COLUMN

イタリア漫画界の巨匠 セルジオ・トッピ氏追悼



去る8月21日、イタリア人漫画家のセルジオ・トッピ氏がミラノにて亡くなりました。79歳でした。

トッピ氏は、日本ではまだほとんど紹介されていないBD作家ですが、
その類まれなる画力によってイタリア、フランスで高く評価されており、
コミックの他、数多くの画集も出版されている、まさにイタリアを代表する偉大なアーティストのお一人です。

※アメリカでも一時期マーベル・コミックのカバーアートを手掛けたことなどで知られています。
 →その時のカバーアートはこちらから。


0905_01.jpg   代表作『シェヘラザード』


  SHARAZ-DE 〔全2巻〕

  [著] Sergio Toppi
  [出版社] Mosquito



そこで今回は、日本ではいまだ知られざるイタリア漫画界の巨匠
セルジオ・トッピ氏の業績について、翻訳者の古永真一さんに語っていただきました。





* * *



イタリアを代表する漫画家セルジオ・トッピが2012年8月21日、79歳で亡くなった。
日本ではほとんど紹介されていないので、トッピと言われてもピンとこないかもしれない。

トッピは、1932年にイタリアのミラノで生まれた。

50年代は広告用の短編アニメーションの制作に携わり、イラストレーターとしても活動した。1960年からイタリアの有名な雑誌『コッリエーレ・デイ・ピッコリ』誌に最初のマンガ作品を発表する。その後も精力的かつ創造的な活動によってイタリア漫画界に新風を吹き込み、クレパックスブッゼッリバッタリアと並ぶイタリア・マンガの四天王の一人となった。

70年代末からフランスのBD市場でも活動するようになり、とりわけ90年代後半からフランスのモスキート社が紹介に熱心で、私も同社から出ている仏訳でトッピを知った。2007年にはパリの地下鉄ピラミッド駅でトッピの作品が紹介され、その模様はモスキート社がネット上で紹介している。


トッピの活動は多岐に及ぶ。モスキート社からはイラスト集も何冊か出ており、その一端を知ることができる。神話的な世界や19世紀のヨーロッパ、現代社会や近未来社会、古今東西の老若男女や動物......さまざまなイラストを描いていたことがわかる。



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〔黒澤明へのオマージュ 〕

 
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〔三島由紀夫の小説の挿絵 〕


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〔グルノーブルでのトッピの個展の宣伝用ポスター 〕



トッピの作品で特徴的なのは、なんといってもその魅力溢れる写実的な絵である。幻想的で耽美ではあるが抑制が効いている。線で細かく影をつける線影の手法や、彫刻刀で勢いよく彫ったような力強い描線は、風景描写にせよ、人物描写にせよ、読者を魅了してやまない。



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〔『千夜一夜物語』をモチーフにした『シェヘラザード 』〕



ざっくりとしていながらも繊細なトッピの描線は、代表作『シェヘラザード』でも遺憾なく発揮されている。執拗なまでに線を積み重ねることによってしか表すことのできない幻想的な世界が絢爛豪華に展開されている。

『シェヘラザード』の図版を見てわかるとおり、トッピの作品のコマ割りはひじょうに自由である。インパクトのある大ゴマを中心に据えて、その周囲に別のコマを配置しようとする。絵画性の強いBDではまま見られるページ構成だ。



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〔『シェヘラザード 』〕


上記の図版では、荒野に生きる鳥はコマの枠線を悠々と飛び越しているが、コマのシークエンスというマンガの時間表現をものともしないその姿勢は、トッピの自由な精神を象徴しているかのようだ。二コマにまたがった長方形の吹き出しの背後には、徐々に小さくなっていく方形のコマが鳥の飛翔する時間の経過を表し、下部の枠線のない大きな絵においては、奥行きのある風通しのいい眺めとともに、大自然の悠久の時間が威厳すら感じさせる趣で描かれている。



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〔『シェヘラザード 』〕


上記の図版では、太陽は円という象徴性に集約される形で素っ気ないほどシンプルに描かれているが、つり上げられた魚は圧倒的な線の質感によって浮き彫りにされる。魚よりも魚を描くために動員された線の蠢きを見せたいのではと勘ぐらせるほどのクローズアップである。



このような中心となる絵が飛び出してくるような自由な描き方は、日本人にとっては少女マンガなどで馴染み深いものだ。その対極として、ワッフルを作る型のように一定の大きさのコマで描き続けるBDもよくみられるが、トッピの場合は、読者の感覚に訴えるような前者の画面構成が顕著に見られる。



BDを扱った大学の授業で、トッピが比較的好評だったのは、彼のダイナミックでスタイリッシュな描き方にあったのかと思われる。一般的に少女マンガでは心理描写を極めるために引き延ばされる物語の時間は、トッピの作品にあっては、趣深い風景や人物の言動に潜むポエジーを描き出すために引き延ばされ、印象的に切り取られる。そのとき読者は、詩人の言葉が紡ぎ出すポエジーに驚くのと同様に、すべて線によって構築され喚起されるポエジーというものにあらためて驚き見とれるのだ。


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〔一風変わったウエスタン『コレクター 』〕


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〔『コレクター 』〕


こうしたトッピの絵からは、熱帯のジャングルであろうが、荒涼とした山岳地帯であろうが、執拗に線を描くことでイメージ通りの場面に肉薄しようとする鬼気迫る執念が感じられる。 


イラスト集に記されていたトッピの弁によれば、自分はさまざまなフィールドに関心があるが、なんといってもマンガが好きで、マンガによってコミュニケーションの扉が開かれたという趣旨の発言をしている 。たしかにイラストだけ描いていたのであれば、今このような追悼記事がBDの紹介サイトに載ることもなかったに違いない。



トッピはこの世を去った。いつか誰かが彼の作品を翻訳する機会に恵まれたとしても、その翻訳者は本人に質問することはできない。これは文化的受容の精度という点でも大きな損失である。しかし彼の作品は生き続けている。トッピとマンガによってコミュニケーションする可能性は依然として開かれているのだ。

トッピの冥福を祈るとともに、彼独特の強烈な線描の美学に裏打ちされた幻想的な作品が日本語で堪能できる日が来ることを望みたい。

                           
Text by 古永真一


* * *




下記のサイトでもセルジオ・トッピ氏の追悼記事を掲載していますので、
ぜひあわせてご覧ください。
1000planches/追悼 セルジオ・トッピ
※トッピ氏の著作一覧もまとめられています。


BDfileでの、初めてのトッピ氏の紹介が、追悼記事になってしまったのは本当に残念ですが、
これを機にぜひトッピ氏の素晴らしい作品を知っていただければ幸いです。

トッピ氏のご冥福を心よりお祈り致します。


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