前回の記事で、女性BD作家ペネロープ・バジューの
日本版ブログ立ち上げのニュースをお伝えしましたが、
実は現在、フランスでは女性BD作家の活躍がめざましくなっています。
しかし、マルジャン・サトラピなどをのぞき、
特に若い女性層の支持を集める女性BD作家の作品については、
日本ではまだまだ知られていません。
そこで、今回は女性の本音を鋭く描いたストーリーで人気の
女性BD作家、ニーヌ・アンティコ(Nine ANTICO)ついて、
フランス語翻訳家の新行内紀子さんにご紹介いただきたいと思います!
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私が彼女の作品に出会ったのは、パリで活躍するアーティストのアパルトマンの一室であった。
さりげなく本棚に表紙を前にして立て掛けられていた「トゥナイト(Tonight)」が目に入り、思わず手に取った。映画「ロリータ」を彷彿とさせるハート型のサングラスをつけたブロンドの女の子のアップ。まるでレコードのジャケット写真の様だった。そして頁をめくると、それはまさに一冊のレコードのようだった。登場人物たちは、歌い、ダンスし、音楽に耳を傾けている。私はすぐにアンティコのファンになってしまった。まるでロックバンドのファンになるように。
ニーヌ・アンティコ(Nine ANTICO)は、1981年生まれのフランス人女性アーティスト。自らの雑誌「Rock this way」を発表した後、NovaMagazine誌、Trax誌などにも作品を連載している。
現在までに出版されているBDのアルバムは5作品あり、その独特の画風と、女性の本音を鋭く描いたストーリーで、注目が集まっている作家である。また、海外での活躍も始まっており、英語・スペイン語の翻訳版も出されている。
日本では残念ながらまだ全く紹介されておらず、BD愛好家の中でも彼女の作品はあまり知られていないようである。今回、彼女の5作品のうち、執筆者既読の4冊について皆さんにご紹介させて頂きたい。
Le Goût du paradis (天国の味) [出版社] Ego Comme X 2008年 |
作者の幼少期から思春期までの自伝的作品。家族や友人たちとの関りの中で1人の少女が大人になって行く様をモノクロのデッサン調のタッチで描いている。いわゆる郊外の学校生活は友人関係も、異性関係もなかなかハードで、綺麗ごとだけでは渡っていけない。思春期特有の子供と大人の間を揺れ動く切ない感情が、剥き出しで表現されている。
Coney Island Baby (コニー・アイランド・ベイビー) [出版社] L'Association 2010年 |
ベティ・ペイジとリンダ・ラヴレース。世代の異なる実在のポルノモデルの数奇な運命を描いた作品。物語は2人と交流のあったプレイボーイ誌創刊者のヒュー・ヘフナーによって追想され、彼の元を訪れた2人のポルノモデル志願の少女たちに、語られる形で進行する。
場面はベティとリンダの交互に展開し、それぞれの成功と挫折を描いている。かなり過激な性的表現も多いが、時代を反映したファッションや背景、所々に登場する当時の有名人、絶妙な場面展開などが実に洒落ている。このまま映画のコンテになるのではと思う。アンティコ自身、かなりの映画好きなのではないだろうか? また、アメリカンカルチャーに対する憧憬も感じられる。長編だが物語に引き込まれ、あっという間に読了してしまった。
Girls Don't Cry (ガールズ・ドント・クライ) [出版社] Glénat 2010年 |
新学期、あけすけなオシャレで登校するのはダサいからと、前髪を切ってさりげない変身を狙ったポリーヌ。でもいつも一緒のマリとジュリーも同じことを考えていた! 最悪! こんな女子大生の日常を描いた作品。
言ってみればガールズトークをBDにした感じだが(本作品は当初、フランスのティーン誌「Muteen」に連載されていた)、少女漫画特有の甘ったるさはまるでない。まさに実録フランス女子! 仲良し三人組の中だけでなく、母や祖母など、世代を超えた女子トークも秀逸。登場人物のファッションも真似したくなるようなさりげなさが良い。
Tonight (トゥナイト) [出版社] Glénat 2012年 |
『ガールズ・ドント・クライ』の続編。題名の通りテーマは「夜」。
フランス人の若者にとって、「夜」を誰と、どんな風に過ごすかは非常に重要であり、本作にもそんな作者の思いが凝縮しているように思う。ひとりぼっちの大晦日の夜、母親と一緒に映画鑑賞の夜、恋人と過ごす夜、ダンスパーティーの夜。全部で8つの「夜」の、20時から朝の6時までの2時間おきの様子が描かれている。この構成も非常に面白い。3人組も少し大人になった印象だけど、毒舌はそのまま。楽しいだけじゃない、ちょっぴりおかしくてほろ苦い夜が描かれている。ラストの1ページは前作の読者へのサービスカットになっていて思わず吹き出してしまった。
簡単に4つの作品を紹介したが、全作に共通していることはテーマが「女性」に当てられている事だ。勿論登場人物には何人も男性がいるのだが、それは女性に光を当てるためのライトの役割に過ぎない。
しかしながら作品中に「フェミニズム」であるとか「男女同権」といった雰囲気は全く感じられない。あくまで女性は男性に「女性」として対峙し、相手を魅了し、何かで張り合うよりも恋の駆け引きをすることに精を出す。そのためにお洒落やメイクに手を抜かず、女性であることを謳歌している。
しかしそれが全く嫌味がなく、軽妙に描かれているのだ。それはアンティコの素晴らしい絵に依るところが大きい。画力は勿論の事、その洒脱さはお見事。この洗練された雰囲気こそが、ニーヌ・アンティコの魅力だと思う。是非日本語翻訳が出され、多くの読者にその魅力を知って頂きたい。
Text by 新行内紀子