今年も、7月2日から6日にかけて
ヨーロッパ最大の日本文化とエンターテイメントの祭典
JAPAN EXPO(ジャパンエキスポ)がフランス・パリで開催され、盛況のうちに終わりました。
その会場の一画で、今年、一本の短編アニメーションが紹介されました。
『パリ番外区 / un étranger à paris』というタイトルのこのアニメの原作を手がけたのは、
パリ生活でのトラブルとカルチャーギャップを綴った
エッセイ漫画『パリ 愛してるぜ~』などの作品で知られるじゃんぽ~る西さんです。
そこで今回は、ライターの林聡宏さんに、
このアニメ『パリ番外区 / un étranger à paris』について
原作者じゃんぽ~る西さんのコメントを交えつつ、ご紹介いただきました!
* * *
じゃんぽ~る西という漫画作家をご存知だろうか?
氏は日本人漫画家ながらパリでの生活をエッセイ漫画として描いている希有な存在である。皮肉の利いたブラックユーモア、それに反する朗らかなかわいらしいタッチで、フランス好きや漫画愛好家からも注目されている。特にフランス在住邦人からの評価は非常に高く、自らの異国生活の憂鬱・葛藤と照らし合わせ、共感してしまう読者が多いのだという。
今回、パリ郊外にて行われたフランス最大の日本文化イベントJAPAN EXPO 2014において、じゃんぽ~る西さん原作の短編アニメ『パリ番外区 / un étranger à paris』が仏語版へリニューアルされ、東京のクリエイター達が結成した団体のもと出展された。そこで、じゃんぽ~る西さんのコメントを交えつつ、ご紹介させていただきたいと思う。
既にご存知の方も多いかと思うが、JAPAN EXPOは 2000年からフランス人の手によって始まった日本文化の発信イベントで、主なゲーム、コスプレ、漫画、アニメ、J-POPといったブースから、書道や柔道、折り紙やゆるキャラなど文化ブースなども含めたフランス有数の巨大イベントだ。漫画家では永井豪氏、小畑健氏、桂正和氏や浦沢直樹氏が過去に招かれ、音楽やアニメーターなど幅広く、日本の著名人、クリエイターを招聘している。
まずは未だ作品をご覧になったことのない方のために、YouTubeからリンクを拝借したい。
●『パリ番外区 / un étranger à paris』<日本語版>
エピソード1(03:55)
エピソード2 (05:15)
https://www.youtube.com/watch?v=RmLb_9Co6M4
エピソード3 (04:56)
https://www.youtube.com/watch?v=Do_2HPVQhHY
いかがだろうか。パリに在住したことのある方なら、思わずくすっとしてしまう「あるある」ネタを感じられたのではないだろうか。もちろんパリ、フランスへ滞在されたことのない方にも、ガイドブックや写真で見るだけではない、ほのぼのとした中にもリアルなパリが感じられる作品となっている。
実際にパリに滞在してみると、日本人であったり、アジア人であったりするアイデンティティを強烈に再確認することとなる。じゃんぽ~る西さんはBD・漫画という日仏の共通ツールを用いて、それを感じ取り、本来は日本人が避けてしまいがちな、パリの暗い部分や、厄介ごとなども含め、実に軽快に描ききっている。今作の魅力の一つとして、主人公は驚き、何度もつまずくのだが、さらりとそれをかわしながら、その中に溶け込んでいっている点が上げられるだろう。多くの日本人にとってはまだまだ難しい問題だ。
昨年来場者数が23万人を超えたJAPAN EXPOだが、入場者数は毎年増え続けている。今作の監督を務めた塩原壁さんによれば、日本でのイベント放映では好評だったが、制作者としては実験的な企画で不安もあったそうだ。そんな中、会場には今作のファンであるというフランス人客の姿も。上の写真のように漫画を長々と読みふける客もいたという。
じゃんぽ~る西さんはフランスに滞在した際の滞在記を記されたエッセイ漫画『パリ 愛してるぜ~』でパリ在住邦人、過去に滞在した日本人を中心に人気を博した。
『パリ 愛してるぜ~』 [著者]じゃんぽ~る西 [出版社] 飛鳥新社 2011 |
『パリ愛してるぜ~』が好評を博してからは、後は続編として同様にパリ生活でのトラブルとカルチャーギャップを綴った『かかってこい パリ』(飛鳥新社、2012)『パリが呼んでいる』(飛鳥新社、2012)を発表し、現在は女性向け月刊誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)にて『モンプチ~予期せぬ人生~』、仏IT関連情報サイト『Cublic.com』内のLive Japonにて、短編漫画を週間連載。自身のブログ『つつじヶ丘通信』にはその日本語版を掲載されている。
ちなみに彼は自他ともに認めるBDの愛好家でもあり、91年、日本でも「ミスターマガジン」(講談社、2001より休刊中)にて『目隠し鬼』を連載したマックス・カバンヌを好きな作家として挙げている。[*1]
『目隠し鬼』 [著者]Max Cabanes [出版社]Casterman 1993 |
BDに強く心惹かれたじゃんぽ~る西さんは、BDを学ぶべく渡仏を決意するが、現実はなかなか思い通りにはいかない。残念ながら『パリ番外区』の中でもBDに関する話は描かれなかった。しかし、パリ滞在によるBDからの影響はじゃんぽ~る作品の中にも影響を及ぼしているのだという。最後にじゃんぽ~る西さんよりいただいた、インタビュー型のコメントをご紹介したいと思う。
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Q. 今作のアニメ化、続いてフランス語版作成についてどのような印象でしたか?
最初に作品を「アニメにしてみたい」と塩原さんに言われた時は不安もありましたが、仕上がった映像を見て、原作のエッセンスを生かしつつ完全に塩原さんの作品になっていると感じたので安心しました。大変光栄に思っています。
声優さんに関しても、とても良かったです。日本語版でも淡々としたトーンで女性の声が入っていて、確かKotoriさんという方だったと思います。最初は「え、女性なの?」と思いましたが聴いてみると作品の世界観にぴったりでした。仏語版のクレールさんの声はKotoriさんと共通する味があるので違和感がありません。
ゆったりと時間が流れていく感じや静寂の中にフッと一言言葉を置いていくような感覚は監督の塩原さんの世界だと思っています。
ちなみに秘話というわけではないですが、『パリ 愛してるぜ~』(雑誌掲載時は『パリの迷い方』)最終話で帰国のために空港に向かう主人公をオペラのロワシーバスの停留所までファビエンヌちゃん[*2]が見送りに来るエピソードがネーム段階でありましたが「最終話でしんみりしすぎ」という担当編集者さんのアドバイスもありボツにしました。最終的にできた形が気に入っているので良かったとは思っています。
Q. フランス人や日本人はもちろん、台湾人の女性からも反響があったようですが、これを機にどのような層に作品を見てもらいたいと思われますか?
昨年パリでサイン会をした時に来てくれた読者の方は、パリ在住の日本人、日本人カップル、日仏カップル、日仏ハーフの小学生、日本語学習中のフランス人学生、バスク地方出身のフランス人老夫婦、パリ留学中のアメリカ人青年、フランス人の夫を持つパリ在住のベトナム人女性など、実に様々な人達でした。共通するのは「部外者としてパリを外から見る視点を持っている人達」でしょうか。
最近、台湾版が出て台湾人の読者の方にも会いました。日本の漫画が大好きという学生の女の子でした。海外版が出たことによって「こんな層の方にこんな読まれ方をするのか」という予想外の驚きがあり、その発見が自分に新しい視点をもたらしてくれたと思います。
日本国内においては「パリには全然興味がない」という読者の心にも私の作品が届いたらこんなうれしいことはないです。
Q. BDの日本市場関して、これから更なる邦訳を望まれる作家、作品等はございますか?また最近注目の作家などお聞かせください。
『Rébétiko(レベティコ)』は邦訳してほしいです。帯の推薦文はエゴラッピンとかで。
あと去年パリに行った時に買ったのはMargaux Motinと Manuele Fior [*3]です。
『Rébétiko(レベティコ)』 [著者]David Prudhomme [出版社]Futuropolis 2009 ※詳細はBDfileの過去記事でも紹介。 http://books.shopro.co.jp/bdfile/2012/11/bd-9.html | |
『J'aurais adoré être ethnologue (民俗学者になりたかったんだけどな)』 [著者]Margaux Motin [出版社]Marabout 2009 【Margaux Motin】 ブログ発の女流作家。Pénélope Bagieuなどと共に、女性の視点から赤裸々に日々を綴ったエッセイ型BDで人気に。特に働く若いフランス人女性からの指示が強い。 | |
『Cinq milles kilomètres par seconde (秒速5000キロメートル)』 [著者]Manuele Fior [出版社]Atrabile 【Manuele Fior】 イタリア人のBD作家兼イラストレーター。上記の『秒速5000キロメートル』で2011年、アングレーム国際漫画祭にて最優秀アルバム賞を受賞。 |
ちなみに小学館集英社プロダクションの邦訳作品で一番好きなのは『皺(しわ)』です。物語の冒頭のシーンがとても印象的であれは理想だなと。
Q. 先生の描く作品はBDとは異なるスタイルですが、BDやフランス滞在を通して影響を受けた部分などありますか?
昨年、『ブラックサッド』の作者のガルニドさんが来日した時に講演を聞きに行きました。そこで一コマ描くのに何パターンかの構図を別紙に描く作業工程を公開していて、それは家に帰ってからその週の自分の作業でもやってみました。
また、私はフランスで何人かのBD作家に出会いましたが、彼等には絵はもちろんですが、作品に対する姿勢の点で影響を受けました。彼らは徹底的に絵にこだわり、きちんと絵で語ろうとする。日本の漫画家ももちろん絵にこだわって描いているのですが、両者は微妙に焦点が違います。
Mangaの絵は記号の集積という側面が強く、BDはより絵画的とも言えます。また、刊行スピードが全然違い、文化、ライフスタイルが違う。これらの違いが作業の焦点の違いを生んでいると思います。
「BDとMangaは交差しつつある」のは事実だけどBDとMangaは目指すものが違い、作ってる人達のタイプも違うというのが実感です。
ただ、フランス社会でMangaに影響を受けた若い人達がMangaの表現を使って作品を作ることはこれからどんどん増えると思います。それは本来BDアーティストになる人達とは違う人達です。いわばアマチュアなのですが「言いたいことがあれば誰でも描ける」「描く資格を問われない」のがMangaの魅力だと思っているので面白いことが起きているなと思います。
BDの技術そのものではなく、「作品に対する姿勢で影響を受けた」というのが何とも日仏の社会的な背景の違いを彷彿とさせます。
今回はインタビューにお答え頂きありがとうございました。
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<参考>
じゃんぽ~る西公式ブログ『つつじヶ丘通信』
http://lostinparis.jugem.jp/
『パリ番外区』監督 塩原 壁(デザイナー)サイト
http://www.pekicyte.com/
*1―はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド (玄光社MOOK、2013)より
*2―ファビエンヌちゃん...『パリ番外区』にも登場する、漫画家志望のフランス人の女の子。じゃんぽ~る西さんが恋に落ちるも、儚く散ってしまう。
(Text by 林聡宏)