今年4月の発売以来、各所で好評をいただいている
フィリップ・ドリュイエの『ローン・スローン』。
読む者に強烈な印象を与える圧倒的なビジュアルは、
発表以来、数多くのクリエイターに影響を与えてきました。
ローン・スローン フィリップ・ドリュイエ[著] ジャック・ロブ[作・原案] バンジャマン・ルグラン[作] 原正人[訳] B5判変型・上製・336頁・本文4C 定価:4,000円+税 ISBN 978-4-7968-7185-3 小学館集英社プロダクション 好評発売中!! |
そしてここ日本にも、ドリュイエに衝撃を受けた、と語るクリエイターがいます。
今回は『地上最強の男 竜』『ガバメントを持つ少年』などの作品で知られる
漫画家・風忍(かぜ・しのぶ)さんに、『ローン・スローン』日本語版刊行を記念して
フィリップ・ドリュイエの魅力について語っていただきました。
インタビュアーは、『ローン・スローン』の翻訳も手がけるBD翻訳家の原正人さん。
前後編に分けてお送りします。
* * *
■『ローン・スローン』との出会い
原正人(以下、原) ここ3~4年ぐらいでバンド・デシネ(以下、BD)の翻訳がようやく日本でもまとまって出るようになってきました。メビウスをはじめ、風先生も当時からご存知だったであろう70~80年代に活躍していた作家のものが比較的多く出ています。風先生は『地上最強の男 竜』(双葉社ACTION COMICS、2001年版)のあとがきの中で「フィリップ・ドリュイエの『ローン・スローン』に衝撃を受けた」ということを書かれていて、これはぜひ『ローン・スローン』の出版に合わせてお話をうかがいたいなと思って今日は参りました。まず、この本のあとがきは覚えてらっしゃいますか?
▲『地上最強の男 竜』
風忍(以下、風) はい、覚えてます。
原 『ローン・スローン』にはどのようなかたちで、いつ出会われたんでしょうか。
風 まだダイナミックプロが大塚にあった頃に、永井(豪)先生のアシスタントのひとりが「こんなすごいコミックがある」と言って、この『ローン・スローン』を持ってきたんです。
原 へえー! ダルゴー社(DARGAUD)の一番最初のやつですね。
風 それで、見てビックリしたんですよ。すぐに永井先生も欲しいと言ったので、今はもうないですけど銀座のイエナ書店に買いに行った記憶があります。この版は、今はもう古本でしか手に入らないですね。
原 当時は1ドル=300円とかそんな頃ですよね。この本は72年ぐらいに出てるはずなんですが、初めてごらんになったのは何年ぐらいだか覚えてますか?
風 年代までははっきり覚えてないんですけど......大塚にいたのって何年までですかね?
ダイナミックプロ 確か、74年にここに引っ越してきたはずです。
原 じゃあ、その前ってことですか。やっぱり早いですね。その頃は、どんな話かはわからなかったんですよね?
風 そうです。まったく中身はわかりませんでした。(日本語版で)今回初めて中身をゆっくりと噛みしめて読みたいと思います。
原 ありがとうございます!
風 当時、まだ僕は3頭身のギャグマンガしか描いてなかったんですよ。ちょこちょこと短編のギャグを描いてて、そのときに『ローン・スローン』に出会ったわけです。大塚にいた頃に衝撃を受けたものが三つあって、『ローン・スローン』がそのひとつ。あとの二つはブルース・リーと鈴木清順の映画です。
原 鈴木清順は、どの映画がグッときたんですか?
風 池袋の文芸坐地下で時々特集なんかをやっていて、その中で特に好きだったのは『東京流れ者』ですね。美術を木村威夫さんがやってるんですよ。
原 同じ頃にその三つのものに出会った?
風 はい。それでギャグマンガだけじゃなくカンフーマンガを描きたいと。影響を受けた『ローン・スローン』、ブルース・リー、鈴木清順監督作といったものを出そうと思って『地上最強の男 竜』を描いたんです。
原 国会図書館で、初期に描かれたギャグマンガの『ボンドくん』と『ガンマンくん』を読んだんですが絵柄が全然違いますよね。
風 『週刊少年ジャンプ』と『別冊少年ジャンプ』に載った作品ですね。
原 その後の『地上最強の男 竜』や『ガバメントを持った少年』で、どうしてああいった絵柄に変わっていったんだろうなとすごく気になっていたんですが、その過程にドリュイエがあり、ブルース・リーがあり、鈴木清順があったんですね。当時、他にも海外マンガは読まれていたんですか?
▲『ガバメントを持った少年』
風 もちろん英語もフランス語もわからないので、絵を見るだけで読んではいないのですが、イエナ書店を知ってからは、新しいものが入ってないかよく行きましたね。
原 実際に買ったりもされました?
風 確かメビウスも買ったと思います。あとは(フランク・)フラゼッタ。今、永井先生のカバー絵を着色してるんですけど、やっぱりそういうのを結構参考にしてますね。
■『ヘビーメタル』に作品が載る
原 当時、日本のマンガは海外マンガとはだいぶ違うものだったわけですよね。やっぱりどこか物足りない感じがあって、新しい絵柄にチャレンジしたいという思いがあったんでしょうか。
風 そうですね。『ローン・スローン』も今まで見たことがない絵だったので。そうそう、『地上最強の男 竜』を描こうとした最初のきっかけは、海外マンガは内容がわからないから、それだったら自分で作ればいいやと思って、ああいうかたちになったんです。
原 なるほど、それはいい話ですね! 実は、気になっていたことがあって。宇田川岳夫さんが『マンガゾンビ』という本で、ドリュイエのことや、いろんな日本のマンガ家さんのことを書いているんですが、風先生のことも書かれているんですよ。たぶん当時風先生にうかがった話だと思うんですが、本の中に「『地上最強の男』は元はホモマンガだった」「その下描きがまだダイナミックプロの倉庫にあるんだ」というようなことが書かれているんです。これは存在してるんですか?
風 ありますよ。
原 絵柄はギャグマンガ風ではなくて、リアルな絵柄だったんですか?
風 そうですね。ただ、そういう絵をあまり描いたことがなかったので『地上最強の男 竜』はほんとうに苦労しましたね。思ったとおりの絵がなかなか描けなかった。
原 なるほど。ただ、転機になった作品というのは、『地上最強の男 竜』より前にありますよね。僕が読んだ作品の中では『絶滅者』という短編があって、それが76年に描かれているので、おそらくそちらのほうが先なのかなと思ったのですが。
風 記憶では『絶滅者』は後ですね。
原 『地上最強の男 竜』のほうを先に始めてるんですか。じゃあやっぱり『地上最強の男 竜』がギャグマンガからの転機になった作品ということですね。その当時、劇画の中でいろいろなことにチャレンジしてる作家さんも多くはいたと思うんですけど、とはいえ、この絵柄はやっぱり唯一無二だったのではないでしょうか。反響はいかがでしたか。
風 どうでしょうかね......その辺はあまりよくわからないんですよ。
原 当時、海外マンガが好きな作家さん同士の交流とかはあったんでしょうか?
風 あまりそういった交流もなかったんですが、アレックス・ニーニョ(Alex Niño)が好きで、紹介記事も書いていたアスカ蘭さんが、こちらに2、3度来たことがありましたね。サンディエゴのコミコンに行ったときにも来てらして。これは元のコミックがあるんですけど、アレックス・ニーニョの絵をまとめて見るためにコピーして作ったんです。アレックス・ニーニョの作品もなんとか出版してほしいなと思ってるんですが......。あと、アメリカに行ったときに、これを買ってきたんですよ。どうぞ見てください。
原 へー、カッコいい! これはポートフォリオですか。
風 そうですね。限定ものなんです。
原 白黒のポートフォリオで結構枚数があるんですね。
風 コミコンの会場では僕の原画を壁に貼ってたんですけど、実はアレックス・ニーニョのマネージャーという方が来られて「これを買いたい」と言ってきて。
原 ええっ! どうされたんですか?
風 断りました。「それは後で使うので」と言って。
原 なるほど(笑)。原画を展示されていたということは、サンディエゴにはご自身のプロモーションも兼ねて行かれたということですか?
風 そうですね。芝崎(寛政)さんという方がおられて、その人が日本のマンガを翻訳して海外に出そうとしてらっしゃったんですよ。今はもう全然交流がないんですけどね。アメリカの雑誌にマンガを載せる場合はみんな投稿らしいので、『バイオレンス&ピース』を送って返事を待ったわけです。それでなんとか『ヘビーメタル(Heavy Metal)』って雑誌に作品を載せてもらって。サンディエゴはその芝崎さんと一緒に行ったんです。永井先生の作品を持っていって、会場の一画を借りて売ってましたね。そのときに僕の本があったかどうかは忘れてしまいましたが。
▲『バイオレンス&ピース』
原 でも原画は少なくとも置いてあったということですね。じゃあ『ヘビーメタル』については、その芝崎さんの働きかけがあって作品が掲載されることになったんですね。
風 ヒロメディアという会社を作った人です。学生のときスタンフォード大学に留学して、日本に戻ってきて英語の先生をやってるうちに自分の会社を作ったという流れらしいですが。
原 『エピック(Epic)』にも作品を載せられたと聞いていますが、こちらも同じように芝崎さんを通じて?
風 そうですね。いろいろ訳していただいて。
原 その方が翻訳もされたんですね。
風 確か、そうだと思います。
原 『ヘビーメタル』とか『エピック』に載ったときは原稿料はもらえたんですか?
風 ええ。値段まではちょっと覚えてないけど、日本よりはよかったでしょうね(笑)。
原 カラーですもんね。原稿はちゃんと戻ってきたんですよね。
風 はい。
原 当時、他に海外でいきなり作品を発表したような日本のマンガ家さんっていらっしゃったんでしょうか。
風 当時言われたのは、日本人でああいうかたちで発表されたのは初めてだろうと。
原 そうですよね。翻訳されたものが掲載されるというケースは少しはあったと思うんですけど。しかも、カラーでお仕事をされるっていうのも日本のマンガ家さんだと結構珍しいケースだと思いますね。ちなみに、さっき名前をあげた『マンガゾンビ』という本には「未発表のカラー原稿が倉庫に眠っている」ということも書かれているんですけど、それも事実なんでしょうか?
風 あれは途中までで完成していなくて、そんなに描いてなかったので処分しちゃいました。
原 処分してしまったんですか!?
風 その代わりなんですけど、趣味で描いた絵がいくつかあるので見ていただけますかね。
原 喜んで拝見させていただきます!
・・・・・・・・・・・
風 すいません、お待たせしました。
原 おおー、すごい!
風 韓流ものが好きで、これはこの間までやっていた『トンイ』というドラマの絵です。
原 服の質感がすごいですね。画材はなにを使ってらっしゃるんですか。
風 リキテックスですね。
原 1枚描くのに、どれぐらいかかるものなんですか?
風 ちょこちょこ描いてたので、1週間ぐらいかかったかもしれないです。これはアシスタントの方を描いたもので。
原 なんだかすごいカッコいいことになってますね(笑)。
風 これは超合金が会社の前に。それも韓流ドラマの『ファン・ジニ』の絵です。
原 カラーを描かれるのはお好きですか。
風 ええ、好きですね。
原 服の模様であるとか、装飾品であるとか、超合金のディテールであるとか、そういったところが非常に魅力的ですね。
風 ありがとうございます。
<後編につづく>
〔協力:株式会社ダイナミックプロダクション〕
〔構成協力:小林大樹〕
〔構成協力:小林大樹〕
PROFILE 風忍(かぜ・しのぶ) 高校卒業後、ダイナミックプロに入社。永井豪のアシスタントを経て、1971年に『別冊少年マガジン』(講談社)からデビュー。代表作に『地上最強の男 竜』(1977)、『ガバメントを持った少年』(1997)などがある。 |