前回に引き続き、
『ベイビーズ・イン・ブラック』の翻訳者、岩本順子さんに、
まだ日本ではあまり知られていないドイツコミックの事情について語っていただきました!
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ベイビーズ・イン・ブラック THE STORY OF ASTRID KIRCHHER & STUART S UTCLIFFE アルネ・ベルストルフ[著] 岩本順子[訳] 講談社 定価:2,058円(税込) © 2010 Arne Bellstorf / Reprodukt. All rights reserved. |
それでは「ドイツコミック最前線を知る!」の〔後編〕、
続きを読む、からどうぞ!
* * *
―ドイツの漫画はドイツ語では何と呼ばれていますか? また、バンド・デシネやアメリカン・コミックス、マンガという言葉はそのままドイツ語に定着しているのでしょうか?
ドイツの漫画は「コミックス(Comics)」とよばれています。
新聞などに掲載されている風刺漫画は「カトゥーン(Cartoon)」と呼ばれ、オチがあるものです。
最近では、比較的長編で、物語性の濃い作品を、アメリカ風に「グラフィック・ノベル(Graphic Novel)」と呼んでジャンルわけしています。
日本のマンガは「Manga」と呼ばれ、独立したひとつのジャンルになっています。また、韓国の漫画は「Manhwa」、中国のマンガは「Manhua」と呼ばれて区別されています。また、ドイツ人などで、日本のマンガを読んで育ち、典型的な日本の少年少女マンガの画風で描く作家が多数育っており、成功しています。彼らは、日本風に「Manga-ka」と呼ばれています。
マンガ、アメコミという言葉は定着していますが、 バンド・デシネという言葉は、たぶん作家や出版業界の人しかわからないのではないかと思います。とはいえ、フランス、ベルギーのコミックスはドイツではアメコミやマンガ同様、広く読まれています。
―ドイツコミックの歴史と現状について教えてください。
ドイツは、ドイツにおけるコミックの父とでも言うべき、ヴィルヘルム・ブッシュ(Wilhelm Busch)という作家を輩出しています。彼は19世紀後半に活躍した詩人であり、そして今で言うコミック作家です。独自のキャラクターを生み出し、数ページにわたってコマ割りされた作品も製作しており、その作品は現在も広く愛されています。
■Wilhelm Busch - Max und Moritz
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ちなみに、ドイツで最も伝統ある、エアランゲン市のコミックサロンで選出される最優秀コミック賞も、ブッシュのキャラクターからとって「マックス&モリッツ賞」と名付けられています。
しかし、現在のドイツにおけるコミックの源流は、戦後、占領軍によってもたらされたアメコミの数々でしょう。
50年代半ばになると、旧西ドイツでは、ロルフ・カウカ(Rolf Kauka)という作家が、スタッフを結集してコミック雑誌の刊行を始め、ディズニーに倣って、キツネのフィックス&フォクシー(Fix und Foxi)など、広く愛されるキャラクターを生み出しましたし、ハンスルディ・ヴェッシャー(Hansrudi Wäscher)というスイス生まれの作家は、騎士のジグルト(Sigrud)、ファルク(Falk)といったヒーローが活躍する冒険ものコミックで人気を博しました。
■Rolf Kauka - Fix und Foxi

■Hansrudi Wäscher - Sigrud / Falk
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旧東ドイツでは、50年代にハネス・ヘーゲン(Hannes Hegen)という作家が『モザイク』(Mosaik)というコミック雑誌の基礎を築き、ディグ、ダグ、ディゲダグ(Dig, Dag, Digedag)という3人組の人気キャラクターを生み出しています。
■Hannes Hegen - Dig, Dag, Digedag
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また、80、90年代のドイツでは、ブレーゼル(Brösel)という作家の、ヴェルナー(Werner)というダンゴ鼻キャラクターのコミックが広く読まれていました。
■Brösel - Werner
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でも、これらのコミックは、いずれも子供向けであるか、大衆的な人気を博したものです。
ドイツにおける、大人のためのコミック、ストーリーコミック、あるいは芸術的に優れたコミックは、70年代頃から翻訳出版されはじめた、フランス、ベルギーのBDの影響を受けて生まれたのではないかと思います。
その先駆が、80年代に登場したマティアス・シュルトハイスでしょう。マティアスの作品のほとんどが、最初にフランスで出版され、その後、ドイツに逆輸入されました。当時、ドイツの主要なコミック出版社は、自国の作家を発掘できていませんでした。
一方、小さなコミック出版社は、設立以来、地道に着実に作品を世に送りだしてきました。ドイツの作家たちにとって、貴重な存在であり続けているのが、スイスの出版社エディション・モデルネ(Edition Moderne)〔※1981年設立、コミック雑誌『シュトラパツィン』(Strapazin)も出版〕、そしてベルリンの出版社レプロドゥクト(Reprodukt)〔※1991年設立〕です。
最近になってようやく、ドイツの主要なコミック出版社も、BDやMangaだけでなく、自国の作家を再発見しはじめたように思います。
―注目すべきドイツコミック作家について教えてください。
●マティアス・シュルトハイス(Matthias Schultheiss)
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誰にも真似のできない、独特な筆致、常に変化し続ける画風、人生の歓喜と悲哀を一杯にたたえた、心臓の鼓動まで聞こえてきそうなキャラクターたち、常に社会に挑戦的なテーマ...。
これからも描き続けて欲しい作家、ドイツで、もっと評価されるべき作家だと思います。絵の上手い作家は、他にも沢山いますが、マティアスのように、物語をつくりだせて、絵や表現においても常に新しいことを試みようとしている作家はほとんどいません。
●アナ・フアン&マッツ・マインカ(Ana Juan & Matz Mainka)
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アナはスペインの画家、イラストレーターですが、コミックスや絵本も世に送りだしています。
ドイツ人のパートナー、マッツは歴史物を得意とするコミック作家。マッツの原作、アナの絵による『二人姉妹』(Dos Hermanas)『島』(La Isla)を、以前『MANDALA』誌上でご紹介しましたが、これら2作はすでにイタリアで単行本化され、9月には英語版、フランス語版、スペイン語版がそれぞれ出版されるほか、共同作品の3話目となる『約束』(Promesas)もこの秋に出版されます。この2人の活動にも注目しています。
―日本マンガやアメコミ、バンド・デシネはドイツではどのように読まれていますか?
いずれも、ドイツにおいてはすっかり定着しています。
ディズニーのコミックスや、フランスのコミックスが、当たり前のように読まれているように、日本のマンガも、今日ではすっかりドイツのコミックシーンに溶け込んでおり、日本の作品であることを、特に意識せずに読んでいる少年少女も多いと思います。日本のマンガは『ドラゴンボール』以降、日本同様、右起こしで出版されています。
ただ、日本のマンガは、1990年代の前半頃まで、ドイツにおいてはかなり誤解されていました。
『モーニング』の仕事を始めた頃は、「日本のマンガ=SEXと暴力」という図式ができあがっていたのです。ドイツのメジャーな媒体が、当時、日本の大衆文化について、極端な報道をしていたからではないかと思います。そこで、日本のマンガの多彩さを伝えるため、『モーニング』編集部としてコミックフェアに出展し、展覧会を行ったり、講演会を行ったりしました。『ドラゴンボール』が登場する頃〔※ドイツでは1997年〕から、その誤解は解けてきたように思います。
―今後の活動予定について教えてください。
私は現在、コミックの世界からずいぶん離れてしまったのですが、かつて、一緒に仕事をしたドイツの編集者たち、作家たちとは、今も時々会っています。新しく得た情報は、私のサイトのArt & Comicのコーナーで、簡単にご紹介しています。
『ベイビーズ・イン・ブラック』は、レプロドゥクト社のサイトで出版を知り、すぐ編集者と作者にコンタクトをとったのですが、このように、心に響く作品にまた出会ったら、日本の出版社の方にご紹介しようと思っています。
―岩本さん、ありがとうございました!
(インタビュー・構成執筆:原正人)
■岩本順子さんPROFILE
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1960年神戸市生まれ。翻訳者、ライター。ハンブルク在住。 90年代に日本の漫画作品のドイツ語訳に従事。 現在はドイツとブラジルを往復しながら、両国の風土、食文化、ワイン について執筆活動中。自ら運営するサイトでは、ハンブルク・エッセイも 発信してい る。著作に『おいしいワインが出来た!名門ケラー醸造所 飛び込み奮闘記』(講談社)『ドイツワイン 偉大なる造り手たちの肖像』 (新宿書房)、『ぼくは兵役に行かない!』(ボーダーインク)がある。 WEBサイト: www.junkoiwamoto.com |
というわけで、2回にわたっておおくりした「ドイツコミック最前線を知る!」は以上です。
いかがでしたでしょうか?
ドイツのコミックについては、インタビューでも紹介されている
岩本さんのART & COMIC アーティストのページ(http://www.junkoiwamoto.com/detail_artcomic.php)に、
より詳しい説明があります。
また、日本語で読めるドイツコミックの情報としては、以下のようなサイトもありますので、
ぜひチェックしてみてください!
・GOETHE-INSTITUT
http://www.goethe.de/kue/lit/prj/com/jaindex.htm