INTERVIEW

フランス人漫画研究家ブランシュ・ドゥラボルドさんインタビュー(後編)


前回に引き続き、フランス人漫画研究家ブランシュ・ドゥラボルドさんと
BD翻訳家の原正人さんのインタビューをおおくりします。

前編では、BDから日本マンガまで、その歴史的変遷をたどりつつ
ドゥラボルドさんの興味の対象の移り変わりを追いましたが、
後編では、フランスにおける日本の少女マンガ女性向けBDを中心にお話を伺います。



* * *


■フランス人が読む少女マンガ


ドゥラボルド 「日本のマンガ家では、水木しげるさんなどが特に好きなんですが、少女マンガでは、魚喃キリコさんを高く評価しています。話はどこか痛々しいんですが、エレガントなタッチには単純に目を奪われますね。それでいて文学的な面があるのも素晴らしいです」

 「日本のマンガ好きと少し感性や観点が違ったりするところもあるんでしょうかね。ぼくは個人的には魚喃キリコさんの作品はちょっと読みにくいと感じるんです。岡崎京子さんの方が好きかな」


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▲魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス)/岡崎京子『pink』(マガジンハウス)


ドゥラボルド 「フランスのBD読者からすると、岡崎京子さんの絵は逆にダメみたいですね。わたしもあまり好きではないです」

 「そういえば、先日来日したブノワ・ペータースも、"岡崎京子の絵は、フランスでは受け入れられにくい。魚喃キリコの方が人気がある"と言っていました。実際、少女マンガは欧米で一般的に受け入れられるには時間がかかりますよね

ドゥラボルド 「そうですね。私も日本の少女マンガを本当の意味で理解するには時間がかかりました。最初はわけがわからなくて。独自のリテラシーがありますよね。そんな時に、夏目房之介先生がわたしに勧めてくれたのが吉田秋生さんの『海街Diary』でした。寡作な作家さんですが、どんどん引き込まれていって入門書としてフランス人の私にも役立ってくれました」


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▲吉田秋生『海街Diary』(小学館)


ドゥラボルド 「ただ最近では、フランスでもあまりBDを読み慣れていない若い読者は、抵抗なく少女マンガの世界にも入っていけるようで、少女マンガも一般的に広まっています。『NANA』や『フルーツバスケット』はフランスでも少女マンガの王道とされていますね」



■女性による女性のためのBD雑誌


 「一方で、フランスの女性向けBDというと、ブランシュさんが論文を書かれた女性向けBD雑誌『Ah! NANA』が有名ですが、なぜ研究するにいたったのでしょうか?」


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▲『Ah! NANA』・・・・『メタル・ユルラン』などを手掛けるユマノイド・アソシエ社が1976年10月から1978年9月にかけて発行した女性向けBD雑誌。 男性中心だった当時のBD出版業界で、完全に女性のみで作られた初めてのフランスの出版物とされる。タイトルの「NANA」は若い女性を指す俗語で、 「Ah Nana」はフランス語でパイナップルを意味する「ananas」にかけている。


ドゥラボルド 「修士の論文を書く際に、担当教官からジェンダー・スタディーを勧められたのがきっかけでした。『Ah! NANA』は『メタル・ユルラン』の姉妹雑誌として創刊された雑誌ですが、もともとメタル・ユルラン期のBDについては詳しくなかったので、良い機会だったんです。当時の数少ない女性BD作家の一人シャンタール・モンテリエにインタビューをしたりしました。あまり知られてはいないんですが、彼女は政治的な面や精神的な面などを深く掘り下げた素晴らしいBDを描いているんです。少し絵は"堅い"のですが・・・・」


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▲シャンタール・モンテリエの代表作。


ドゥラボルド 「当時の女性向けBD誌は、女性向けにもかかわらず、男性主動で編集されているというのが主流でした。『Ah! NANA』の特筆すべき点は、初めて女性による女性のためのBD雑誌が作られたということ(本当はもっと複雑で、これはあくまで建前の話なのですが)、さらに『メタル・ユルラン』の姉妹雑誌としてロックカルチャーを基調としている、ということなんです。それ以前は男性によって作られた"少女向け"だったんですね。"良い専業主婦であれ"というような内容がほとんどでした」

 「これ以外には、女性による女性のためのBD雑誌は存在しないんでしょうか?」

ドゥラボルド 「ないと思います。現在は、BD界も女性作家や女性向けのBDが相対数として増えてきてはいますが、その流れもラソシアシオン期以降のものです。なかには、これは単純なフェミニズム運動というわけでは決してないのですが、"女性が作ったBDだから女性向け"と捉えられるのを嫌がる作家もいます。フェミニズムの話になると複雑になるので、深くは触れませんが。ただ、女性作家による女性読者を対象としたBDの市場が大きくなっているのは事実です。特にペネロープ・バジューマルゴー・モタンといったブログ発信の作家たちがパイオニアでした。ただ、それ以降、彼女らの二番煎じの作家が多く現れ、質の高くない女性向けBDが多く出版されました。そうした女性BD作家に対して、"女性BD作家のイメージを壊している"、という意見の人もいれば、逆に"面白いから人気があるのであって、売れていること自体は何の問題はない"という人もいます」


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▲ペネロープ・バジュー(左2つ)、及びマルゴー・モタンの作品。


ドゥラボルド 「男性作家なので、少し論点が変わってしまいますが、新進気鋭で賛否が分かれるタイプの作家という意味で注目しているのは、先日来日したバスティアン・ヴィヴェスです。彼のBDは言葉遣いがちょっと汚かったりもするんですが、ユーモアのセンスがあって作品として深みがあります」

 「彼の作品は日本でもウケそうですし、なによりビジュアル的に女性票がのびそうですよね。ちょっとオタクっぽいけどオシャレだし」

ドゥラボルド 「普通のオタクですよ(笑)。フランスでは彼はイケメンではないですね。彼のBDを読むと"あぁ、この人あんまりモテてなかったんだろうなぁ"ってすごく感じますし」

 「そうなんですか(笑)? 彼は日本ではセンスがいいタイプに捉えられそうですが・・・・あの感覚は日本人にはないもので、面白いですね。特に彼の『Le Goût du chlore(塩素の味)』なんかは学生時代の青春へのノスタルジーを感じるようで、日本人には幅広く好まれそうな気がします」


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▲ヴァティアン・ヴィヴェス『Le Goût du chlore』


ドゥラボルド 「バスティアン・ヴィヴェスはそこまで自分の過去を美化しているわけではない、というのがフランス人読者の一般的な感想だと思いますよ。『Le Goût du chlore』では、学生時代特有のおどおどした不器用な態度が描かれていますし。あとは、ブログ発で味のあるBDを描く作家としてはリザ・マンデルとかもいるのですが、個人的には女性が描いているか男性が描いているかは、単に研究対象なだけで、好みとは関係ないですね。今は日本に住んでいてBDのアルバムがあまり買えないので、ブログを読む機会は増えました。でもそれはBDを読むという感覚でもなくて、本当に流し読みするような感じです」


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▲リザ・マンデルの代表作。



■フランスにおけるBD研究


 「日本ではここしばらくマンガを研究しようという人が増えてきていますが、そういった流れはフランスのBD界にはあまりないんでしょうか?」

ドゥラボルド 「学問的なイメージは正直悪いと思います。毎年のアングレーム国際漫画祭でも、学問的な議論としては堂々巡りしているような気がしますね。結局、BDやマンガの新たな知識が入ってきてないのが現状なんです。互いに交差してきているとはいえ、私からするとBDとマンガの読者層は未だほとんど重なっていないように感じますし・・・・」

 「ブノワ・ペータースのようなBDの制作サイドにいる人間ではないと、学問的にはあまり受け入れられないということでしょうか?」

ドゥラボルド 「そうですね。でも、BDに対するメディアの取り扱いは変わってきているように思います。ただ、そうした記事を書いているジャーナリストはBDのことをよく分かっているわけではないんですね。彼らはBDのリテラシーすらちゃんと理解していないで書いていることが多い。リテラシーを理解するというのはとても重要なことです。私はバレエやオペラのことを全然知らないのですが、そんな私がバレエやオペラについて語ったら、無茶苦茶なことを言うことになるでしょう。素晴らしいものだということはわかっても、どう理解していいのか分からない。つまり、リテラシーが分かっていないんです」

 「確かにそうですね。個人的にマルク=アントワーヌ・マチューやメビウスは歴史的にみてもまだまだ研究されるべき対象であると思うので、まずはフランスでの現状の変化を待つばかりです。本日は取材にご協力いただきありがとうございました!」



(インタビュー構成・執筆:林 聡宏)



■PROFILE

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ブランシュ・ドゥラボルド

現在INALCO(国立東洋言語文化大学)博士課程にてマンガ研究者として日本に留学中。フランスのBD研究誌『Neuvième art(第九の芸術)』にフランスの女性向け雑誌『Ah! NANA』に関する論文を発表。早稲田大学に在籍中、学習院大学の夏目房之介ゼミに聴講生として参加し、BD研究から日本のマンガ研究までを行う。現在はマンガにおける擬音の役割を追究している。


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