REVIEW

まさに"カットの天才"! 建築に魅せられたBD作家アンドレアスの美しき幻視世界


日本語で読めるBDが少しずつ増えてきている昨今ですが、
世界には、まだまだ日本で知られていないBD作家、傑作BDがたくさんあります。

そこで今回は、『アンカル』『メタ・バロンの一族』『闇の国々』など
数多くの日本語版BDを手掛ける翻訳者の原正人さんに
ドイツ出身の人気BD作家、アンドレアスを解説していただきました!



* * *


アンドレアス(Andreas)というBD作家をご存じだろうか?
1951年ドイツ生まれ。現在62歳だからかなりのベテランである。今のところ邦訳はない。

日本ではティエリ・グルンステン『線が顔になるとき―バンドデシネとグラフィックアート―』(古永真一訳、人文書院、2008年)の巻末に収められた略伝と山下雅之『フランスのマンガ』(論創社、2009年)でほんの少し紹介されているだけ。『フランスのマンガ』によれば、アンドレアスはコマを独自に編成する「カットの天才」。アンドレアスを紹介したことはこの本の功績に数えていいだろう。『STUDIO VOICE』の「特集:地球コミック宣言」号(1990年11月号、Vol.179)あたりで紹介されていてもおかしくない作家だが(パラシオスやカザ、ブレッチア、同じドイツ出身のシュルトハイツなどは紹介されている)、なぜか紹介されなかった。


かく言う筆者は、今は無き中野のBD専門店"パピエ"で『ミル』という作品と出合い、それ以来、彼の作品の魅力に魅せられてしまった一人である。


■『ミル』
130501_01.jpg ミル
Mil


[著者] Andreas

[出版社] Les Humanoïdes Associés
[発行年] 1987
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アンドレアスの代表作と言えば、『ローク』や『アルク』、『カプリコーン』といった長編だが、ここでは『赤い三角形』という1巻完結作品を紹介したい。


■『ローク』
130501_03.jpg ローク
Rork 全8巻


[著者] Andreas

[出版社] Le Lombard
[発行年] 1984-2012
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■『アルク』
130501_06.jpg アルク
Arq 1~16巻(以下続刊)


[著者] Andreas

[出版社] Delcourt
[発行年] 1997~
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■『カプリコーン』
130501_09.jpg カプリコーン
Capricorne 1~16巻(以下続刊)


[著者] Andreas

[出版社] Le Lombard
[発行年] 1997~
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ちなみに1巻完結のBDを"シリーズ"(série)に対して"ワンショット"(one-shot)と呼ぶ。『赤い三角形』はアンドレアス作品の中でもとりわけ評価の高いワンショットである。


130501_12.jpg 赤い三角形
Le Triangle rouge


[著者] Andreas

[出版社] Delcourt
[発行年] 1995


表紙を見ると、美しく着色された建築をバックに白黒で描かれた人物が配置されている。表紙だけこのような特別な処理がなされているわけではない。ページを開くと、時には水彩、時にはパステルで彩色された美しい絵と白黒のペン画が混在している。


冒頭にはまずエピグラフとしてアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの言葉の引用。"OUT OF THE GROUND AND INTO THE LIGHT"。続いて物語が始まる。

荒野に建つ建築物の遠景。場面は夜。右下に赤い正方形が描かれる〔図2〕。赤い正方形(レッド・スクエア)はフランク・ロイド・ライトが自分で引いた図面に必ず入れていた署名のようなものだという。察しのいい読者なら表紙の建築物で既にピンと来ていたかもしれない。そう、この作品はあの著名な建築家に対するオマージュなのだ。


〔図2〕
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物語に戻ろう。夜の建築物が描かれたページをめくると、いきなり白黒のページが現れる。飛行機が砂漠のような場所に不時着。尾翼にはD-2と記されている。パイロットが"やれやれ"といった様子で飛行機を降り、機外で休憩する。彼は小箱から三角形の物体(砂糖菓子?)を取り出し、口に入れる。三角形の物体だけが赤で着色されている〔図3〕。ほっとしたのか、彼はまどろみ始める。


〔図3〕
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さらにページをめくると、場面が一転。背景にフランク・ロイド・ライトが設計したと思しい建築物が描かれ、その上に白黒の小さなコマが置かれていく形で、物語が展開していく〔図4〕


〔図4〕
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▲メモを手に立っている人物がフレッド。帽子をかぶった人物がフロー


背景の建築物と手前の白黒で描かれたコマの間には関係がなさそうだ。5人の人物が登場する。パイロットのフロー(Flaw)がある荷物を飛行機に載せよう としている。積荷の管理をしているフレッドFredが、勝手にそんなことをしては困ると諌める。フローはアンダーソン嬢(Miss Anderson)に頼まれたのだと説明するが、フレッドは認めない。荷物を預かった彼は、中を検分したものか躊躇するが、結局、開封せずにロッカーの中 にしまっておくことにする。廊下を歩いている彼にレオン(Leon)話しかける。新しい車を買ったので自慢したくて仕方ないのだ。車体にはD-4と記され ている。一緒にドライブに出かける二人。しばらくすると、反対側から似たような車がやってくる。車を運転していたのはウィル(Will)だった。彼の車に もD-4の文字が。彼は自分の車のほうがお買い得だったと、レオンの車をけなし、洗練された車はやはり赤でなければならないと語る〔図5〕


〔図5〕
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▲口論をするフレッド、レオン、ウィル。あごひげの人物がレオン。ゴーグルをかけているのがウィル。夢の中の人物らしく3人ともどこか似ている


次のページで、以上がすべて夢であったことが判明する。場面は一転して、豪華な建物の一室。すべてがカラーで描かれる。使用人に起こされて、フロイド(Floyd)が目を覚ます〔図6〕


〔図6〕
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▲目を覚ましたフロイド。場面がカラーに変わる


彼はこれからお抱えのレーサー、ライトニング(Lightning)を迎えなければならない。フロイドはどうやらライトニングが気に入らないらしい。彼は 壁に掛けられた空軍中尉ワース(Worth)のような人物を迎えられればいいのにとため息をつく。ワースの容姿は物語の冒頭で登場したパイロットによく似 ている。二度寝して再びまどろむフロイドを不意の来客が脅かす。それは先の夢の中で名前があがったアンダーソン嬢に他ならなかった。彼女はフロイドに金庫 の中に隠した箱を返すように詰め寄る〔図7〕。何が何だかわからないフロイドは、使用人に彼女を追い返させ、再び夢の世界に戻る。


〔図7〕
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▲フロイドに詰め寄るアンダーソン嬢。背中ににはフランク・ロイド・ライトのイニシャルFLWが。登場人物の名前は多くの場合、建築家の名前のアナグラムである


最初の夢でフレッドだったフロイドは、次の夢でレオンに、その次の夢でウィルにという具合に、3人の人物に順番に同一化していく。夢の中ではすべてが白黒なのだが、"赤"という強迫観念にとらわれ、やがてフロイドは自らを傷つけるに至る・・・・。




既にかなりネタばれをしてしまった。これ以上、無粋なことをするのは控えたいが、一つだけ付け加えておこう。実はこの作品、夢が入れ子状に描かれているのである。ある人物が夢見た世界で、別の人物が夢を見、さらにその夢の中で別の人物が夢見る・・・・。


もともと建築を勉強していたアンドレアスはフランク・ロイド・ライトの作品に長年惹かれ続け、彼の赤い正方形の署名をもとに、"創造的行為"についてのある寓話を描いた。それがこの作品『赤い三角形』である。

さまざまなヒントが散りばめられているが、一読しただけでは一体何のことやらさっぱりわからない。美しいページに誘われるようにしてまずは一読し、何か釈然としない気持ちを抱きつつ、再読三読すると作者の企みに気づく。ある意味、創造力の原型と言ってもいい夢を、まさに夢のような支離滅裂な論理で描き出した刺激的な作品だ。『レヴォリュ美術館の地下』(小学館集英社プロダクション)や『3秒』、『神様降臨』(『神様降臨』は2013年5月刊行予定、いずれも河出書房新社)などの作品で知られるマルク=アントワーヌ・マチューが好きな読者なら、きっとアンドレアスの作品も好きになるに違いない。


『赤い三角形』は白黒とカラーの混在が印象的である。私たちは既に同じようなコンセプトの作品を知っている。そう、スクイテン&ペータースの『闇の国々』に収められた「」だ。

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▲ペータース&スクイテン「塔」より(『闇の国々』に収録)


この作品のパートカラーの魅力については、昨年11月に行われた海外マンガフェスタのトークライブで、マンガ家の浦沢直樹も感嘆していた(トークライブの模様は『ユリイカ』2013年3月臨時増刊号「特集:世界マンガ大系」で読める)。オールカラーだからこそできる仕掛けである。


実はアンドレアスとスクイテンには接点がある。彼らは二人ともベルギーのサン=リュック学院の出身であり、アンドレアスのほうが4年早く入学しているものの、1976年から始まるクロード・ルナール(Claude Renard)の指導を受けているのである。1975年にフランスで創刊された雑誌『メタル・ユルラン』の自由な表現に刺激を受けたクロード・ルナールは、自分が担当するアトリエで、学生たちに新しいBDの魅力を吹き込む。彼のもとからはフランソワ・スクイテン、フィリップ・ベルテ(Philippe Berthet)、ブノワ・ソカル(Benoît Sokal)、イヴ・スヴォルフ(Yves Swolfs)など、のちに著名になるBD作家が次々と巣立っていった。彼は、1978年に『第九の夢』(Le 9ème rêve)という同人誌を創刊するが、その記念すべき第1号には、スクイテンと並んで、アンドレアスの名も見える。

スクイテンとルーツを同じくする幻視の作家アンドレアス。いつか彼の作品を日本で紹介できる日が来るといいのだが......。


最後に今やフランスでも入手困難な『ファンタリア』という作品について触れておこう。

130501_19.jpg ファンタリア
Fantalia


[著者] Andreas

[出版社] Magic Strip
[発行年] 1986


『ファンタリア』は一切セリフがない、一枚絵だけで構成されたメビウスの『B砂漠の40日間』のような作品である。最近アンドレアスの存在を知ったファンにとっては幸いなことに、フランスのファンサイトが、あくまで再版予定のないこの傑作を世に知らしめる目的で画像を公開している。

■Andreas / Fantalia
http://quentin.ebbs.net/andreas/histoires.html

こっそり覗いてみてはいかがだろうか? あなたもアンドレアスの不可思議な世界の虜になるはずだ。



(Text by 原正人)


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