ベルギーのBD作家エルジェによるBDの世界的名作『タンタンの冒険』。
昨年、ハリウッドで映画化され、日本でも邦訳の新装版が発売されたり、
雑誌の特集で取り上げられるなどして、多いに盛り上がったのは記憶に新しいですが、
その『タンタン』をめぐり、昨年BD界で、ある議論が話題になりました。
エルジェ以外の作家が『タンタン』の続編を描いてもよいか、否か、という議論です。
この話題について、ミロ・マナラ『ガリバリアーナ』などの翻訳や日仏コーディネーター、
通訳として活躍されており、BD最新情報に詳しい鵜野孝紀さんに解説していただきました!
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昨秋から今年初めにかけてフランス・ベルギーのBD界はとある議論に沸いた。
有名作品は原著作者の手を離れても描き継がれるべきか。とりわけ『タンタン』の続編制作を巡る議論である。
きっかけは、昨年(2013年)10月に刊行されたフランスの国民的作品『アステリックス』の新作(第35巻 『Astérix chez les Pictes / アステリックスとピクト人』)〔※1〕である。オリジナルの原作執筆者、ルネ・ゴシニー(1926-1977)亡きあと一人で作品を描き続けてきた漫画家アルベール・ユデルゾ(1927-)は、長らく自分亡き後は作品を第三者に引継がせることはないと断言してきたが、これを撤回し、初めて作品制作を他の作家にゆだねたのである〔※2〕。
『Astérix chez les Pictes』 (アステリックスとピクト人) [作]Jean-Yves FERRI [画]Didier CONRAD [出版社]Les Éditions Albert René [刊行年]2013年 |
時を同じくして、『タンタン』の著作権管理を行うムランサール社・社長ニック・ロドウェル氏による「(シリーズ著作権が切れる前年の)2052年〔※3〕までにはタンタンの続編制作を許可してもよい」との談話がフランスとベルギーの新聞に掲載された。
生前のエルジェは自分以外に『タンタン』を描かせることは望まないとしていた(上のユデルゾも自分の作品の継承を望まなかったのはエルジェに倣ったものと言われる)が、『タンタン』の版元カステルマン社による続編制作の可能性に道が開けたと思わせるロドウェルの発言には、新旧の『タンタン』読者やBD専門家らが騒然とした。
背景には、近年必ずしも良好でなかったカステルマン社とムランサール社の関係が改善されたこともあるだろう。それを裏付けるように、エルジェ没後30年目の2013年、カルテルマン社はベルギーにあるエルジェ美術館のスポンサー契約を交わしており、また同社が『タンタン』出版を始めて80周年となる2014年に新たな関連出版企画を打ち出すことにも合意している。
また、ロドウェル氏には『タンタン』がパブリックドメインとなることを極力避けたいという意図があるようだ。元より著作権管理に厳格なことで知られるムランサール社であるが、『タンタン』を守ることが自分の使命であるとも述べており、未来永劫に渡って自由な利用を許さないことがエルジェの遺志に沿うのだという強い信念が感じられる。
ともかく、これにより『タンタン』続編制作の是非、また「有名人気作品は誰のものか」(作者の死後、第三者によって描き続けられるべきか否か)の命題を巡る議論がネットや紙媒体を賑わせた。
昨年(2013年)12月には、国営TV局の名物討論番組にロドウェル氏の他、著作権の専門家、生前のエルジェを知る関係者、BD作家らが招かれ討論が行われた〔※4〕。
次いで、2014年1月開催のアングレーム国際漫画フェスティバルでもロドウェル氏とBD専門家らによる討論会を企画〔※5〕。
フェスティバル公式サイトには投票フォームが設けられ、『タンタン』続編制作の是非を問うアンケートを行った。結果は67%が「ノン」の回答であったという〔※6〕。
2050年代というとかなり先のことになるが、日本のタンタン読者はどう思うだろうか。2010年代には企画が動き出すだろうという噂もあるが、ロドウェル氏自身はやんわりと否定している。
一方で、今年『タンタン』出版を始めて80年目〔※7〕の節目を迎えたカステルマン社は記念出版企画第1弾として『LA MALEDICTION DE RASCAR CAPAC (ラスカル・カパックの呪い)』を3月に刊行した。
『LA MALEDICTION DE RASCAR CAPAC (ラスカル・カパックの呪い)』 |
この本には『タンタン』シリーズ中期の傑作『ななつの水晶球』〔※8〕の新聞連載当時(「ル・ソワール」紙、1943年12月~1944年8月)のモノクロオリジナル版が完全収録されている。
▲モノクロオリジナル版 © Hergé/Moulinsart 2014
▲モノクロオリジナル版 © Hergé/Moulinsart 2014
左側のページでは、エルジェが作品制作のため収集した資料、ラフ画などを紹介、作品が描かれた過程を詳細に追うことができる。
▲本文ページサンプル © Hergé/Moulinsart 2014
秋には同企画第2弾の刊行が控えており、他にも様々な関連企画、とりわけムランサール社の全面バックアップによる『タンタン』全作品の再版が行われるそうで(1番手は『ファラオの葉巻』)、大いに注目したいところだ。
Text by 鵜野孝紀
[注]
※1―昨年末時点で163万部を売り上げ、2013年唯一のミリオンセラーとなりこの年にフランスで最も売れた本となった(GfK調べ)。アステリックスは新刊が出るたび200万部超の売上を記録し、その年のBD全体の市場規模を左右するほど。
※2―それでも、ユデルゾが完全監修し、過去の巻と並べても全く違和感を感じさせない作品となっている。
※3―作者のエルジェ(1907-1983)の死後70年目の2053年を過ぎるとパブリックドメインとなり誰でも自由に利用することができることになる。
※4―フランス語だが、YouTubeの公式動画で全編視聴可能: 1 2 3 4
※5―YouTubeの公式動画(フランス語):https://www.youtube.com/watch?v=P0Hct1ZvGvM
※6―http://tintin.bdangouleme.com/
※7―1934年の『ファラオの葉巻』のこと。それ以前の3作(『ソビエト旅行』『コンゴ探検』『アメリカへ』)は当時「プチ20世紀」から刊行されていた。
※8―1944年9月の「ル・ソワール」発行中止により、約150回分、本にして50ページ相当で中断。戦後「タンタン・マガジン」で制作を再開。現在発売されているオールカラー版は1948年に刊行されたもので新聞連載分から数多くの変更が加えられている。続きの『太陽の神殿』と合わせて2部作を成す。
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『タンタン』の続編ははたして実現するのか? 日本のBDファンとしても大いに気になる議論ですね。
鵜野さんには、今後も定期的にBDの最新情報などをお届けいただく予定です!