INTERVIEW

【マンガミュージアム研究員がBDを斬る!】伊藤遊さん、猪俣紀子さんインタビュー


今回は日本をはじめ世界中からファンが訪れるマンガの殿堂
京都国際マンガミュージアムからお届けいたします!

インタビューを受けてくださったのは、
民俗学からマンガを考える、マンガ研究界の異端児、伊藤遊さん
自身もバンドデシネ(以下BD)の邦訳・出版を手がける猪俣紀子さんのお二方。

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▲伊藤遊さん(左)/猪俣紀子さん(右)


普段はあまり聞けないマンガ研究・編集者の立場のお話から、
ミュージアムでのイベント裏話まで、最後までお楽しみください!



●京都国際マンガミュージアムについてはこちらから↓
公式サイト:http://www.kyotomm.jp/

●猪俣紀子さんの翻訳BDについてはこちらから↓
くらしき絵本館公式サイト:http://www.kurashiki-ehonkan.com/




* * *



―では、本日はよろしくお願いいたします。お二人が在籍されています、マンガミュージアムでは2008年頃より、数々のBDイベントが行われ、ミュージアムの一階にはBDコーナーも設けられていますね。個人的には2009年のメビウス来日の際に行われた、Archives(DJ、ペインター、造形師の3人のマンガファンからなるパフォーマー集団)のライブペインティングイベントがとても印象深かったのですが、どういったきっかけで企画されたんですか?


伊藤 「あのイベントは、メビウス作品にインスパイアされたライブペインティングとDJと組み合わせて、ミュージアムのイベントホールをクラブみたいにしちゃおうぜ、というのがそもそものコンセプトでした。メビウスが来日するということで企画したイベントでしたが、実際にやってみたらメビウス本人もノリノリで(笑)」


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伊藤 「音がうるさいんじゃないかっていう心配もあったんですが、マンガを読んでいる人たちは集中していて、まったく気にならなかったみたいですね。今までミュージアムでは見られなかったクラブ好きな層まで来てくれて、そういう人たちにもまずBDを知ってもらえるきっかけになったかと思います。一番踊ってたのはメビウスでしたけど(笑)」



―お二人からご覧になられて、来館者のBDに対するリアクションはいかがでしょうか?


伊藤 「BDのイベントにやってくる人達って、結構堅実な方が多いんです。毎回イベントには大勢集まるんですけど、それが全国の総BDファンというか(笑)。本当に熱心にいらっしゃるので、それぞれ段々顔見知りにもなっていくんですが、その熱心なファンのコミュニティがそのままイベントの色になってしまうんですね。だからBDのイベントに関して言えば、(マンガファン含む)ライトなBD好きの層はあまり見ない印象です」



―では、もう少しライトな層にもイベントに参加していただきたいと?


伊藤 「そう思います。マンガミュージアムでイベントをやる意義は、やっぱりミュージアムに気軽に遊びにくる日本のマンガファンの人たちに"こんなものもマンガとして世界にはあるんだよ"ということを伝えるということなんです。だからそういった方々にも伝わるような形にはしたいと思ってます。BDの展覧会については特別料金を取らないようにしたりして。BDは単純に"絵画"として素晴らしいものも存在するので、一見のお客さんでも、展覧会の図録などを買っていってくれる方はいますね」


猪俣 「わたしは絵本として楽しんでくれるような人とか、若い女性にBDが雑貨感覚で受け入れられるんじゃないかっていうことを虎視眈々と狙ってるんです」


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伊藤
 「いや、狙っているというか、もう実践してるでしょ(笑)」

猪俣 「そう、まだあまり効果は出てないんですけど......(笑)。本当にBDって多様なんですよね。今、日本で多く出版されているタイプがスタンダードではあるんですが、かわいいものやシュールなものもエンターテイメントとして存在するので、そのあたりを紹介していきたいと思っています」



――若い女性向けのかわいい作品というと、以前、フランスの若者へのインタビューの中で、ペネロペ・バジュー(Pénélope Bagieu)やパッコ(Pacco)といった「ブログ発のBD」がフランスで人気という話が出たのですが、ご覧になったことはありますか?


猪俣 「実はわたし、ペネロペ・バジューの作品はぜひ出したいなぁと思ってたんですよ。こういう女の子の日常を綴ったエッセイイラスト集って、フランスで数年前に流行った時に、グッズなんかも結構出てたんです。手帳とかがAmazonで買えたりして。こういう"カワイイ"カルチャーのものから、フランス独自の文化やイラスト、そしてBDに入っていくのはアリだと思います」


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猪俣 「自分を含めてですが、日本のカワイイものが好きな女性ってフランス大好きなんですよね(笑)。それぞれフランスの文化、モード、エスプリが好きって言うふうに。BDには日本ではまだ紹介されていないんですが、大人向けのBDで、かわいくて皮肉の効いたようなものが結構あるんですよ。そういったかわいくてオシャレなBDで、ちょっとでも生活が楽しくなればって思うんです」


伊藤 「『自殺うさぎの本』(青山出版社)*1とか宇多田ヒカルの訳した『エミリー・ザ・ストレンジ』(メディアファクトリー)*2、あとはジェラルディン・コジアックの『Avec l'Age(年を取るにつれて)』(未邦訳)*3のようなブラック・ユーモアとかエスプリの効いた一コマで構成された作品のジャンルがありますよね。ヴィレッジ・ヴァンガードとかに売っているような。そういったジャンルなら、日本でも十分に可能性がありそうですよね。
BDは敷居が高いと思っている人にまずは入り口としてキャラクターグッズなんかどうかな。でも、フランスのBD関係者は、あまりキャラクターグッズとか作りたがらないっていうよね」


猪俣 「まぁ、作りにくいしね(笑)」


伊藤 「でも単に絵として素晴らしいものもあるんだから、これTシャツとかポスターにしたらカッコイイんじゃないか、とかよく思うんだけど......。フランスでBDの本屋さんに行くと、置いてるのってグレンダイザー*4とかばかりなんです(笑)。あとは聖闘士星矢とか。タンタンとかぐらいじゃないかな、BDでグッズ化されてるのって。そういったところから始めていくのも、まずは読んでもらうきっかけになるんじゃないかと思いますよ」


猪俣 「わたしが翻訳しているBD作家のジョゼ・パロンドという方は逆に「キャラクター化したい」と言ってますよ。グッズ化もしたいと言っているので、作家自身は自分の作品が知られていくなら、グッズ化されることを望んでいる人はいると思います。他にも、今わたしが翻訳しているBDの作家に「ポストカードを作ってみたいんだけど」といったら大賛成でしたし、インデペンデントな作家たちは特にグッズ化したいという人が多いような印象を受けますね」



――これまでミュージアムには、BD作家も多く来館されています。個人的な印象で構わないのですが、彼らは日本のマンガとの関わり方についてどのようにとらえていると思われますか?


伊藤 「ニコラ・ド・クレシーや、マルク=アントワーヌ・マチューのような作家はまだ若いし、今後マンガといろいろなかたちで関わっていきたいという部分はあるように思います。たぶん、ニコラのキャラクターが立ってるのは、日本での滞在も影響してるんじゃないかな。『JAPON』(飛鳥新社、2006)に掲載された『新しき神々』(のちに大幅な加筆の上、長編作品『Journal d'un Fantôme(あるおばけの日記)』として発表)って作品の中でも、キャラクターがメインのマンガを描いてますし、彼のBDが読みやすいのは、そういったキャラクター性の高さににあると思います」


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伊藤 「ぼくが初めてフランスに行ったときは、ちょうど日本のマンガがどんどんフランスに入ってきていた時代で、集まったBD関係者の多くは、文化帝国主義的に『BDを守らなくてはならない』というようなことを言っていたんです。そういう人が多い中で、一人だけ『いや、ぼくは違うと思う』と言ってくれたのがジャン=ダヴィッド・モルヴァン*6だったんですね。彼は、BDはもっと色んなものとミックスされていくべきなんだといって、日本のマンガスタイルを取り入れてくれたんです」


猪俣 「マンガに呼応してBDがアクティヴになることを自体はフランスの出版社も喜んでいるかもしれないですが、やっぱり「BDマニア」な人たちは芳しく思ってない状況みたいですね。例えばフランスの若い子なんか、BDは読まないけどマンガは読むっていう風潮があるので、それは苦々しい気持ちの方もいると思います。
ただ、フランスの出版業界でも、そういった若い女性を含む若いマンガ好きな層がBDに活気を取り戻した、と言われているので、業界としても無視できないという認識はあるようですよ」



―では、逆に日本側の立場から、今後、日本でBDを普及していくにあたって、何が重要だと思われますか?


伊藤 「やっぱり様々なタイプを知ってもらうことじゃないでしょうか」


猪俣 「さっきの保守的な方もいて、という話と関連するんですが、重厚な、わりと難解とされるBDが好きだという方もいれば、わたしのように"カワイイ"ものとして、多様なジャンルのBDを広めていきたい人間もいていいと思うんですよね。それぞれが、それぞれにしか伝えられないものを伝えていけばいいんじゃないかと」


伊藤 「関わっている作家も研究者も、ぼくが知る限り圧倒的に男性が多いですからね。そのためにこういったカワイイタイプの普及が難しいのかもしれないです。BDファンの方も男性が優勢そうですし(笑)。アングレームのBDフェステヴァルでも結構妙齢な男性が多いんですよ。近年、子供とか若い女性が増えていたりもしますが、それは明らかにマンガの要素がBDに加わったことに因るんです」


猪俣 「繰り返しですが、キャラクター化によって、女子層はだいぶ動くと思いますよ。あとは流通ですね。わたしの翻訳したBDの場合も、まず本屋さんで「どこに置いていいか分からない」って言われるんです。売り込みにいっても「これって子供むけなんですか? マンガ......ではないですよね?」って言われてしまって、どうしていいのやらってことで洋書コーナーに置いてもらったりとか(笑)」


伊藤 「そういう時は女性エッセイですっていったら売れるんじゃない?"カワイイ"もの好きの社会人の若い女性層を取り込んだら、完全にポピュラーカルチャーとして成り立っていくと思う。日本の場合、そのターゲット層は本当に大きいので」



―最後に、お二人のお気に入りのBDを教えていただけますか?

 
伊藤 「ぼくはメタだったり、パロディを使ったようなブラックなものが好きなので、『ピノキオ』(小学館集英社プロダクション)をあげようと思います。まず絵柄が大好きだし、主役がゴキブリっていうシュールさも大好きです。それから、ぼくはフランス語が読めないので、そういう人にも楽しめる、という意味ではマチューの『3秒』(河出書房新社)もお気に入りです。ミュージアムのカフェの壁面に、来館した作家さんのサイン付きのイラストがあるんですが、マチューは火災報知機にそれを描いてるんですよ(笑)。その斜に構えたようなスタンスがすごい好きですね」


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猪俣 「私は3作品あります。まずはフレディ=ナドルニ・プシュトスキンの作品『La colline empoisonnée(毒の塗られた丘)』です。彼のBDは、一コマ一コマの絵の完成度がものすごく高いのに、かなり読み易いんですよ。日本マンガのナレーションに近い形で描かれてて、短く詩的なテキストも素敵です。あとは小幡文男さんという方がカナダのフランス語圏から出された『L'incroyabe histoire de la sauce soja(醤油の信じられない話)』、絵柄はポップでリズム感のあるストーリー展開なんですが、暴力性なんかも描かれていて、現代的なBDだと思います」


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▲『La colline empoisonnée』(左)/『L'incroiyable histoire de la sauce soja』(右) ※ともに未邦訳


猪俣 「最後は女性作家ガエル・ドュアゼの『Mon premier voyage tout autour de la terre(初めての世界一周旅行)』。BDというより絵本なんですが、ファンタスティックでかわいらしいところがたまらないんです」


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▲『Mon premier voyage tout autour de la terre』 ※未邦訳



―今後の猪俣さんの新作にも期待大ですね!
 マンガファン、BDファンが参考になる真面目な話から、イベントの裏話まで
 貴重なお話ありがとうございました!




(インタビュー・執筆:林 聡宏)

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【注釈】

*1 - 『自殺うさぎの本』...イギリスの絵本作家アンディ・ライリーによるブラックユーモアに溢れたイラスト集。シンプルな線で描かれたかわいらしいうさぎたちが、なんとか自殺しようとする様がひたすらに描かれている。その後の人気から続編も刊行されている。

*2 - 『エミリー・ザ・ストレンジ』...コズミック・デブリ作。アメリカ発のイラストエッセイ集(場合によっては絵本とされる)。思春期から抱える社会への反骨精神や大人たちの矛盾に対するわだかまりをブラックジョークたっぷりに描いている。原書ではアルファベットを使ったジョークが多用されているため、邦訳は難しいとされた。

*3 - フランス政府レジデンスアーティストとして京都の芸術家村ヴィラ九条山に滞在した作家。イラストや写真も用いた芸術活動を行っており、本作は文字通り『Avec l'âge(年を取るにつれて)』という出だしで、年を重ねることに変化していく身の回りを皮肉まじりに描いている。日本未発売。

*4 - 昭和50年代に発表された永井 豪原作のロボットアニメで、マジンガーZシリーズの第三作目。現在でも通用すると言われる作画レベルの高さから、当のフランスでとんでもない高視聴率を記録した。そのため、グッズも多く存在する。

*5 - ジャン=ダヴィッド・モルヴァン。フランスのコミック作家で、バンド・デシネとマンガの実験的融合作品を制作。各国で自らの作品が出版され、受賞する中、近年では新人の発掘やその編集者としても活躍している。


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