REVIEW

カニ界に巻き起こる革命旋風! アルチュール・ド・パンス『カニの歩み』


現在、ユーロマンガにて『ゾンビレニアム』を連載中の人気BD作家アルチュール・ド・パンス

モンスターたちを集めたテーマパーク「ゾンビレニアム」で巻き起こる
さまざまな騒動をユーモアたっぷりに描いたこの作品は、
昨年のアングレーム国際漫画祭にて、子ども向け作品の最優秀作品賞を受賞(第2巻)し、
フランス国内でのアルチュール・ド・パンスの評価はますます高まっています。


0801_02.jpg ゾンビレニアム
Zombillénium


第1巻: Gretchen
第2巻: Ressources Humaines


[著者] Arthur de Pins
[出版社] DUPUIS

※詳しいストーリーはユーロマンガ公式サイトにて


そこで、今回はそんなアルチュール・ド・パンスの作品の中でも
特にヘンテコでユーモアに満ちた傑作『カニの歩み』を
翻訳者の原正人さんにレビューしていただきました!



* * *


前回、日本のマンガ・アニメに影響を受けたフランス人BD作家としてクリストフ・フェレラを紹介した。彼とはまた違った意味で日本のマンガ・アニメの影響を受けた作家にアルチュール・ド・パンスがいる。

アルチュール・ド・パンスについては昨年BDfileでインタビューをお届けしている。
1977年、フランスはブルターニュ生まれ。若手の人気BD作家である。アニメからイラスト、BDと仕事の幅を広げ、ここ数年はBDの仕事に専念。日本語で読めるものに『かわいい罪』(『ユーロマンガ』Vol4に第1巻の抄訳掲載)と『ゾンビレニアム』(『ユーロマンガ』Vol7、8に第1巻訳載)がある。


今回は彼の最新作『カニの歩み』をご紹介しよう。


●Arthur de Pins, La Marche du crabe, 全3巻, Soleil Productions, 2010-2012
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アルチュール・ド・パンスがもともとアニメに携わっていたことはすでに述べたが、彼は2004年に、今回紹介する『カニの歩み』の原型とも言うべき、『カニ革命』(La Revolution des crabes)というアニメを制作している。

《動画》
■LA REVOLUTION DES CRABES (The crabs revolution)
http://www.youtube.com/watch?v=S6xncXA3rGM


横歩きしかできなかったあるカニが、ある事件をきっかけに方向転換できるようになり、それまで向きを変えられなかったのは自分たちの愚かさゆえだったと気づく。しかし、彼は破廉恥な行動に眉をひそめる仲間たちの視線にいたたまれなくなり、今まで通り横歩きをしながらその場を立ち去る。最後のエンドロールのクレジットが気が利いていて、監督のクレジットがArthur de PinsではなくArthur de Pince(発音は同じだが、最後のパンスは「カニのはさみ」の意)となっている。なお、この作品はかつてCS放送を通じて日本語版が放送されたこともあるとのこと。

このアニメをベースにアルチュール・ド・パンスは長編BDを構想する。それが本作『カニの歩み』である。第1巻が2010年に刊行され、2012年、第3巻で完結した。物語は以下のとおりである。



舞台はフランス南西部にあるシャラント=マリティーム県のとある港町。浜辺にうち棄てられたギターを1匹のカニがかき鳴らし、もう1匹がそれに合わせて歌っている〔図1〕
彼らは学名Cancer Simplicimus Vulgaris(タダノドコニデモイルガニ)、通称"四角ガニ"と呼ばれる何の変哲もないカニである。他のカニとは異なり、彼らは誕生から400万年間 横歩きしかせず、互いに名前を呼び合うことも、恋愛を楽しむことも知らない。それゆえに海に棲むあらゆる生物の嘲笑の的となっていた。


〔図1〕 海辺でギターに興ずるカニたち
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冒頭の四角ガニ2匹のうち1匹が人間の子どもたちに捕まり、彼らは離ればなれになってしまう。残された1匹は、浜辺で大きなイチョウガニにいじめられる別の四角ガニの姿を目撃し、四角ガニに生まれた運命を呪う。彼はいじめられていたカニを救い出し、壮大な野望を語って聞かせる。互いに相手をおんぶして、水平と垂直の移動を繰り返す。そうすることで、自分たちが住む海域を踏破し、イチョウガニたちをぎゃふんと言わせてやろうというのだ。

手始めに彼らは名前で呼び合うことにする。ギターのところにいたカニは、移動方向が太陽の進行と同じなので"ソレイユ(太陽)"と名のり、もう1匹は船の進行方向と同じなので、"バトー(船)"と名のることにする。それは彼らにとって進化へと向かう、偉大なる革命の第一歩だった。
やがて彼らは、人間に捕えられていたもう1匹とも再会する〔図2、3〕


〔図2〕 カニたちの再会
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〔図3〕 3匹のカニたち。左からバトー、ギター、ソレイユ
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彼には"ギター"という名前がつけられた。3匹は"互いに協力し合って向きを変え、好きな方角に移動する"という思想を他の四角ガニたちに布教し始める〔図4-5〕


〔図4〕 ソレイユとバトーは二人組でおんぶして
    方向転換することを思いつく
〔図5〕 片方が一旦降りて、もう片方がおんぶし直し、
     別方向に進む
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同じ頃、人間界に、この学名Cancer Simplicimus Vulgaris(タダノドコニデモイルガニ)、通称"四角ガニ"に注目する人物が現れる。動物番組制作会社のリポーター、ドミニク・ランデルノーとカメラマンのレーモン・ピシャールである〔図6〕。彼らはこの400万年間進化を知らなかったカニが、ふとしたきっかけで人間の脅威に変貌しかねないと予見していた。彼らはさっそくシャラント=マリティーム県の海岸に向かい、四角ガニの生態を取材することになる。


〔図6〕 ドミニク・ランデルノー(左)とレーモン・ピシャール(右)
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折しも、彼らが訪れた港町では、河口に建設予定のパイプラインが議論の的となっていた。反対派の旗頭はグリーンピース・フランス事務局長イヴ・デュクルエである〔図7〕


〔図7〕 イヴ・デュクルエ
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ドミニクとレーモンが海中にもぐり、四角ガニの生態を撮影しているまさにそのとき、彼らの真上でグリーンピースの抗議行動が大事故を引き起こす。貨客船とグリーンピースの抗議船が衝突し、沈没してしまったのである。2人は水中カメラを放り出し、一目散にその場を逃げ出す。だが、置きっぱなしにされたカメラは、その後に起きた衝撃の事件を撮影していた。現場に残された四角ガニが船につぶされる直前、思わず向きを変えたのである〔図8〕400万年間横歩きしかできなかった四角ガニが方向転換したのだ。それはあの3匹の四角ガニのうちの1匹ソレイユだった〔図9-10〕


〔図8〕 沈没する船から必死に逃げるカニ
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〔図9〕 方向転換したソレイユに皆の視線が集まる
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〔図10〕 呆然とする海の生物たち
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この事件はやがて、海中の勢力図を塗り替えることになる。ソレイユたちは横歩きの遵守を訴える"秩序の守護者"〔図11〕率いる保守主義四角ガニ一派と対決し〔図12〕、さらにイチョウガニ〔図13〕オマールとも雌雄を決する〔図14-15〕


〔図11〕 "秩序の守護者"
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〔図12〕 保守ガニとの戦い。甲羅に○印が描かれているのが方向転換をする進歩派、×印が保守派
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〔図13〕 保守派のバックに控えるイチョウガニ
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〔図14〕 オマール
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〔図15〕 オマール軍との戦闘
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だが、彼らの進化は海中の勢力争いにとどまらず、やがて生態系全体に影響を及ぼし〔図16〕、さらには人間社会まで揺さぶることになるのだった――。


〔図16〕 生態系に影響を及ぼすカニたち
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もとの短編アニメは全編白黒だったが、このBD版はオールカラーで描かれ、また違った印象になっている。『ユーロマンガ』に掲載された『かわいい罪』や『ゾンビレニアム』と同様に抑制の効いたカラーリングがすばらしい。BDfile用のインタビューで答えているように、イラストレーターを用いて作画しているとのこと。絵が達者なのは一目見ればわかるだろうが、意外にもと言うべきか、この作品はアクション・シーンも見どころの一つである。四角ガニたちのすばやい動きが迫力たっぷりに描かれている。一旦仲間たちのもとを離れた主人公のソレイユが深海で修業をするシーンがあったりするのだが〔図17〕、こういう部分は日本のマンガに対するオマージュだったりするのだろうか。第3巻にはゴエモンという名の四角ガニも登場する〔図18〕


〔図17〕 深海で修業するソレイユ
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〔図18〕 ゴエモン
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全3巻で完結しているこの作品には、劇場用長編アニメの企画がある。公開時期などの具体的な情報については不明だが、以下のサイトで予告編を見ることができる。
http://www.lamarcheducrabe-lefilm.com


現在執筆中で2巻まで刊行されている『ゾンビレニアム』も劇場用長編アニメ化される予定だとか。フランスの若手作家の中でも評価の高いアルチュール・ド・パンスにぜひ注目していただきたい。


(Text by 原正人)



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