COLUMN

アングレーム国際漫画祭2015受賞作の作者に迫る!


前回の記事で、第42回アングレーム国際漫画祭の受賞作品を発表致しましたが、
今回は、そのなかからキュルチュラ読者賞を受賞した作品
Les vieux fourneaux(古ぼけたかまど)』をご紹介します。

受賞作の作者二人のこれまでの経歴、作品の魅力について
ライターの林聡宏さんに語っていただきました!


* * *


先日BDfileでも紹介したアングレーム国際漫画祭2015の受賞作品。
その中からキュルチュラ読者賞を受賞した『Les vieux fourneaux(古ぼけたかまど)』に焦点を当ててみたい。

本作は、発売と同時にフランスのBD批評サイト「BEDETHEQUE」でも各批評家から好評されていた注目作である。


『Les vieux fourneaux』
古ぼけたかまど 1巻 - 残されたものたち(仮)

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▲左が受賞作の第1巻

作:ウィルフリッド・リュパーノ Wilfrid Lupano
画:ポール・コエ Paul Cauuet
出版社:Dargaud


主人公は70代の老人アントワーヌ。ある日、長く連れ添った妻を亡くしたアントワーヌは、銃を手に妻の元不倫相手への報復にイタリアへ車を走らせる。葬儀に駆けつけた幼なじみピエールとエミールは、アントワーヌを止めるべく妊娠中の孫娘ソフィーと珍道中へ旅立つのだが......というストーリー。

「老い」を主題として、労働闘争、家族とその世代間の葛藤といったサブテーマを盛り込み、BDとして珍しい素材を描いている。若者が社会の主体となっても、いつまでもスタイリッシュで味のある老人3人が、「老い」という現実とぶつかりながら、そこに立ち向かっていくエネルギッシュな様が美しい。「老い」を受け入れていく様を物悲しくも、ソフトなタッチで描いたパコ・ロカの『皺』と同様のテーマを扱いながらも、また違った切り口が新鮮な作品となっている。

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▲『皺』


シナリオを担当したウィルフリッド・リュパノは、既に数多くのBDの原作を手がけるベテラン作家だ。デビュー作は19世紀のアメリカを舞台とした西部劇『Little Big Joe(小さな巨人ジョー)』。今年度のアングレーム公式セレクションにも選ばれた『Un océan d'amour(愛の海)』のシナリオも担当しており、ブログでは自身の肩書きを「語り部(Un raconteur d'hisoires)」としている。

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▲『Little Big Joe(小さな巨人ジョー)』


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▲『Un océan d'amour(愛の海)』


また、昨年のアングレーム国際漫画祭でも『Ma Révérence(我が恩師)』でSNCF(フランス国鉄)ミステリ作品賞を受賞している、

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▲『Ma Révérence(我が恩師)』


『我が恩師』の主人公は、慢性的に仕事も続かず、恋人と自分の子供をセネガルに置き去りにした三十路男ヴァンサン。彼は、アフリカへ戻り二人を養うため、相棒の"最優秀マヌケ賞閣下"ギャビー・ロケットと共に"誰も傷つけない強盗"を計画する。一方で現金輸送車の運転手ベルナールは、音楽を学ぶ息子の学費のために日々奔走していた。不運にもこの彼の息子こそが、後にヴァンサンのアフリカ行きの鍵を握る存在となってしまう......。


何度も物語のナレーターが交代し、難解さを生み出しているが、「誰もが内側に持つ凡庸性と美しさ」というシンプルなテーマとBDでは珍しいキャラクター重視のストーリーで高い評価を得た。


その他の作品では歴史ドラマを取り扱った作風が特徴的だが、唯一のパロディ作が強力なインパクトを放っている。最も国民的なBDの一つとして有名な『アステリックス』(Astérix)と、恐れ多くも前仏大統領ニコラ・サルコジ(Nikolas Sarkozy)とを掛け合わせたパロディ作品『Les avantures de Sarkozix(サルコジックスの冒険)』がそれだ。カリカチュア的な手法で描かれたこの『サルコジックスの冒険』では『アステリックス』の作風を踏襲し、それぞれの巻がオムニバス形式となっている。

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▲『Sarkozix contre Hollandix(サルコジックス 対 オランディックス)』


ただでさえ名前や言語にちなんだブラックジョークが多く見られる『アステリックス』シリーズだが、『サルコジックス』は、そこに政治的要素が足されることで、完全に子供の読者層を置き去りにした大人向けの作品となっている。



一方の作画担当のポール・コエは幼少期より絵を描くことが身近にある環境の中で育った。彼の父は広告デザイナーにして大のBDファンだったため、彼は父の仕事はもちろん、その蔵書や映画を見て育ち、特に『スター・ウォーズ』、『アラジン』、『スターゲート』などのSF作品や『プリンス・オブ・エジプト』を敬愛。BDではレジス・ロワゼルやメビウス、アルベール・ユデルゾといった作家の作品を愛読したという。

トゥールーズ第2大学(ミラ)で応用美術(インダストリアル・デザイン、ゲラフィックなど)を学ぶ。しかし、BDに関するノウハウは専ら『時の鳥を求めて』(2012、飛鳥新社)のプロット分析や、その作者レジス・ロワゼルのからのアドバイスから得ていたため、ほとんどが独学だった。
2003年に同じくトゥールーズ出身で、学生時代からの友人、ギヨーム・クラヴリをシナリオリストに迎え、処女作『Aster(星)』を発表。第1巻の発売時に「絵が下手過ぎる」と酷評されたせいか、全4巻という短期間の間にスタイルや色の塗り方が徐々に変化していく。

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▲『Aster(星)』より。この作品の世界観には、コエが幼少期より熱愛している『スターウォーズ』や『スターゲート』の影響が強くみられる。


2010年にリュパノとの初タッグで共同で『L'honneur des Tzarom(ツァロムの栄光)』を刊行。この作品では宇宙を旅するスペース・ジプシーを題材にしたSFアクションを描いた。

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▲『L'honneur des Tzarom(ツァロムの栄光)』


そして今年度のアングレーム国際漫画祭の受賞作『古ぼけたかまど』では、打って変わって、老人たちの日常劇をテーマにした作品を描いている。

このテーマ設定についてコエは、「キャラクターの多くが若者という現代のBD市場の主流に逆らい、現代の老人やその家族、彼らの歴史を描きたかった」と語った。原作者のリュパノは、シナリオ作成の際、まず彼の曾祖母や大戦時代を生きた人々へインタビューを行い、着想を得たのだという。

本作はフランス本国にて全4巻で発売予定。現在、コエは2012年より勤務しているトゥールーズのアトリエ「La Mine」で未来のBD作家たちへの講義を行いつつ、ウィルフリッドと共に『古ぼけたかまど』の第3巻を制作中だ。今のところ日本での発売予定はないが、フランス以上に高齢化社会問題が浮き彫りになっている日本での邦訳が待ち遠しい。


Text by 林 聡宏


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