REVIEW

こんな会社はいやだ! アヌーク・リカールが描くおかしなブラック企業


以前、フランスの女性BD作家ニーヌ・アンティコの紹介記事
これまでに日本で紹介されているBDのイメージとはちょっと違うBDの魅力を教えてくださった
フランス語翻訳家の新行内紀子さんから、
「またちょっと面白いBDを見つけました!」との連絡がありました。

それはぜひご紹介いただかなくては!
というわけで今回は、子ども向けのほのぼのBD......と見せかけて、
かなりブラックな異色のBD『こちら鳩時計のブゾン社(Coucous Bouzon)』を
新行内さんにご紹介いただきます!

131225_01.jpg こちら鳩時計のブゾン社
Coucous Bouzon


[著]Anouk Ricard
[出版社]Gallimard
[発行年]2011

≫試し読み


* * *


パリの書店でこの『こちら鳩時計のブゾン社(Coucous Bouzon)』を見つけた時、8歳になる息子のお土産にしようと思った。表紙が決め手だった。鳩時計の下で、サラリーマン風の恰好をしたマルチーズ、カモやアフリカゾウやライオンたちが記念撮影をしている!! かわいい! 絵も色もポップで子どもが喜びそうだ。

作者はアヌーク・リカール(Anouk Ricard)という女流作家だ。鳩時計の会社(?)で起こる楽しい日常の物語なんだろう。おまけに2012年のLibération紙(フランスの大手新聞)漫画賞の受賞シールが貼ってある。よし、お土産はこれで決まり!! 他のBDと一緒にレジで会計を済ませた。


帰宅して最初の数ページを読んで気付いた。
「これは息子には読ませられない......」
予想に反して、内容がブラックすぎるのだ。そう、これはブラック企業鳩時計のブゾン社の物語だった。


ここで著者であるアヌーク・リカールを簡単にご紹介しようと思う。
1970年、南仏で生まれた彼女はエクサンプロヴァンス、ストラスブールのアートスクールでイラストレーションを専攻、その後マルセイユに拠点を移し、子供向けの作品を数点出版する。再度ストラスブールに戻った後、『アンナとフローガ』シリーズや『トゥミ警視』を発表している。近年では2010年にGallimard社から『パッチとありんこ』を出版、またテレビ番組の短篇アニメを監督するなどその活躍は多岐に渡っている。

131225_02.jpg アンナとフローガ 1~5巻
Anna et Froga T1~5


[著]Anouk Ricard
[出版社]Sarbacane
[発行年]2007
131225_03.jpg トゥミ警視
Commissaire Toumi


[著]Anouk Ricard
[出版社]Sarbacane
[発行年]2008
131225_04.jpg パッチとありんこ
Patti et les fourmis


[著]Anouk Ricard
[出版社]Gallimard
[発行年]2010

≫試し読み

今回ご紹介する『こちら鳩時計のブゾン社』を含め、現在までに4度アングレーム国際漫画祭に作品がノミネートされている人気作家だ。


さて、『こちら鳩時計のブゾン社』に話を戻そう。


ストーリーは主人公のカモ(?)のリシャールが鳩時計メーカー、ブゾン社の入社面接を受けるシーンから始まる。面接官の社長はおかしな質問ばかりしてくるし(しかも履歴書の写真に髯を描かれたり......)、案内されたオフィスの水槽にはペットの金魚が死んでそのままにされているし、会議室の椅子はめちゃくちゃに壊れている。おまけに採用条件は高性能パソコンを会社に持ち込むこと!! リシャールはそんな会社に不安を覚えながらも入社を決めるのだが......。

131225_05.jpg 131225_06.jpg

おかしいのは社長だけではなかった。逆セクハラのお局様すぐにパニックを起こす上司超生意気な研修生。ブゾン社は癖のある社員ばかり。

そんな中、リシャールは彼の前任者、ライオンのギイが謎の失踪を遂げていることをテレビの番組で知ることになる。一体ギイはどうして姿を消してしまったのだろうか? そこには意外な結末が......。

131225_07.jpg

作者の他の作品にも共通することだが、登場人物は全て動物の姿をしており、その素朴で幼児性のある姿に描かれたキャラクターたちが、毒のある大人な台詞を話す、というミスマッチが面白い。


作品の中で、「会社」という部外者には閉ざされて一見真面目な世界の中に遍在する横暴や不正、矛盾などを描いているが、キャラクターの可愛さや絶妙な台詞に何度も吹き出してしまう。それも辛辣で毒のあるフランスならではの笑いだ。そして、自分の周りにもこういう人っているよな~としみじみと思ってしまう。もしかしたら、世の中の全ての会社がブゾン社と変わらないのかもしれない。外からは分らないだけでその内側はおかしなこと理不尽なことがまかり通る世界。そしてギイの失踪というサスペンス要素によって読者は作品に引き込まれていく。勿論アムールの国らしく、リシャールと女性社員ソフィの間の微妙な恋愛感情も描かれていて、それがこの作品をより魅力的にしている。


131225_08.jpg 131225_09.jpg

アヌーク・リカールの作品は、本作を含め日本ではまだ紹介されていないが、以前にご紹介したニーヌ・アンティコの作品と同様、女性作家ならではの洗練された、今までに翻訳されてきたBDとは一味違う独特な作風を是非日本の読者の方達にも味わって頂きたいと思う。


(Text by 新行内紀子)




というわけで、今回が2013年最後の更新です。
来年も引き続きさまざまなBD作品、BDニュースのご紹介をしていきたいと思いますので、
ご愛読の程よろしくお願い致します。

みなさま、どうぞよい年末をお過ごしください!

(※次回の更新予定は1月15日〔水〕です)

  • 教えて!BDくん
  • 邦訳BDガイド
新着記事
カテゴリー
アーカイブ
リンク
  • L'INCAL アンカル
  • 氷河期 -ルーヴル美術館BDプロジェクト-
  • ピノキオ
  • レヴォリュ美術館の地下 -ルーヴル美術館BDプロジェクト-
  • 皺
  • 闇の国々
  • follow me
  • find us
  • SHOPRO BOOKS