昨日10月30日、前巻『闇の国々』の好評を受け、
ついにシリーズ全4巻での刊行が決まったシリーズ第2弾、
『闇の国々Ⅱ』が、めでたく発売を迎えました!
好評発売中!! 闇の国々Ⅱ ブノワ・ペータース[作]/フランソワ・スクイテン[画] 古永真一・原正人[訳] 定価:3,990円(税込) ISBN 978-4-7968-7132-7 © 2007, 2008, 2009 Casterman, Bruxelles All rights reserved. |
そこで、今回は気になる『闇の国々Ⅱ』の見どころについて
翻訳者のお一人である原正人さんに解説していただきました!
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昨年末に刊行された『闇の国々』に続いて、『闇の国々Ⅱ』が10月30日に発売された。
ファンの方々にはもう説明は不要かも知れないが、『闇の国々』はフランス人BD原作者ブノワ・ペータースが原作を、ベルギー人作画家フランソワ・スクイテンが作画を担当したBDのシリーズ作品である。1982年に『(A suivre)』誌で連載が始まってから現在に至るまで描き続けられ、累計で十数巻に及ぶ単行本が刊行されている。
日本では早くから大友克洋や谷口ジローといったマンガ家が注目し、『error』誌(美術出版社)でシリーズの一作品『見えない国境』(関澄かおる訳)の冒頭部分が連載されるなど、一部では高く評価されていた作品だったのだが、全体像が紹介されることはなかった。その本格的な翻訳紹介が昨年小学館集英社プロダクションから出版された『闇の国々』である。収録作品は「狂騒のユルビカンド」、「塔」、「傾いた少女」の3作。どれもBD史に残る傑作と誉れ高い作品である。
重版出来! 『闇の国々』 ブノワ・ペータース[作] フランソワ・スクイテン[画] 定価:4,200円 © 2008, 2009, 2010 Casterman, Bruxelles All rights reserved. |
シリーズ作品と言ったが、日本の長編マンガのように既刊の十数巻が連続した一つの物語を形成しているわけではない。「闇の国々」という共通する世界観は存在するものの、それぞれの巻は異なる国の異なる物語を語っている。したがって、各作品は個別に読むことが可能である。邦訳1巻目に収められた各作品は、原著の刊行順でいくと、「狂騒のユルビカンド」が第2巻、「塔」が第3巻、「傾いた少女」が第6巻だが、読書を楽しむ上で何の支障もないはずだ。
とはいえ、このシリーズがどう始まったのか、またその後どう展開していったのか、気になるところではあるだろう。読者の声に応える形で小学館集英社プロダクションはシリーズを全4巻で刊行することを決定したが、今回出版された『闇の国々Ⅱ』には、『闇の国々』シリーズの起源である「サマリスの壁」、未完の断片をまとめた「パーリの秘密」、正編の第5巻に当たる「ブリュゼル」、そして番外編の「古文書官」の全4作品が収録されている。
「サマリスの壁」は1982年に『(A suivre)』誌で連載が開始され、1983年に単行本として刊行された作品である。長年の友人だったブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンが初めてプロとして一緒に仕事をした作品で、その後、長期にわたって描き続けられることになる『闇の国々』シリーズの記念すべき第1巻でもある。初期の作品ということもあり、少し生硬なところも感じられるかもしれないが、アール・ヌーヴォーに想を得た都市の光景は、今見ても非常に美しい。物語は幻影を生み出す都市に翻弄される主人公の悲劇を描いており、アルゼンチンの小説家アドルフォ・ビオイ=カサレスの『モレルの発明』の影響を強く感じさせる。
「パーリの秘密」はもともと長編として構想されながら、最終的には完成を見なかった作品の断片をまとめたものである。『闇の国々』シリーズの中には小部数で刊行されたり、付録のような形で発表される作品もあるが、ここにまとめられた断片がまさしくそのような作品だった。ついに完成には至らなかった作品の舞台裏が垣間見えるという意味でも貴重な作品だろう。タイトルは19世紀半ばに活躍したフランスの小説家ウジェーヌ・シューの『パリの秘密(Les Mystères de Paris)』を想起させる。タイトルどおり、「闇の国々」の近代都市パーリの華やかな生活の裏に隠れた秘密が語られる。
次の「ブリュゼル」は1991年に『(A suivre)』誌で連載が開始され、1992年に単行本として刊行された。「パーリの秘密」では、現実の都市パリとよく似た都市が描かれ、実在の歴史的建築物と思しい建築物が多く登場している。そしてその中の一章「アブラハム博士の奇妙な症例」では、パーリとパリがどこかでつながっていることが暗示されている。一つのトポスを中心にあちらの世界とこちらの世界が表と裏のように、光と影のように存在している。この主題をおそらく初めて組織的に『闇の国々』シリーズの中で展開したのが、この「ブリュゼル」である。選ばれた都市は二人の作家にゆかりの深いブリュッセルである。ちなみにブリュッセルはBruxellesまたはBrusselと綴り、ブリュゼルはBrüselと綴る。ブリュッセルの近代化の歴史がブリュゼルのそれとどう重なりどう異なるのか、ペータースの序文と併せてお楽しみいただきたい。
ある場所が蝶番となり、私たちの世界と「闇の国々」をつないでいるというこの主題は、のちに「傾いた少女」で、それぞれの世界の相互交通という主題へと深められていく。だが、そのアイディアそのものは『闇の国々Ⅱ』の掉尾を飾る「古文書官」で既に示されていた。私たちの世界にある中央史料館の職員イジドール・ルイが、「闇の国々」をめぐる資料を集め、論文と手記を執筆するという体裁をなしたこの本は、1987年に刊行されている。この本の刊行時点で既に「サマリスの壁」と「狂騒のユルビカンド」、「塔」は完結していたが、それ以外にも既にさまざまなモチーフがあったはずで、それらをまとめ、いわば創作ノートを作品の形にしてしまおうというのがこの作品である。「闇の国々」の資料を集める任務を帯びたイジドール・ルイが、どのような運命を辿るのかについては実際に「古文書官」をお読みいただきたい。
昨年刊行された『闇の国々』に収録された作品は白黒で描かれたものが多かったが、作画のフランソワ・スクイテンは色づかいの巧みさにおいても巨匠と認められている作家である。幸い今回刊行された『闇の国々Ⅱ』にはカラー作品がふんだんに収められている。まずはその美しさをご堪能いただきたい。また、各作品は個別に読めると上で述べたが、何人かの登場人物は作品をまたいで登場している。彼らの活躍(あるいは凋落?)ぶりにもご注目いただきたい。『闇の国々』と併せて読むことで、彼らの世界の広がりを味わっていただければ何よりである。来春には『闇の国々Ⅲ』の刊行も予定されている。こちらも楽しみにしていただきたい。
(Text by 原正人)