REVIEW

【『塩素の味』発売記念!】バスティアン・ヴィヴェス最新作『ラストマン』レビュー


先週のBDfileでもご紹介しましたが
フランス漫画界がいま最も注目する新世代のBD作家
バスティアン・ヴィヴェスの『塩素の味』が先日発売され、
Twitterなどで、じわじわと高い評価の声をいただいています!

塩素の味.jpg 塩素の味

バスティアン・ヴィヴェス[著]
原正人[訳]

B5判変、226ページ、上製、フルカラー
定価:2,800+税
ISBN 978-4-7968-7159-4
© Casterman, 2008, 2009 All rights reserved.

好評発売中!


作品自体の魅力もさることながら、
バスティアン・ヴィヴェスというBD作家の魅力の一つに、
BDと日本のマンガ、双方のいいところを柔軟に取り入れながら、
まったく新しい作品を生み出している、ということが挙げられると思います。

そこで今回は、ヴィヴェスが特に日本のマンガを意識して制作しているという
最新作『ラストマン』について、『塩素の味』の翻訳者、原正人さんに解説していただきました!


* * *


バスティアン・ヴィヴェス『塩素の味』が先週発売された。

「訳者あとがき」にも書いたが、バスティアン・ヴィヴェスの作品をついに日本語で紹介することができて本当にうれしい。BDの翻訳はどうしても評価がある程度定まった過去の作品や新作でも巨匠の作品が多いのだが、そんな中で、1984年生まれのまだ若い作家を紹介できた意義は決して小さくないと思う。

ヴィヴェスは、1970年代に台頭したメビウスらの世代はもちろん、1990年代のダヴィッド・ベーやルイス・トロンダイム、ジョアン・スファール、マルジャン・サトラピといったラソシアシオンの世代とも異なる、より現代的な感受性を持った作家である。日本のマンガやアニメに当然のように触れて成長した世代に属しており、そういう意味では、日本の読者にとって親近感を抱ける作家でもあるのではないだろうか。


先週のBDfileでも取り上げられたが、日本語版『塩素の味』には、表題作と『僕の目の中で』の2編が収められている。どちらもバスティアン・ヴィヴェスの代表作と言って申し分ない作品だが、純粋に個人的な趣味で言えば、筆者は表題作『塩素の味』が好きだ。この表題作には試し読みページも設けられているので、まだどんな作品か知らないという方はぜひご覧いただきたい。

⇒『塩素の味』日本語版試し読みは コチラ から


主線のない面だけで表現した水中の身体が実に気持ちいい。水上にある身体が水の中に沈み、まるで時間が止まったかのように、ゆっくりと優雅に伸びる様子に思わずため息が出てしまう。ステキなシーンはたくさんあるが、例えば、主人公が背泳ぎをしながら眺める室内プールの天井に、突然ヒロインの顔が映るシーンなんかもよかった。若干24歳のヴィヴェスは、この作品で2009年度アングレーム国際漫画祭新人賞を受賞したが、それにふさわしい瑞々しさがある。
蛇足だが、この年の最優秀作品賞は、小学館集英社プロダクションから邦訳が出ているヴィンシュルスの『ピノキオ』である。

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0718_12.jpg 2009年度アングレーム国際漫画祭
最優秀作品賞

ピノキオ

ヴィンシュルス[著]
原正人[訳]

B5変型、192ページ、上製、オールカラー
定価:3,000円+税
ISBN 978-4-7968-7097-9
©WINSHLUSS


さて、「訳者あとがき」でも少し触れたが、バスティアン・ヴィヴェスはカステルマン社の1レーベル「KSTЯ(カステール)」からデビューし、『塩素の味』と『僕の目の中で』も含め、その後の作品の多くを同レーベルから刊行している。

これはフランスの編集者ディディエ・ボルグ(Didier Borg)が創始したもので、KSTЯという名はカステルマン(Casterman)をもじって作られている。あるインタビューによると、80年代のロックのようにあらゆるものに開かれた場所、ロック・フェスティヴァルのようなものをBDの中に設け、とりわけ若手作家たちが自由に創作する場にしたいという願いから、2007年に作られたとのこと。

ご存じの方も多いかもしれないが、BDには日本の週刊・月刊マンガ誌のような作品を連載する定期刊行物がほぼなく、若手にチャンスを与えるこのような試みは貴重である。今となっては確認のしようもないが、筆者の記憶では、KSTЯ創設当初は、単行本化前の作品をブログで公開し、読者が自由に意見を書きこめるといった、これまでにない例のないプロモーションを行い、話題を呼んでいた。ヴィヴェスの実質的なデビュー作『彼女(たち)〔Elle(s)〕』がこのブログに掲載されていた記憶はあるのだが、その後の作品については定かではない。レーベル自体は今も残っていて、既に100点を超える作品が刊行されているとのことである。


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▲いずれもKSTЯから出版されたヴィヴェスの作品

⇒カステルマン社KSTЯレーベルの作品一覧は コチラ から


KSTЯのブログは、現在、「デリトゥーン(delitoon)」というウェブBDのポータルサイトに発展している。

このサイトはアマチュア作家がアカウントを作成して、自分の作品を公開することができるウェブBDのポータルである。読者がコメントを寄せたり、作品を気に入った出版社があれば、作家にコンタクトすることもできるようだ。しかし、同時にKSTЯで刊行が決まっている作品の連載媒体としても機能していて、バスティアン・ヴィヴェスはここで現在最新作を連載中である。フランス語のハードルはあるが、ウェブ上でアクセスできる作品なので、この機会に紹介しよう。


タイトルは『ラストマン(Lastman)』。

バスティアン・ヴィヴェス1人の作品ではなく、バラック(Balak)とミカエル・サンラヴィル(Michaël Sanlaville)との共著である。既に刊行されている単行本第1巻のクレジットによれば、シナリオをバラックが、作画をサンラヴィルが、彩色をヴィヴェスが担当していることになっているが、実際のところはシナリオにも作画にもヴィヴェスが相当関わっているようだ。デリトゥーンでの連載を経て、2013年3月に第1巻が刊行され、同年6月に第2巻が刊行されたばかり。BDのシリーズ作品は年に1巻単行本が刊行されるというのがわりとよくあるケースだが、大場つぐみと小畑健のマンガ『バクマン。』に感銘を受けた3人は、単行本1巻分200ページを3カ月で仕上げるという、BDにしては非常に珍しいハイペースで仕事をしている。作品は基本白黒で描かれているが、巻頭カラーを採用したり、巻末に作者のエッセイBDを掲載したり、シール付録をつけたりという日本マンガに対するオマージュっぷりである。

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▲『ラストマン』1巻・2巻



物語の舞台はとある王国。王ヴィルジルと王妃エフィラが主催する恒例の格闘技トーナメントが直前に迫っている。

多くの住民がこのトーナメントでの優勝を目指して、日々鍛錬に励んでいる。幼いアドリアン・ベルバもそんな一人。彼は武術家ジャンセンが指導する学校で1年間に及ぶ厳しい修行に耐え、今年初めてこのトーナメントに出場する。彼の夢は、女手一つで彼を養ってくれている母親マリアンヌの生活を、優勝賞金で楽にしてやることである。

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▲アドリアン


トーナメントの試合は2人1組で行われる。最年少で体格にも恵まれないアドリアンは、最後に余ったやはり体格に恵まれないヴラドとコンビを組むことになった。しかし、ヴラドは試合当日、腹痛を起こして棄権することになってしまう。アドリアンはショックの色を隠せないが、飛び込み参加者の出現に一縷の望みを託し、受付前で待つことにする。


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▲棄権が決まり涙を流すアドリアン


そこに屈強な男がたった1人で現れる。男はリシャール・アルダナと名乗る。世界各地のトーナメントに出場していると思しい彼は、このトーナメントのことをどこからか聞きつけ、2人1組で戦われるということを知らずにやってきた模様である。呆然自失のリシャールは、やはり1人で途方に暮れているアドリアンに、一緒にトーナメントに出場しようと呼びかける。リシャールを胡散臭げに眺める母親をアドリアンがどうにか説得し、晴れて2人はトーナメントに出場できることになる。そして、2人はこの武術トーナメントの奇妙な戦いの渦中に巻き込まれていく。


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▲アドリアンとリシャール・アルダナ

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▲アドリアンの母マリアンヌ。美人で気が強い


2人の武運やいかに? そして、このトーナメントに出場したリシャール・アルダナの正体とは? 彼はいったい何のためにこのトーナメントに出場したのか? 物語は徐々にこれらの謎を明かしていく。


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▲最初の敵ソアレス兄弟


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▲アドリアン対ラモン・ソアレス

既に述べたように現在第1巻と第2巻が単行本にまとめられているが、ウェブ上では 第1巻の最初のエピソード と 第2巻 を丸々読むことができる。


いずれバスティアン・ヴィヴェスの他の作品を翻訳でお届けできる日が来るといいのだが(個人的にはバレエBD『ポリーナPolina』をぜひ訳したい!)、ひとまずは、ウェブで無料で読むことができるこの作品をご覧いただきたい。

フランスの超一流若手BD作家がお送りする、日本のマンガとはまた一味違った、とはいえ、手に汗握る戦闘シーンあり、ユーモアあり、お色気シーンありの痛快なエンターテインメント作品である。


(Text by 原正人)

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