COLUMN

【BD研究会レポート】日本在住のアニメーター兼BD作家クリストフ・フェレラ氏を迎えて②


前回に引き続き、日本在住の現役アニメーターにしてBD作家、
クリストフ・フェレラさんをゲストに迎えて行われた
BD研究会の模様をお送り致します。

今回はいよいよ、今年3月に発売された
フェレラさんのBD作品『ミロの世界』についてのお話を
〔前編〕〔後編〕の2回に分けてお送り致します。

130508_05.jpg ミロの世界
Le Monde de Milo 1巻(以下続刊)
 


[著者] Richard Marazano, Christophe Ferreira
[出版社] Dargaud

2013



* * *



 「それでは、引き続きクリストフさんが3月に出版した『ミロの世界』のお話をうかがおうと思います。回覧している原書は、みなさんひと通り見ていただけましたでしょうか。全2巻で完結予定で、第2巻は8月に発売予定だそうです。さきほどクリストフさん本人から聞いたんですが、ご本人としては、第1巻は色がちょっと暗くて気に入らないそうで(笑)。2巻ではカラーリングをもうちょっと明るくしたいそうです。ではこの『ミロの世界』について、クリストフさんからお話をうかがいたいと思います」

130710_01.jpg


■バンド・デシネの制作過程


フェレラ 「ではまず、作品を制作するにあたって、原作をどのように絵にしていくのかをお話したいと思います。私の場合、最初に原作者のリシャールのほうからストーリーのレジュメのようなものをもらいます。そこには作品に出てくるキャラクターの簡単な説明もあるので、それを受け取った時点から絵を描き始めます」

130710_02.jpg 130710_03.jpg
130710_04.jpg 130710_05.jpg


フェレラ 「このあたりはレジュメをもらった時点で私が描いた絵ですね。最終的に作品に出てくるキャラクターとは少し風貌などが違っていると思います。描きながら、どういう姿形にしていくかを考え、だんだんとキャラクターが決まっていきます。最近は、最初からフォトショップなどの画像編集ソフトを使う人も多いですが、私自身はやはり水彩で描くことにこだわりたかった。ただ、非常に時間や手間がかかるということがわかって、途中からは水彩で描くのをやめました」

130710_06.jpg 130710_07.jpg
130710_08.jpg 130710_09.jpg


フェレラ 「冒頭で老女が3人出てきますが、もともとの原作には1人しかいませんでした。私が老女を3人にして描いたところ、リシャールが"こっちのほうが良いかもしれない"と言って、彼のほうで原作を変えたんです。そんなふうにキャッチボールをしながら作業を進めていきました。レジュメを元に私がイラストを描き始め、ひと通りのやりとりをした後にリシャールのほうから、このようなページごとに区切った原作が送られてきました」

130710_10.jpg


フェレラ 「これは52ページに相当するところですが、コマが9つあるので、9つのパートに分かれています。明るい色になっているところが状況の説明で、色の濃いところがセリフ部分です。これを受け取って私のほうで読み、気に入らないところがあればリシャールに指摘します。その後でストーリーボードに取りかかります。このストーリーボードに関しては、自分のやりたいようにやらせてもらいました。例えば、原作でコマが9つになっていても、私のほうでそのうちの2つのコマを1つに繋げて、最終的に8コマにしてしまったこともあります」

130710_11.jpg 130710_12.jpg


フェレラ 「ストーリーボードをリシャールに送って見てもらった後は、鉛筆で下絵を描き始めます。リシャールのほうでも、ストーリーボードを見て何か気になる点があれば、それを知らせてきます。私はアニメ出身ということもあって、思いきり"寄った"絵を描いたり、ついアニメ的な見せ方をしてしまうんですが、原作者のリシャールがバンド・デシネの出身で「バンド・デシネではあまり寄り過ぎるのは良くない。もう少し背景も見える絵にした方が良い」というアドバイスをしてくれたので、それでちょっと引いた絵を入れることもありました。こうして鉛筆の下描きが決まったところで、それをスキャンして彩色に移ります」

130710_13.jpg 130710_14.jpg


フェレラ 「さきほど、イメージボードでは自分で好きなように修正することがあると言いましたが、このページの一番上の部分も、もともと原作では2コマだったのを修正して1コマにしています。右も左も同じ人物なんですが、時間の経過とともに、移動している状況を1コマで見せられるように変えました。こちらが完成原稿です」

130710_15.jpg 130710_16.jpg


フェレラ 「私はペンやインクは使わないので、これはすべて鉛筆画です。ここで線を決めて、その後に彩色に入るわけです。順序で言うと、まずこういうかたちにストーリーボードを作って、その段階で描いたものをスキャンしてフキダシをどこに入れるか決めたり、影を付けたりします。それから、実際に線を決めて、色を付けていきます。ここまでがだいたい2日ぐらいの作業です」

130710_17.jpg
130710_18.jpg
130710_19.jpg


フェレラ 「フォトショップが便利なのは、線の色も変えられることで、ここでは線の色を他の部分とは変えています。先ほどは回想シーンだったので、ちょっと違う色の線にしました。この宙に漂っている魚も、他とは違う赤い輪郭線になってます。絵を描く時にはA3判の用紙を使います」

130710_20.jpg


 「ざっとどういうストーリーなのか話していただけますか?」

フェレラ 「湖の畔に住む主人公のミロという少年が、ある時不思議な卵を見つけます。その卵から光り輝く魚が生まれるのですが、その魚が生まれた頃からミロの周りでは不思議な出来事が起こるようになります。風変わりな人達が現われるようになったり、さらに、変な目をした巨人のようなものも現われるようになります。ミロは謎の少女と出会い、魚を連れて一緒に湖に向かいます。そこで現実と大きくかけ離れた不思議な世界に連れて行かれてしまうのですが、湖の向こう側の世界ではさまざまな冒険が待っています。その冒険の数々は第2巻のほうに出てくるので、これ以上はお話できないんですけども」


■作画家と原作者


 「制作過程、ストーリーなどについてお話いただきました。この時点で何か質問ある方はどうぞ」

参加者 「色は全部フォトショップで塗ってるんですか?」

フェレラ 「イメージボードは水彩ですね。最初はできれば全部水彩で描きたいと思ったんですが、やっぱりお金にならないし、間違えたら面倒なのでやめてしまいました。でも、次の作品は水彩でと考えています。フォトショップで色を付けるにあたっては、レイヤーを使って効果を上から乗せるようなやり方を試しています。『ミロの世界』はまだ一作目なので、バンドデシネを描くという新しい作業をする上でいろいろ学ぶところもあり、苦労しました」

参加者 「原作者の方の人とイメージボードでやりとりする際について、いま見せていただいたものだと、ほぼ下描きのような状態になっていたんですが、日本のマンガでいう"ネーム"のように、その前にザッとラフに描いたものを一度送って調整してから、このようなイメージボードを作るんでしょうか?」

フェレラ 「中間的なものはないですね。シナリオをテキストの状態でいろいろやりとりをして詰めた後、直接この形態になります。原作をもらって、それを元に描いた状態がこれです

 「すごいですね」

参加者 「日本の場合、この段階で原作者とやりとりしていると、時にはまるまる差し替えっていうこともあるので・・・・」

フェレラ 「我々は、(日本のマンガ家のように制作に携わる人が)他に何人もいるわけではなく2人での作業ですし、お互い信頼関係がありますから。それに、ストーリーボードを描いた後、どうしても1コマいじらなくちゃいけないということになっても、それほど大きいサイズでもありませんし、描き直すのはたいした手間ではないんです。そういうことができるように、この時点でストーリーボードをスキャンしてしまいます。フォトショップ上で作業するので、原作者のほうから何か指摘があって変えることになっても容易ですし、例えば真ん中の目が映っているコマをもうちょっと狭くすることになっても簡単にいじることができます」

参加者 「さきほど見せていただいた資料では、テキストのシナリオの段階で、もうコマ数が決まっていましたが、最初のコマ割りはどちらが決めるんでしょう?」

フェレラ 「これは原作者のほうですね。ただ、彼の仕事の仕方はちょっと風変わりだと思いますよ。バンド・デシネのアルバムは、1冊だいたい50ページ程度のものが多いんですが、原作者のいる作品で50ページぐらいのものを描こうという時には、絵を描く方は通常50ページ分の原作すべてが手元に来てからでないと描き始めません。ところが、リシャールの場合は少しずつしかくれないんです。私が『ミロの世界』の絵を描き始めた時にもらった原作は10ページ分だけでした。その10ページ分の作画が終わったところで、それに応じて彼のほうでも原作を書き進めていくんです。彼に言わせると"どんな作品にしたいかは頭の中にできているんだが、それを全部一度に書き切ってしまうのはイヤだ"と。"書き終えた時点で、その作品が死んでしまう気がするんだ"と言うんです。

作品が少しずつできあがっていくのを、彼自身も一緒に続きを発見するように作業するのが好きなんだと思います。それと、少しずつ進めていくことで、彼の作業に関して何か言いたいことがある時には即時に指摘ができる、という利点もあります。仮に、話の最後まで原作ができてから渡すということになると、作画担当は必ずしも私でなくてもよく、他の作家に渡す可能性だってありうるわけです。ところが我々の仕事のやり方だと、だんだん作画ができあがっていくのを見ながら彼が続きを書くことになるので、お互いに影響し合う部分がある。例えば、ある登場人物についての描き方が面白くていいなと思ったら、次のストーリーの中でもう少し重要な役目を与えるようにする、というようなことが起こるわけです。原作者のリシャールの頭の中には、だいたいこのように進んでいくというお話のビジョンがありますが、それ以外の部分ではお互いに作用し合いながら作っています。まさに2人の作品だと言えます。原作が全部書かれてから、あとはどの漫画家に渡してもいい、というような作品ではなくて、2人で作り上げていく作品にしたいというのがリシャールの仕事の仕方なのです。

ですから、ダルゴー社に最初にこの企画を売り込む時に説明したストーリーとは、全然違う内容になっています。『ミロの世界』の共同作業で特徴的な例を一つ挙げましょう。物語のある登場人物が実は大ウソつきだったということが2巻の40ページぐらいで分かるのですが、それをリシャールは私に言いませんでした。私自身、まさかそんなウソつきな人ではないだろうと思いながら描いていたんです。ずっと後になって彼から送られてきた原作の続きを見て、ようやく"こいつはウソをついていたのか!!"と知ったなんてこともありました」

参加者 「いわゆる編集者の意見などは入らないんですか?」

フェレラ 「あまり入らないですね。例えば、ダルゴー社の場合は編集者が4人いて、それぞれの編集者が複数の作家さんを抱えています。『ミロの世界』の場合、私は担当の編集者から1つだけ指摘を受けました。あるコマに関して、1つ言われたことがあったんですが、今のところ編集者から指摘されたのはそれだけです。あとは第1巻の表紙に関して、当初表紙用に描いたイラストはもっと暗いイメージだったんですが、編集者から"もうちょっと明るい感じが欲しい。自然の広がる風景とか明るい要素も足してほしい"と言われて、最終的にこのような表紙になりました」


■BD出版の現在と編集者の関わり


フェレラ 「それから、この作品はもともと1巻あたり46ページで全3巻で完結というかたちを考えていたんですが、ダルゴー社の編集者から"全3巻は長いので全2巻で。ただし1巻あたりのページ数を増やそう"と言われて、最終的に54ページ×2巻という長さになりました。こういう子供向けの作品は、現在フランスで決してよく売れているわけではないんです。例えば、もうちょっと大人向けの『ブラックサッド』なんかはよく売れているんですが、下の年齢層向けの作品はあまり出ないので、そういう意味で、出版社側はリスクをとるのを嫌がったんだろうと思います。ただ、おかげさまで『ミロの世界』は1巻に関しては好調なようで、重版もしているそうです」

 「BDでは、子ども向けの作品で『タンタンの冒険』とか『スピルーとファンタジオ』といった、シリーズとして何十年も続いているクラシックなものがメインストリームとしてありますよね。そういうものはもちろんすごく売れていると思いますが、子供向けの新しいシリーズというのは難しいんですか?」

フェレラ 「最近の子供向け作品の中でも売れているものは売れていますが、『ミロの世界』のようなタイプの作品というのはちょっと難しいと言われています」

参加者 「ちなみに初版は何部くらいなんでしょうか?」

フェレラ 「正確なところは分からないですね。日本と比べたらお恥ずかしい数字になるかと思いますけど、せいぜい1万部とかそれぐらいじゃないでしょうか。現在のフランスの市場ですと、とりあえず1万部にいったら「売れた!」という話になります。これは15ユーロぐらいだったと思いますけど、本としては高い買い物になりますので、なかなかたくさん売るのは難しいです。あと、フランスはそんなに人口が多い国ではありませんから」

 「『ミロの世界』は、絵柄がちょっと日本のアニメやマンガを思わせますよね。最近フランスでも増えてきてはいますが、まだこのような絵柄で描く人達が多いというわけではないです。それに関して、出版社側は心配したりしなかったんでしょうか?」

フェレラ 「それは全然心配されなかったですね。マンガ風と言っても、そこまで思いきりマンガ寄りでもないですし。さきほどもお話したように、学生時代には古典的な美術の素養も身に付けていたので、そういう絵も描けます。『ミロの世界』の絵柄には、そういったいろんな要素が入り混じっていると思います。ダルゴー社でこの作品が採用された時も、編集者にしてみれば、ちょっとマンガ風なところはマンガ好きな読者にもアピールできるし、100%マンガ風ではない分、一般のBD読者にも受け入れられるから「良いとこ取りじゃん!」といった感じで受け取ってもらえた部分があると思います。実は『ミロの世界』の第2巻の作業自体は終わっていて、今は同じダルゴー社から刊行予定の次の作品に取り掛かっているところなんですが、次回作はもうちょっとリアルな絵柄になると思います」


〔通訳:鵜野孝紀〕


次回、BD制作と作画のテクニック、アニメーションとの関わりについて、
参加者の質疑応答を交えながら、より詳しく語っていただきます!


  • 教えて!BDくん
  • 邦訳BDガイド
新着記事
カテゴリー
アーカイブ
リンク
  • L'INCAL アンカル
  • 氷河期 -ルーヴル美術館BDプロジェクト-
  • ピノキオ
  • レヴォリュ美術館の地下 -ルーヴル美術館BDプロジェクト-
  • 皺
  • 闇の国々
  • follow me
  • find us
  • SHOPRO BOOKS