INTERVIEW

【メビウス一周忌企画】インタビュー:大友克洋が語るメビウス(前編)


昨年3月10日、多くのクリエイターにはかりしれないほどの影響を与えた
BD界の巨匠メビウスが亡くなって、まもなく一年が経とうとしています。

今回は、メビウス一周忌企画ということで、
メビウスが亡くなってから2カ月後の昨年5月に収録した、
日本を代表する漫画家、大友克洋氏のメビウスについてのインタビューを2回に分けておおくりします。

場所は、吉祥寺のとある居酒屋。
ワインを傾けながら、少しリラックスした雰囲気で、
メビウスとの思い出話、マンガに対する真摯な思いを語ってくださいました。



* * *



■「寝る前に自分のためだけに絵を描くんだ」


―― 大友さんは実際に何度かメビウスにお会いになっていますが、聞くところによると、メビウスに貰ったペンを持っていらっしゃるとか・・・・。


大友 持ってるよ。メビウスが自分の家の庭にあった木の枝にペン先を付けて、グルグル巻きにして作ったやつ。「何それ?」って聞いたら「欲しいか?」って言われて。「欲しい欲しい」って答えたら、くれたんだよ。


―― メビウスが実際に使っていたものなんですね。いつ頃の話ですか?


大友 『スチームボーイ』の展覧会〔※1〕の頃じゃなかったかな。向こうには何度も行って会ったりしてるから、具体的に何年頃のことなのか覚えてないんだけど。仕事場に行った時に貰ったんだよ。仕事場というか家かな。
ちょうど大工が1階の床を直してて、奥さんのイザベルが「フランスの大工は酷くてどうしようもない」って怒ってた。「日本の大工を紹介してくれないか?」なんて言うから、「ここまで呼べねえよ」って(笑)。
その時に2階の仕事場でメビウスにいろんなものを見せてもらったんだよ。「これは誰にも見せた事がない」とか言いながら、ちっちゃな手帳を見せてくれた。分厚いんだけど、すみずみまで絵が描いてあって「これには寝る前に自分のためだけに絵を描くんだ」って。


―― それは『インサイド・メビウス』みたいな感じの絵ですか?


大友 ストーリー性はなくて、自分の思いついた絵を描いてる感じかな。メビウスは昔、ちっちゃな本をよく出してたんだ。豆本みたいなので、俺も何冊か持ってるけど、そういうのに使ってたんじゃないかな。描き込まれていて、凄いスケッチブックだったね。



■"引いて"描くことの難しさ


―― 「大友克洋GENGA展」〔※2〕の図録で、謝辞にメビウスの名前を入れてらっしゃいますよね。大友さんが謝辞に他の漫画家の名前を入れたのは、『AKIRA』最終回の手塚治虫以来初めてだと思うんですが、やはりそれだけ影響が大きかったということなんでしょうか。


大友 まあね、メビウスは本当に素晴らしいから・・・・。



130306_01.jpg
▲大友克洋GENGA展 図録


―― メビウスの前には、BDは読んでたんですか?


大友 フランスのコミックというか、ヨーロッパのコミックは見てた。小野耕世〔※3〕が出してた本だったり、『O嬢の物語』を描いたグィド・クレパクス〔※4〕とかも読んでたけど、やっぱりメビウスだよね。


―― 別格ということでしょうか。


大友 メビウスは自分の絵をちゃんと"引いて"見て描いてるんだよ。絵を描く人間っていうのは基本的に自分の絵を描いていればいいんだけど、メビウスはちゃんと距離感を持って、そこに世界を作れる人だった。
当時、日本では少年漫画から劇画に移り変わっていった時期なんだけど、劇画っていうのは周りを見ないでバーッと描くわけ。そうやって感情を前面に出して描くんだけど、メビウスの絵は一歩引いて、きちんと背景と人物が描いてあった。それが素晴らしいんだよ。絵でそれを描けるというのが、70年代の俺にとってどんなに嬉しかったことか。「こんな風に絵を描けばいいんだな」っていうのを教えてもらった気がする。


―― 日本の漫画家さんでメビウスが好きな方って、よく最初に見た時の衝撃を「嬉しかった」っておっしゃるんです。例えば「自分より先にやられてくやしい」とかそういうことではなく、「これでいいんだ」って。そう感じさせるメビウスの魅力ってなんなんだろうとずっと思っていたんですが、日本の漫画家さんではいなかったんでしょうか? 日本では、やりたいけどできなかった?


大友 いや、手塚治虫もやってますよ。俺は手塚治虫の初期の頃の絵が大好きで、その頃は手塚さんもやってるんだけど、あの人もだんだんストーリーに入っていって客観性がなくなってくるんだよ。でもメビウスは、いつも絵に客観性がある。自分でも不思議な絵を描いてるんだけど、それを常に外から見てるのが格好いいわけ。きっと視点が違うんだよね。何にも耽溺してないんだよ・・・・まあ、溺れる時もあるんだけど(笑)。でも自分の絵にはいつも溺れてない。それが素晴らしい。


―― 確かに『インサイド・メビウス』とかも凄いですよね。あれが最晩年の作品ですから。


130306_02.jpg   Inside Mœbius
  インサイド・メビウス 全6巻


  Stardom, 2007



大友 あれも自分をキャラクターとして描くっていうのは、明らかに視点が引いてるわけ。自分を他のキャラクター達の中に置いてもなお、引いて描いてる。要するに冷静に絵を描いてる人なんだよね。私小説とかっていうのは、みんな耽溺しちゃうから、その中でもがいてしまってどうしようもないんだけど。それをどこか後ろから見て描けるっていうのは、やっぱり、かなりインテリなんじゃないかな。


―― たたずまいも知的ですもんね。


大友 たとえ絵が崩れようが、ストーリーが崩れようが、ずっと後ろで見て描いてる。そんな人はなかなかいない。みんな自分の作品を描く時は、どっぷり作品内に入ってしまう。入ってしまわなければ描けないんだよ。例えば『進撃の巨人』〔※5〕なんかも、作者が世界の真ん中に入って、周りを見回しながら自分も一緒に巨人から逃げてる。それも分からないでもないし、いいんだけど、俺はもっと外から見て描く作り方、そういう客観性を求めてる。メビウスは絵の技術があるから、それができたんだ。あんなふうにみんな描けないよ。



■もう一人の自分が常に見ている


―― 大友さんの作品も割と初期の頃から引いて描いているというか、淡々として、そんなに情感に溺れないですよね。


大友 それはメビウスに教えてもらったところが大きいけどね。でも、いつも作品を一生懸命に作ってる自分と、それをどこか冷めて見てる自分がいるんだよ。俺が描いてる作品を、「それでいいのか?」って後ろで見てる俺が言うわけ。ちょっと分裂症気味なんだけど(笑)。自分が描いてるものはいいのか、という疑問をどっかで持っておかないと、やっぱり入り込んじゃって出て来られない時もあるから。


―― "中の人"になっちゃうんですね。


大友 それがいいのか悪いのかっていうのは全然分からないけどね。そんなふうに、つい客観視してしまうんだよ。アニメーションや映画をやりたいと思いながら躊躇してる時も、後ろで客観的に見てる俺が、悩んでる俺の背中を蹴って言うんだ。「行けよ!」って(笑)。


―― 自分が常に見てるから嘘が言えないんですね。


大友 そういう二重性みたいなものはあるね。それはメビウスの絵を見て思った。『ブルーベリー』だって、なんでもない西部の町を描いて、そこに主人公がたたずんでいる。それって資料を見て描いてる自分と、それをさらに後ろから見てる自分がいるんだよ。メビウスはそれがあるから、きっといくらでも絵が描けるんじゃないかな。


130306_03.jpg   ブルーベリー〈日本語版〉

  ジャン=ミッシェル・シャルリエ[作]
  ジャン=ジロー[画]
  原正人[訳]

  エンターブレイン



―― 入り込むとそこに没頭してしまうけど、離れているからいくらでも自由に描ける、と。


大友 そんな感じかな。だからメビウスの作品はいつもどこか清潔で、あまり汚れてない感じがするんだよ。みんな世界の中に入ると、その世界で汚れてしまう。メビウスにはそれがない。


―― メビウスの本質が分かってきたような気がします。


大友 いや、でもメビウスの哲学的な部分については俺は分からないので。きっと分けてるんだと思うけどね。メビウスは絵だけでやれる人だから、ホドロフスキーがいてもOKなんだよ。全部メビウスのスタイルにできると思ってる。


―― ホドロフスキーがいてもOKというのは、絵だけでもちゃんと語れるから原作者がいてもブレないということですか?


大友
 ブレないし、ホドロフスキーぐらいおかしいものを書いてくれないとメビウスとは一緒にできないんじゃない? よっぽど変な話じゃないとメビウスも喜ばないし。『ブルーベリー』が普通の話だったから、メビウスはもっと不思議なものが欲しかったんだよ。


―― 頭の中のイメージも凄いですもんね。


大友 自分のイメージを出したくてしょうがない人だったんだろうね。



(後編に続く)
(聞き手:津久井利明)



※1―2004年9月、映画『スチームボーイ』のフランス公開にあわせてパリの画廊で行われた展覧会。
※2―2012年4月9日から5月30日にかけて、東京・秋葉原にて行われた原画展。大友克洋のデビューから現在までを網羅した初の総合原画展として話題を呼んだ。
※3―日本における海外コミックの翻訳・紹介の第一人者。著書に『アメリカン・コミックス大全』(晶文社)、『世界コミックスの想像力―グラフィック・ノヴェルの冒険』(青土社)など。
※4―『ヴァレンティーナ』シリーズで知られるイタリアの漫画家。20世紀後半のヨーロッパ漫画界に多大な影響を与えた。『O嬢の物語』は2007年にエディシオントレヴィルから邦訳版が出版されている。
※5―講談社の「別冊少年マガジン」連載中の諫山創による人気コミック。謎の巨大生物「巨人」が人類を追い詰めていくさまを描いており、2011年には第35回講談社漫画賞少年部門を受賞した。




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