドリュイエの『ローン・スローン』。
読む者に強烈な印象を与える圧倒的なビジュアルは、
発表以来、数多くのクリエイターに影響を与えてきました。


ローン・スローン.jpg ローン・スローン

フィリップ・ドリュイエ[著]
ジャック・ロブ[作・原案]
バンジャマン・ルグラン[作]
原正人[訳]

B5判変型・上製・336頁・本文4C

定価:4,000円+税
ISBN 978-4-7968-7185-3
小学館集英社プロダクション

好評発売中!!


そしてここ日本にも、ドリュイエに衝撃を受けた、と語るクリエイターがいます。

今回は『地上最強の男 竜』『ガバメントを持つ少年』などの作品で知られる
漫画家・風忍(かぜ・しのぶ)さんに、『ローン・スローン』日本語版刊行を記念して
フィリップ・ドリュイエの魅力について語っていただきました。

インタビュアーは、『ローン・スローン』の翻訳も手がけるBD翻訳家の原正人さん。
前後編に分けてお送りします。


* * *


■『ローン・スローン』との出会い


原正人(以下、原) ここ3~4年ぐらいでバンド・デシネ(以下、BD)の翻訳がようやく日本でもまとまって出るようになってきました。メビウスをはじめ、風先生も当時からご存知だったであろう70~80年代に活躍していた作家のものが比較的多く出ています。風先生は『地上最強の男 竜』(双葉社ACTION COMICS、2001年版)のあとがきの中で「フィリップ・ドリュイエの『ローン・スローン』に衝撃を受けた」ということを書かれていて、これはぜひ『ローン・スローン』の出版に合わせてお話をうかがいたいなと思って今日は参りました。まず、この本のあとがきは覚えてらっしゃいますか?


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▲『地上最強の男 竜』


風忍(以下、風) はい、覚えてます。

 『ローン・スローン』にはどのようなかたちで、いつ出会われたんでしょうか。

 まだダイナミックプロが大塚にあった頃に、永井(豪)先生のアシスタントのひとりが「こんなすごいコミックがある」と言って、この『ローン・スローン』を持ってきたんです。


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 へえー! ダルゴー社(DARGAUD)の一番最初のやつですね。

 それで、見てビックリしたんですよ。すぐに永井先生も欲しいと言ったので、今はもうないですけど銀座のイエナ書店に買いに行った記憶があります。この版は、今はもう古本でしか手に入らないですね。

 当時は1ドル=300円とかそんな頃ですよね。この本は72年ぐらいに出てるはずなんですが、初めてごらんになったのは何年ぐらいだか覚えてますか?

 年代までははっきり覚えてないんですけど......大塚にいたのって何年までですかね?

ダイナミックプロ 確か、74年にここに引っ越してきたはずです。

 じゃあ、その前ってことですか。やっぱり早いですね。その頃は、どんな話かはわからなかったんですよね?

 そうです。まったく中身はわかりませんでした。(日本語版で)今回初めて中身をゆっくりと噛みしめて読みたいと思います。

 ありがとうございます!

 当時、まだ僕は3頭身のギャグマンガしか描いてなかったんですよ。ちょこちょこと短編のギャグを描いてて、そのときに『ローン・スローン』に出会ったわけです。大塚にいた頃に衝撃を受けたものが三つあって、『ローン・スローン』がそのひとつ。あとの二つはブルース・リーと鈴木清順の映画です。

 鈴木清順は、どの映画がグッときたんですか?

 池袋の文芸坐地下で時々特集なんかをやっていて、その中で特に好きだったのは『東京流れ者』ですね。美術を木村威夫さんがやってるんですよ。

 同じ頃にその三つのものに出会った?

 はい。それでギャグマンガだけじゃなくカンフーマンガを描きたいと。影響を受けた『ローン・スローン』、ブルース・リー、鈴木清順監督作といったものを出そうと思って『地上最強の男 竜』を描いたんです。

 国会図書館で、初期に描かれたギャグマンガの『ボンドくん』と『ガンマンくん』を読んだんですが絵柄が全然違いますよね。

 『週刊少年ジャンプ』と『別冊少年ジャンプ』に載った作品ですね。

 その後の『地上最強の男 竜』や『ガバメントを持った少年』で、どうしてああいった絵柄に変わっていったんだろうなとすごく気になっていたんですが、その過程にドリュイエがあり、ブルース・リーがあり、鈴木清順があったんですね。当時、他にも海外マンガは読まれていたんですか?


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▲『ガバメントを持った少年』


 もちろん英語もフランス語もわからないので、絵を見るだけで読んではいないのですが、イエナ書店を知ってからは、新しいものが入ってないかよく行きましたね。

 実際に買ったりもされました?

 確かメビウスも買ったと思います。あとは(フランク・)フラゼッタ。今、永井先生のカバー絵を着色してるんですけど、やっぱりそういうのを結構参考にしてますね。



■『ヘビーメタル』に作品が載る



 当時、日本のマンガは海外マンガとはだいぶ違うものだったわけですよね。やっぱりどこか物足りない感じがあって、新しい絵柄にチャレンジしたいという思いがあったんでしょうか。

 そうですね。『ローン・スローン』も今まで見たことがない絵だったので。そうそう、『地上最強の男 竜』を描こうとした最初のきっかけは、海外マンガは内容がわからないから、それだったら自分で作ればいいやと思って、ああいうかたちになったんです。

 なるほど、それはいい話ですね! 実は、気になっていたことがあって。宇田川岳夫さんが『マンガゾンビ』という本で、ドリュイエのことや、いろんな日本のマンガ家さんのことを書いているんですが、風先生のことも書かれているんですよ。たぶん当時風先生にうかがった話だと思うんですが、本の中に「『地上最強の男』は元はホモマンガだった」「その下描きがまだダイナミックプロの倉庫にあるんだ」というようなことが書かれているんです。これは存在してるんですか?

 ありますよ。

 絵柄はギャグマンガ風ではなくて、リアルな絵柄だったんですか?

 そうですね。ただ、そういう絵をあまり描いたことがなかったので『地上最強の男 竜』はほんとうに苦労しましたね。思ったとおりの絵がなかなか描けなかった。

 なるほど。ただ、転機になった作品というのは、『地上最強の男 竜』より前にありますよね。僕が読んだ作品の中では『絶滅者』という短編があって、それが76年に描かれているので、おそらくそちらのほうが先なのかなと思ったのですが。

 記憶では『絶滅者』は後ですね。

 『地上最強の男 竜』のほうを先に始めてるんですか。じゃあやっぱり『地上最強の男 竜』がギャグマンガからの転機になった作品ということですね。その当時、劇画の中でいろいろなことにチャレンジしてる作家さんも多くはいたと思うんですけど、とはいえ、この絵柄はやっぱり唯一無二だったのではないでしょうか。反響はいかがでしたか。

 どうでしょうかね......その辺はあまりよくわからないんですよ。

 当時、海外マンガが好きな作家さん同士の交流とかはあったんでしょうか?

 あまりそういった交流もなかったんですが、アレックス・ニーニョ(Alex Niño)が好きで、紹介記事も書いていたアスカ蘭さんが、こちらに2、3度来たことがありましたね。サンディエゴのコミコンに行ったときにも来てらして。これは元のコミックがあるんですけど、アレックス・ニーニョの絵をまとめて見るためにコピーして作ったんです。アレックス・ニーニョの作品もなんとか出版してほしいなと思ってるんですが......。あと、アメリカに行ったときに、これを買ってきたんですよ。どうぞ見てください。


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▲左:自作のアレックス・ニーニョ画集/右:限定版ポートフォリオ


 へー、カッコいい! これはポートフォリオですか。

 そうですね。限定ものなんです。

 白黒のポートフォリオで結構枚数があるんですね。

 コミコンの会場では僕の原画を壁に貼ってたんですけど、実はアレックス・ニーニョのマネージャーという方が来られて「これを買いたい」と言ってきて。

 ええっ! どうされたんですか?

 断りました。「それは後で使うので」と言って。

 なるほど(笑)。原画を展示されていたということは、サンディエゴにはご自身のプロモーションも兼ねて行かれたということですか?

 そうですね。芝崎(寛政)さんという方がおられて、その人が日本のマンガを翻訳して海外に出そうとしてらっしゃったんですよ。今はもう全然交流がないんですけどね。アメリカの雑誌にマンガを載せる場合はみんな投稿らしいので、『バイオレンス&ピース』を送って返事を待ったわけです。それでなんとか『ヘビーメタル(Heavy Metal)』って雑誌に作品を載せてもらって。サンディエゴはその芝崎さんと一緒に行ったんです。永井先生の作品を持っていって、会場の一画を借りて売ってましたね。そのときに僕の本があったかどうかは忘れてしまいましたが。


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▲『バイオレンス&ピース』


 でも原画は少なくとも置いてあったということですね。じゃあ『ヘビーメタル』については、その芝崎さんの働きかけがあって作品が掲載されることになったんですね。

 ヒロメディアという会社を作った人です。学生のときスタンフォード大学に留学して、日本に戻ってきて英語の先生をやってるうちに自分の会社を作ったという流れらしいですが。

 『エピック(Epic)』にも作品を載せられたと聞いていますが、こちらも同じように芝崎さんを通じて?

 そうですね。いろいろ訳していただいて。

 その方が翻訳もされたんですね。

 確か、そうだと思います。

 『ヘビーメタル』とか『エピック』に載ったときは原稿料はもらえたんですか?

 ええ。値段まではちょっと覚えてないけど、日本よりはよかったでしょうね(笑)。

 カラーですもんね。原稿はちゃんと戻ってきたんですよね。

 はい。

 当時、他に海外でいきなり作品を発表したような日本のマンガ家さんっていらっしゃったんでしょうか。

 当時言われたのは、日本人でああいうかたちで発表されたのは初めてだろうと。

 そうですよね。翻訳されたものが掲載されるというケースは少しはあったと思うんですけど。しかも、カラーでお仕事をされるっていうのも日本のマンガ家さんだと結構珍しいケースだと思いますね。ちなみに、さっき名前をあげた『マンガゾンビ』という本には「未発表のカラー原稿が倉庫に眠っている」ということも書かれているんですけど、それも事実なんでしょうか?

 あれは途中までで完成していなくて、そんなに描いてなかったので処分しちゃいました。

 処分してしまったんですか!?

 その代わりなんですけど、趣味で描いた絵がいくつかあるので見ていただけますかね。

 喜んで拝見させていただきます!


・・・・・・・・・・・


 すいません、お待たせしました。

 おおー、すごい!


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▲風忍さんが趣味で描いたというカラーイラストの一部


 韓流ものが好きで、これはこの間までやっていた『トンイ』というドラマの絵です。

 服の質感がすごいですね。画材はなにを使ってらっしゃるんですか。

 リキテックスですね。

 1枚描くのに、どれぐらいかかるものなんですか?

 ちょこちょこ描いてたので、1週間ぐらいかかったかもしれないです。これはアシスタントの方を描いたもので。

 なんだかすごいカッコいいことになってますね(笑)。

 これは超合金が会社の前に。それも韓流ドラマの『ファン・ジニ』の絵です。

 カラーを描かれるのはお好きですか。

 ええ、好きですね。

 服の模様であるとか、装飾品であるとか、超合金のディテールであるとか、そういったところが非常に魅力的ですね。

 ありがとうございます。


後編につづく>
〔協力:株式会社ダイナミックプロダクション〕
〔構成協力:小林大樹〕



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PROFILE

風忍(かぜ・しのぶ)

高校卒業後、ダイナミックプロに入社。永井豪のアシスタントを経て、1971年に『別冊少年マガジン』(講談社)からデビュー。代表作に『地上最強の男 竜』(1977)、『ガバメントを持った少年』(1997)などがある。


INTERVIEW

映画『しわ』いよいよ公開! イグナシオ・フェレーラス監督インタビュー


今週末6月22日(土)、パコ・ロカの『』を原作とする
アニメーション映画『しわ』がいよいよ公開になります!

このサイトをご覧になっている方はすでにご存知かと思いますが、
『皺』はスペイン人漫画家パコ・ロカ氏によって、2007年にフランスで刊行された作品です。


1212_01皺.jpg


[著]パコ・ロカ
[訳]小野耕世・高木菜々

定価:2,940円(税込)
ISBN 978-4-7968-7091-7

Copyright text and illustrations © 2011 by Paco Roca. All rights reserved


「老い」という誰もが経験するテーマを丁寧な描写で描き出し、ヨーロッパ中で大絶賛を浴びた本作、
2011年に弊社から日本語版が出版された折には、
当時まったく無名の作家だったにも関わらず、口コミで評判を呼び、
ファン投票によって選ばれる「この海外マンガがすごい!2012」では
並みいる名作海外コミックを押しのけて第1位を獲得しました。
さらに、2012年の第15回文化庁メディア芸術祭マンガ部門では、海外コミック初となる優秀賞を受賞。
国境を超えて、熱い支持を受けている作品です。


そしてこのコミック『皺』を原作とするアニメーション映画『しわ』が、
なんと、あの三鷹の森ジブリ美術館の配給で、今週末からいよいよ日本でも劇場公開されます!

Shiwa_poster.jpg しわ

2013年6月22日(土)より
新宿バルト9他にて
劇場公開!

映画『しわ』公式サイト

© 2011 Perro Verde Films - Cromosoma, S.A.


このアニメーション映画『しわ』は、2011年秋にスペインで公開された作品。
映画も、公開されるやいなや、スペイン本国でたいへんな評判を呼び、
スペインのアカデミー賞とも呼ばれる第26回ゴヤ賞アニメーション賞、脚本賞の2部門を受賞しました。
さらに昨年は、なんとここ日本でも、教育番組の世界的コンクールとして知られる「日本賞」で、
2012年度のグランプリを受賞しています。

そこで、公開に先駆けて来日した映画『しわ』の監督イグナシオ・フェレーラス氏に
インタビューすることができましたので、その模様をお送りします!



* * *



●ついさきほどまで、ジブリの制作スタジオを見学されていたそうですが、実際に制作現場をご覧になっていかがでしたか?

たいへん偉大なスタジオだと思いました。アニメーション業界で働く者にとって、スタジオジブリというのは非常に神格化された存在です。なかなか訪問することもできない場所ですから、今回訪問させていただけたことを、とても有り難く、光栄に思っております。

しかも、スタジオを訪問させていただいただけではなく、高畑勲監督、宮崎駿監督にもお会いしてご挨拶する機会をいただけました。本当に嬉しくて光栄で、感動しています。


●原作コミック『皺』を映画化するに至った経緯について教えてください。

じつは最初、私はコミックの原作は読んでおらず、プロデューサーのクリストバル氏から、これを映画化しないかという提案があって、原作コミックが私の元に送られてきたんです。

それで、実際に読んでみて、映画化の仕事を引き受けることにしました。その後、原作コミックを描いたパコ・ロカ氏を紹介されたのですが、私は妻のロザンナ・チェッキーニとエジンバラに住み、エジンバラで仕事をしています。一方パコ・ロカはバレンシアで仕事をしていましたので、お互いメールやスカイプなどで連絡をとりあったり、素材を送ったりしながら作業を進めていきました。


●著者のパコ・ロカさんは、最初この『皺』という「老い」をテーマにしたコミックをフランスの出版社に持ち込む時に、こんな退屈なテーマのコミックを誰が読んでくれるんだろう、とすごく不安だったそうなのですが、監督ご自身は、アニメで「老い」をテーマにした作品を作るにあたって、そのような不安を抱いたりはしませんでしたか?

パコ・ロカ氏が自分の書いたコミックに対して、読んでくれる人がいるのかという不安を抱えていたということですが、私のケースは少し違って、この映画を制作するにあたっては、プロデューサーがそういうリスクを抱える立場にありました。

私は監督でしたから、もう少し芸術的な面で面白いものを作りたいという関心を持っていたんです。私はこの映画の監督として、この『皺』という作品のテーマもストーリーも非常に興味を持っていましたし、ごく自然に「これならできる」と思っていました。


●そういった経緯を経て、本作『しわ』は本国スペインでゴヤ賞、そして日本賞を獲得しました。特に日本賞を受賞したことで、日本でも上映を待ち望む声が高まり、今回ついに劇場公開されることが決まったわけですが、日本での公開を控えた今、率直にどのような思いですか?

とても特別なことだと思いますし、またとない経験だと思っています。

この日本での公開は、もともとは私の個人的な気持ちから始まりました。敬愛する高畑勲監督にぜひ見ていただきたいという思いがあって、高畑監督にこの映画のDVDをお送りしたんです。

というのも私は以前から、高畑監督のアニメーションのスタイルというものに非常にインスピレーションをもらっており、影響も受けているのです。だから、ぜひ監督に見ていただきたいという思いが強かった。

そういう個人的な事情で映像をお送りしたわけなんですが、高畑監督が実際に見てくださり、関心を持ってくださった。そのうえ映画『しわ』を日本で配給していただける、とあって夢のような状態で今ここにおります。


●最後にこれから映画を見る日本の方々にメッセージをお願いします。





●フェレーラス監督、ありがとうございました!

(通訳:吉田理加)

* * *


映画『しわ』は6月22日(土)より新宿バルト9他にて劇場公開。
公開初日には、バルト9にてイグナシオ・フェレーラス監督による舞台挨拶も行われる予定です。
(※詳細はコチラ

すでに原作コミックを読んでいらっっしゃる方も、そうでない方も、
本当に素晴らしい映画ですので、この機会にぜひ足をお運びください!

INTERVIEW

ワインとBDをめぐる旅~エティエンヌ・ダヴォドー氏インタビュー動画


今回は、『Les ignorants』(仮題:無知なる者たち)という作品が
最近アメリカでも翻訳出版され、話題となっている
人気BD作家エティエンヌ・ダヴォドー氏のインタビュー動画をおおくりします。


130522_01.jpg 無知なる者たち(仮題)
Les ignorants: Récit d'une initiation croisée


[著者] Étienne Davodeau
[出版社] Futuropolis

2011

この『無知なる者たち』という作品は
2012年度のアングレーム国際漫画祭のオフィシャルセレクションにも選ばれ、
フランス本国でたいへん注目を集めました。

BDとワインという二つの異なる世界をめぐるBD無知なる者たち』について
ダヴォドー氏本人の口から語っていただきました。



* * *







■Les ignorants

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■リシャール・ルロワ&エティエンヌ・ダヴォドー

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■Aâma

130313_09.jpg アーマ
Aâma
1~2巻(以下続刊)

[著者] Frederik Peeters
[出版社] Gallimard Jeunesse

2011



■TMLP : Ta mère la pute

130522_06.jpg おまえの母ちゃん淫売
TMLP : Ta mère la pute


[著者] Gilles Rochier
[出版社] 6 Pieds sous Terre Editions

2011


■神の雫

130522_07.jpg 神の雫 1~37巻(以下続刊)

[著者]亜樹直(作)/ オキモト・シュウ(画)
[出版社]講談社

INTERVIEW

フランス人漫画研究家ブランシュ・ドゥラボルドさんインタビュー(後編)


前回に引き続き、フランス人漫画研究家ブランシュ・ドゥラボルドさんと
BD翻訳家の原正人さんのインタビューをおおくりします。

前編では、BDから日本マンガまで、その歴史的変遷をたどりつつ
ドゥラボルドさんの興味の対象の移り変わりを追いましたが、
後編では、フランスにおける日本の少女マンガ女性向けBDを中心にお話を伺います。



* * *


■フランス人が読む少女マンガ


ドゥラボルド 「日本のマンガ家では、水木しげるさんなどが特に好きなんですが、少女マンガでは、魚喃キリコさんを高く評価しています。話はどこか痛々しいんですが、エレガントなタッチには単純に目を奪われますね。それでいて文学的な面があるのも素晴らしいです」

 「日本のマンガ好きと少し感性や観点が違ったりするところもあるんでしょうかね。ぼくは個人的には魚喃キリコさんの作品はちょっと読みにくいと感じるんです。岡崎京子さんの方が好きかな」


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▲魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス)/岡崎京子『pink』(マガジンハウス)


ドゥラボルド 「フランスのBD読者からすると、岡崎京子さんの絵は逆にダメみたいですね。わたしもあまり好きではないです」

 「そういえば、先日来日したブノワ・ペータースも、"岡崎京子の絵は、フランスでは受け入れられにくい。魚喃キリコの方が人気がある"と言っていました。実際、少女マンガは欧米で一般的に受け入れられるには時間がかかりますよね

ドゥラボルド 「そうですね。私も日本の少女マンガを本当の意味で理解するには時間がかかりました。最初はわけがわからなくて。独自のリテラシーがありますよね。そんな時に、夏目房之介先生がわたしに勧めてくれたのが吉田秋生さんの『海街Diary』でした。寡作な作家さんですが、どんどん引き込まれていって入門書としてフランス人の私にも役立ってくれました」


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▲吉田秋生『海街Diary』(小学館)


ドゥラボルド 「ただ最近では、フランスでもあまりBDを読み慣れていない若い読者は、抵抗なく少女マンガの世界にも入っていけるようで、少女マンガも一般的に広まっています。『NANA』や『フルーツバスケット』はフランスでも少女マンガの王道とされていますね」



■女性による女性のためのBD雑誌


 「一方で、フランスの女性向けBDというと、ブランシュさんが論文を書かれた女性向けBD雑誌『Ah! NANA』が有名ですが、なぜ研究するにいたったのでしょうか?」


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▲『Ah! NANA』・・・・『メタル・ユルラン』などを手掛けるユマノイド・アソシエ社が1976年10月から1978年9月にかけて発行した女性向けBD雑誌。 男性中心だった当時のBD出版業界で、完全に女性のみで作られた初めてのフランスの出版物とされる。タイトルの「NANA」は若い女性を指す俗語で、 「Ah Nana」はフランス語でパイナップルを意味する「ananas」にかけている。


ドゥラボルド 「修士の論文を書く際に、担当教官からジェンダー・スタディーを勧められたのがきっかけでした。『Ah! NANA』は『メタル・ユルラン』の姉妹雑誌として創刊された雑誌ですが、もともとメタル・ユルラン期のBDについては詳しくなかったので、良い機会だったんです。当時の数少ない女性BD作家の一人シャンタール・モンテリエにインタビューをしたりしました。あまり知られてはいないんですが、彼女は政治的な面や精神的な面などを深く掘り下げた素晴らしいBDを描いているんです。少し絵は"堅い"のですが・・・・」


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▲シャンタール・モンテリエの代表作。


ドゥラボルド 「当時の女性向けBD誌は、女性向けにもかかわらず、男性主動で編集されているというのが主流でした。『Ah! NANA』の特筆すべき点は、初めて女性による女性のためのBD雑誌が作られたということ(本当はもっと複雑で、これはあくまで建前の話なのですが)、さらに『メタル・ユルラン』の姉妹雑誌としてロックカルチャーを基調としている、ということなんです。それ以前は男性によって作られた"少女向け"だったんですね。"良い専業主婦であれ"というような内容がほとんどでした」

 「これ以外には、女性による女性のためのBD雑誌は存在しないんでしょうか?」

ドゥラボルド 「ないと思います。現在は、BD界も女性作家や女性向けのBDが相対数として増えてきてはいますが、その流れもラソシアシオン期以降のものです。なかには、これは単純なフェミニズム運動というわけでは決してないのですが、"女性が作ったBDだから女性向け"と捉えられるのを嫌がる作家もいます。フェミニズムの話になると複雑になるので、深くは触れませんが。ただ、女性作家による女性読者を対象としたBDの市場が大きくなっているのは事実です。特にペネロープ・バジューマルゴー・モタンといったブログ発信の作家たちがパイオニアでした。ただ、それ以降、彼女らの二番煎じの作家が多く現れ、質の高くない女性向けBDが多く出版されました。そうした女性BD作家に対して、"女性BD作家のイメージを壊している"、という意見の人もいれば、逆に"面白いから人気があるのであって、売れていること自体は何の問題はない"という人もいます」


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▲ペネロープ・バジュー(左2つ)、及びマルゴー・モタンの作品。


ドゥラボルド 「男性作家なので、少し論点が変わってしまいますが、新進気鋭で賛否が分かれるタイプの作家という意味で注目しているのは、先日来日したバスティアン・ヴィヴェスです。彼のBDは言葉遣いがちょっと汚かったりもするんですが、ユーモアのセンスがあって作品として深みがあります」

 「彼の作品は日本でもウケそうですし、なによりビジュアル的に女性票がのびそうですよね。ちょっとオタクっぽいけどオシャレだし」

ドゥラボルド 「普通のオタクですよ(笑)。フランスでは彼はイケメンではないですね。彼のBDを読むと"あぁ、この人あんまりモテてなかったんだろうなぁ"ってすごく感じますし」

 「そうなんですか(笑)? 彼は日本ではセンスがいいタイプに捉えられそうですが・・・・あの感覚は日本人にはないもので、面白いですね。特に彼の『Le Goût du chlore(塩素の味)』なんかは学生時代の青春へのノスタルジーを感じるようで、日本人には幅広く好まれそうな気がします」


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▲ヴァティアン・ヴィヴェス『Le Goût du chlore』


ドゥラボルド 「バスティアン・ヴィヴェスはそこまで自分の過去を美化しているわけではない、というのがフランス人読者の一般的な感想だと思いますよ。『Le Goût du chlore』では、学生時代特有のおどおどした不器用な態度が描かれていますし。あとは、ブログ発で味のあるBDを描く作家としてはリザ・マンデルとかもいるのですが、個人的には女性が描いているか男性が描いているかは、単に研究対象なだけで、好みとは関係ないですね。今は日本に住んでいてBDのアルバムがあまり買えないので、ブログを読む機会は増えました。でもそれはBDを読むという感覚でもなくて、本当に流し読みするような感じです」


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▲リザ・マンデルの代表作。



■フランスにおけるBD研究


 「日本ではここしばらくマンガを研究しようという人が増えてきていますが、そういった流れはフランスのBD界にはあまりないんでしょうか?」

ドゥラボルド 「学問的なイメージは正直悪いと思います。毎年のアングレーム国際漫画祭でも、学問的な議論としては堂々巡りしているような気がしますね。結局、BDやマンガの新たな知識が入ってきてないのが現状なんです。互いに交差してきているとはいえ、私からするとBDとマンガの読者層は未だほとんど重なっていないように感じますし・・・・」

 「ブノワ・ペータースのようなBDの制作サイドにいる人間ではないと、学問的にはあまり受け入れられないということでしょうか?」

ドゥラボルド 「そうですね。でも、BDに対するメディアの取り扱いは変わってきているように思います。ただ、そうした記事を書いているジャーナリストはBDのことをよく分かっているわけではないんですね。彼らはBDのリテラシーすらちゃんと理解していないで書いていることが多い。リテラシーを理解するというのはとても重要なことです。私はバレエやオペラのことを全然知らないのですが、そんな私がバレエやオペラについて語ったら、無茶苦茶なことを言うことになるでしょう。素晴らしいものだということはわかっても、どう理解していいのか分からない。つまり、リテラシーが分かっていないんです」

 「確かにそうですね。個人的にマルク=アントワーヌ・マチューやメビウスは歴史的にみてもまだまだ研究されるべき対象であると思うので、まずはフランスでの現状の変化を待つばかりです。本日は取材にご協力いただきありがとうございました!」



(インタビュー構成・執筆:林 聡宏)



■PROFILE

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ブランシュ・ドゥラボルド

現在INALCO(国立東洋言語文化大学)博士課程にてマンガ研究者として日本に留学中。フランスのBD研究誌『Neuvième art(第九の芸術)』にフランスの女性向け雑誌『Ah! NANA』に関する論文を発表。早稲田大学に在籍中、学習院大学の夏目房之介ゼミに聴講生として参加し、BD研究から日本のマンガ研究までを行う。現在はマンガにおける擬音の役割を追究している。


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