REVIEW

SFである!宇宙である!スペースオペラである!/『メタ・バロンの一族』(上)レビュー


現在、好評発売中の『メタ・バロンの一族』(上)。
あの『アンカル』のスピンオフシリーズとして、世界中で翻訳され、高い人気を集めている作品です。


metabarons_cvr.jpg   メタ・バロンの一族 上

  アレハンドロ・ホドロフスキー[作]
  フアン・ヒメネス[画]
  原正人[訳]

  B5変型、304ページ、並製、オールカラー
  定価:3,150円(税込)
  ISBN 978-4-7968-7119-8

  Gimenez & Jodorowsky, La Caste des Métabarons,
  © Les Humanoïdes Associés, SAS - Paris, 2012



原作を手掛けるのは、『アンカル』に引き続き、カルト映画監督として知られるアレハンドロ・ホドロフスキー
アートを、圧倒的重厚感を持った美麗なアートワークで世界中のクリエイターから尊敬を集めるフアン・ヒメネスが手掛けています。

本作では、『アンカル』に登場した宇宙最強の殺し屋メタ・バロンに連なる初代から5代目までのメタ・バロンを描いており、その壮大で濃密なストーリーは、BDの枠を越えて、アメコミやSFファンの方にも楽しんでいただける内容です。


そこで、今回はSFへの造詣が深く、
『ウォッチメン』をはじめとするアメコミの翻訳なども手掛けている
作家の海法紀光氏に本作のレビューをご寄稿いただきました!




* * *




 SFである! 宇宙である! スペースオペラである!

 男は皆、勇ましくも愚かで、女は気高くも妖艶で、数ある異星に住む獣は、そのことごとくが奇怪にして凶暴。
 銀と鋼鉄の船が行きかう空漠たる宇宙空間を貫いて存在する帝国は、いつかなる時も、邪悪な陰謀に満ちており、その陰謀をめぐり、英雄と梟雄が剣と光線銃を交える。
 退廃に満ちた文明圏は奇矯な風俗をまとい、辺境星はことごとくが野蛮。どこをとっても一筋縄でいかない銀河の民を等しく心底から震わせる名がひとつ。
 その名をメタ・バロンという。
 メタ・バロンとは、宇宙に名を轟かす絶対の傭兵。人智を超える力をその身に秘め、ありとあらゆる地獄に望み、そのことごとくを叩き潰す偉大なる英雄。帝国の守護者。宇宙一の賞金稼ぎ。あるいは悪鬼羅刹の化身。その性は冷酷無惨な戦闘機械であり、生まれた時より身体の一部は冷たい鉄。その心はさらに冷たいという。

 カルト映画の巨匠、ホドロフスキー原作による本書『メタ・バロンの一族(上)』は、そのメタ・バロン一族の誕生と変遷を描く、スペースオペラである。
 宇宙で、もっとも恐れられた戦士の一族は、どのような残酷な運命のもとに生まれ、そして、どのようにその運命を踏みにじってきたのか? その恐るべき力は、いかにして手に入ったのか? その非人道的かつ残虐な伝統は、どこから生まれたのか? そして一族の歴史と銀河の歴史の暗部は、どのように絡み合うのか?

 本書はストレートな英雄譚であり、その物語の力強さも絵の雄渾さも、目や指から染み入るように伝わってくる名作であって、BD好きの方はもとより、BDに不案内な読者諸氏にも自信をもってお勧めできる。
 未読であれば、まずはご一読願いたい。愛憎と血しぶきに満ちた絢爛豪華たる銀河絵巻を隅から隅まで堪能いただきたい。

 ――堪能いただけただろうか? では蛇足かもしれない補足解説などを。

 本書の原作を担当するアレハンドロ・ホドロフスキーは、『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』といったカルト映画の監督として偉名を轟かす一方、メビウス他と組んだ数々のBD原作者としても名高い。
 本書の画を担当するヒメネスは、これが初訳。アルゼンチン出身で、幼少期からコミックの魅力にとりつかれ、BDを手がける。工業高校で、機械工学、航空工学を専攻し、初期には戦史もののイラストレーションを担当したこともあり、メカデザインの深さと精密さには定評がある。コミック以外にも様々な方面で活躍しており、1980年代の映画『ヘビーメタル』のワンシーンも担当している。 

 本書に登場するメタ・バロンの初出は、ホドロフスキーとメビウスが組んだ『アンカル』である。
 『アンカル』は本書と同じ宇宙を舞台に、さえないR級私立探偵ジョン・ディフィールが謎の生命体アンカルにまつわる陰謀に巻き込まれ、銀河をまたにかけ、人類の精神そのものの深淵を探る冒険を描いている。
 そこで登場した無敵の傭兵、メタ・バロンの前日譚が本書というわけだ。

 神話的な英雄には二つの側面がある。一つは捨象。一つは過剰である。
 英雄とは純粋な存在だ。人間の、ある一面だけ残して他を削ぎ落とすことが英雄の条件といえよう。メタ・バロンが英雄であるのは、彼らが純粋な戦士だからだ。人間の中にある無数の弱さを不純物として切り捨て、ひたすらに磨き上げることによって英雄は誕生する。

 一方で、英雄は最初から英雄であったわけではない。人が英雄となるというのは、人が人を止め、人を超えることを決心することだ。その選択は多くの場合、悲しい。
 人が、そのような純粋な存在になるためには、過剰なものが必要となる。
 あるときは、過剰な怒り。あるいは悲しみ。悲運。受け継がれた意志。そういったものこそが人間というものを、鋭く削り、英雄に変えてゆく。

 メビウスの繊細なタッチで描かれた『アンカル』は、人類の集合精神の深淵を遡る物語とあいまって、捨象の物語とも言えるだろう。登場するメタ・バロンは完成された英雄だ。
 本作『メタ・バロンの一族』は、まごうこと無い、過剰の物語である。
 ヒメネスの絵は、人の肌や表情は言うにおよばず、広い画面を埋め尽くす無数の兵器や武器のディティールの全てを深く塗り重ねる迫力あるものである。物語もギリシア悲劇を題材にとったという通り、怒りがあり憎しみがあり愛があり、近親相姦と親殺しが全編にわたって横たわる。
 『アンカル』に登場する最後のメタ・バロンの誕生に向けて、無数のいびつな英雄たちが絡み合うのが本作『メタ・バロンの一族』だ。

 しかし過剰一方な物語は、見る側に負担をかける。読んでると疲れるのだ。本作においては、その熱い過剰さを和らげるように、柔らかなユーモアが随所に配置されている。
 全編の物語は、メタ・バロンの一族に仕えるロボットの下僕、ロタールとトントの語りの中で描かれ、この作品が英雄譚であると同時に、ホラ話でもありうるという含みを残す。
 熱く重い一撃と、風のように軽やかな語り口の二つを得て、メタ・バロンの物語は終末に向けて加速してゆく。

 果たして、メタ・バロンの一族が、いかなる奇跡のもとに大団円を......あるいは破滅を遂げるのか。無敵のバロンの右眉毛の上の怪我は、いかにして生じたのか。
 待て、下巻!




Text by 海法 紀光

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