2010年のアングレーム国際漫画祭で公式セレクションにも選ばれ、注目された
マリー・ポムピュイ &ファビアン・ヴェルマン作、ケラスコエット画のBD『Jolies ténèbres』。
先頃、『かわいい闇』のタイトルで
河出書房新社から邦訳版も発売され、話題となりましたが、
本作のアートを手がけるケラスコエットは
実は男女二人組みのイラストレーターユニットなのです。
今回は、ライターの林聡宏さんが、著者本人のインタビューを交えつつ、
今、BD界注目のアーティスト、ケラスコエットの作品について紹介してくださいました!
* * *
先頃、河出書房新社より『かわいい闇』というBDが邦訳刊行され、Twitter上で「かわいさとグロさ、シュールさが魅力」「ファンアートが描きたくなる」など話題になっている。
そのイラストを担当しているのが、かわいさをダークに演出するイラストレーターユニット「ケラスコエット(Kerascoët)」である。今回は、BD界で唯一無二の世界観を広げつつあるこの二人についてご紹介したいと思う。
まずはご存じない方のために、彼らの経歴についてお話ししよう。
ケラスコエットは、2002年より活動する男女二人のイラストレーター、マリー・ポムピュイ(Marie Pommepuy)とセバスティアン・コセ(Sebastien Cosset)のデュオ。BD以外にもKENZOやELLE、スターバックス、フォルクスワーゲンなどのイラストやアニメーションから、パリ市内のショッピングセンターのモザイクアートまでマルチに活躍している。
彼らがBD界に参入したのは2005年、Donjonシリーズ[※]『Donjon Crépuscule(トワイライト・ダンジョン)』に寄稿したのが始まりだ。ルイス・トロンダイム、ジョアン・スファールをパートナーにイラストを担当した。
右:『Donjon Les nouveaux centurions(新たな百人隊長)』(1998~、Delcourt社)
その1年後、初の単行本『Miss pas touche(ミス・アンタッチャブル)』を出版。全4巻で完結している。
時は1930年代、大不況や映画の発展、隣国スペインの内戦など激動時代。かわいらしいが恥ずかしがり屋で、頼りない少女ブランシュが目の前で親友を殺されたことをきっかけに物語が展開していく。彼女が上流階級の欲望と陰謀渦巻く事件に巻き込まれながら、一女性として成長していくサスペンス作品である。この時期から、既に「愛らしさ」と「腹黒さ(そして現実と理想のギャップ)」などを取り上げている。男性主体のテーマになりがちなBD界において、生き抜くために手段を選ばぬ女性たちの力強さを描ききった快作である。
ちなみにこの作品のシナリオライター、ユベール(Hubert)とは、後の『Beauté(美しさ)』でも共作することとなる。
そして、2009年出版の『Jolies ténèbres(かわいい闇)』でその人気を確固たるものにした。この作品に関してはフランス本国でも賛否が分かれ、タブー視されていた「少女」と「死」という互いにセンシティブなテーマの融合には難色の色を示す読者や批評家も少なくなかったようだ。
しかし、作中では「誰もが幼少期に経験した苦悩」や「必ず対峙しなくてはならない人の死」が描かれ、人々の心に強烈な消化不良感とともに妙な親近感も残した。邦訳版巻末インタビューにおいて、ケラスコエットが「子供向けではないんです」と念を押しているように、本作は子供時代を振り返る青年期以降の人々こそを対象としている。だからこそ、イラストの軽快さとストーリーの重厚さのハーモニーを楽しむ余裕が産まれるのだろう。
その後、『Beauté(美しさ)』をユベール(シナリオ及びカラー担当)との共作で発表。愛らしいキャラクター達の作り上げるダークな世界観を引き継いでいる。
この作品の妙は「妖精の魔法により(実際に美しくなるわけではないが)人の目からは美しくみえるようになる」という物語の起点であろう。背景や衣装からディズニーの『白雪姫』(ストーリーとしてはシンデレラと近いプロットではあるが)の様な世界を想像してしまうが、それにしてはどうも妖精が力不足である。
自分は世界一醜い、と絶望の日々を送る主人公は、何とも煮え切らないこの魔法により、絶世の美女となった(ように見せかけた)。土地を納める若き領主の女となり、王にまで見初められることとなるが、その歯止めの効かぬ美貌により、周囲には争いが絶えなくなる......。
誰もが憧れる美貌であるが、いざそれを手に入れると、それに慣れていないために周囲と自分をコントロール出来ず、結局不幸からは抜け出せない。男と女、他人を妬む人間の業を鋭く描いている。
デジタルにベタッと塗ったカラーが、『かわいい闇』のタッチとは異なる表情を作り上げており、個人的に推薦したい点である。主人公に魔法をかける適当妖精マブも何とも憎めない。
『かわいい闇』邦訳版の巻末には3ページに渡るロングインタビューが掲載されている。今回、まだそこでは明かされていなかった最新巻についての情報や、日本漫画に対する思いなどを、インタビューで彼らが語ってくれたので掲載しよう。
*
――はじめに日本や日本のマンガに対するイメージを教えてください。
ケラスコエット「わたしたち(イラストレーターやBD作家)にとって、日本はエルドラドなのよ。
フランスではまだまだ文学の方が優れているとされて、イラスト分野は軽視されてる。表紙にイラストのない小説の方が高尚とされているのに"買われてはいない"という妙な状況なの。けど日本では信じられない量のマンガが出版されてるし、80年代に日本のアニメに釘付けだったわたしたちの世代はいつも日本を夢見ていたわ。手塚作品の独創性、デッサンの概念を壊してしまう辺りはすごく魅力的。彼は視覚的なギャップ使って、絵で遊んでいるみたい。個人的に絵柄がいつも定まってるものに惹かれるのかな。
お気に入りは『風邪の谷のナウシカ』、『AKIRA』、『ドラゴンボール』。妙に信憑性のある独自の世界観を作り上げているところが素敵ね」
――まだあなた方の作品を読んだことのない人々に、あなたの作品の特徴を教えるとしたら?
ケラスコエット「はっきりとは難しいわね! 毎回同じ作風にしないようにしているから。毎回心がけているのは、生き生きとしながらもまとまりがある独創的な絵を描くこと、イメージの世界に入り込んで創作することね。あとは他の人なら気が引けるようなテーマにあえて取り組むようにしてるわ。セックスや死、子供時代、自然を描くことが多いかな」
――個人的には『Beauté』がお気に入りなのですが、何か作成秘話などありますか?
ケラスコエット「主人公のモリュは変身後からはっきりと外見が変わって、最後までかわいらしく描かなきゃいけなかったから大変だったわ! 何十ページか描いた後に、噛み合ないことに気づいたり、冷めたように見えたり、作風自体を変えてしまい兼ねない変なギャグに見えてきたりね。
そんなときはそういうページを全部描き直して、キャラクターがあるがままに動くようにするの。そうするとより生き生きとしていて表情豊かになるから、彼女が内側に秘めたものと彼女が外側に出すリアクションのギャップにわたしたちも驚かされるわ」
――『Beauté』や『Miss pas touche』、『かわいい闇』など多くの作品では、一見平凡だったり、頼りない少女が主人公となることが多いようですが......。
ケラスコエット「大抵シナリオライターと共作するから、彼らのやり方によるんだけど......わたしたちは何か不完全なキャラクターが好きなの。それこそが彼ら自身を魅力的で雄弁にするものだと思ってる」
――今後の作品展開や、注目して欲しい作品を伺えますか?
ケラスコエット「9月16日にフランスで『Beauté』の完全版が出たからそれかな。限定版ですごく綺麗な装丁に出来上がってる。
あとは、これもフランスでなんだけど、10月上旬に発売予定の350ページもあるアートブック『Paper Dolls(ペイパー・ドールズ)』。今までの作品からのイラスト・セレクションね。
最近は子供向けのシリーズ作品『Les tchouks(チューク)』も作ってるの。未発表のデッサンも特別にお見せするわ」
▲『Beauté』新装版。中身はオレンジ、黒、白の三色刷り。ちなみに本作は『Miss pas touche』と共にケース版も発売されている。日本では余程の大作の復刻版にしか行われないこの豪華版には何ともフランスの美意識を感じる。
▲左:『Beauté』ケース版(2009、Dargaud社) / 右:『Miss pas touche』ケース版(2013、Dupuis社)。
『Miss pas touche』ケース版には書き下ろしイラストや、缶バッジまでついており、他に『Beauté』の各一枚刷りのイラスト集も発売されている。
――最後に『かわいい闇』は読書好きな層や、愛らしいキャラクターが好きな層など、日本でBDを今まで読んでいなかった人々に読まれ、Twitterでも話題になりました。これに対して思うところはありますか? また日本の読者へメッセージがあればお願いします!
ケラスコエット「わたしたちのBDが多くの人に読まれて、心に残ったなんて本当に素晴らしいニュースだわ。簡潔とは言えないわたしたちの作品のシナリオが評価されて、他にもたくさんBDがある中で、すごく独特なわたしたちの作風に共感してくれた人が日本に多かったのは本当に驚き。読んでくれただけじゃなくて、心に届いたことが一番嬉しいわ!
そしてわたしたちの本を読んでくれて本当にありがとう! いつかお会いして、買っていただいた本にサインをプレゼント出来るのを楽しみにしています!」
――お答え頂き、ありがとうございました! これからもお二人の作品を楽しみにしてます!
*
インタビュー中にもあったような、彼らの「ギャップに対する考え方」や「不完全さや不安定さの魅力」。それこそが彼らが唯一無二のユニークなBDを作りあげている所以だろう。日本人の視点から見ると、フランスは全てのアートに対して、一見寛容だが、フランス人のBD作家からみると未だ閉鎖的な文化体系であるという意見も非常に興味深い。BD作家、イラストレーターとして幅広いコンテンツで活躍する二人から、これからも目が離せない!
※―『Donjon』......現在のRPGの基盤とも言われるアメリカのRPGゲーム『ダンジョン・アンド・ドラゴンズ』の世界観をパロディ化したフランスのロングセラーBD。1998年から続き、40巻を優に超える長編シリーズ第三章『Donjon Crépscule(トワイライト・ダンジョン)』の2巻をケラスコエットの二人が担当している。Donjon(ドンジョン)とはダンジョンの意。
<参考>
Kerascoët公式サイト(仏語、一部日本語): http://kerascoet.fr/
BDな日々(『かわいい闇』翻訳者・原正人氏のブログ):
http://bdnahibi.blog.fc2.com/blog-entry-4.html
Text by 林 聡宏