COLUMN

【3/15来日講演!】コゼのマンガの魅力──想像の旅、想像の自伝


先日、BDfileでもお伝えしましたが、
今週末から「フランコフォニーのお祭り」の一環として
スイスの人気BD作家コゼが来日し、全国各地で講演・ワークショップなどを行ないます。

しかし、日本ではまだコゼの翻訳本などは刊行されておらず、
彼がどういう作品を描く作家さんなのか、知る機会がなかなかありません。

そこで、今回は来日に先駆け、
15日(土)にアンスティチュ・フランセ横浜で行なわれるコゼの講演会で、
司会を担当される、翻訳家で首都大学東京准教授の古永真一さんに
コゼ作品の魅力について、ご紹介いただきました!


★コゼ来日講演・ワークショップについての情報まとめは⇒コチラ



* * *


スイスのマンガというと、最近ではフレデリック・ペータースの傑作『青い薬(原正人訳、青土社、2013年)が翻訳されたことが思い浮かぶ。マンガを「発明」したと言われるロドルフ・テプフェールもスイス出身であり、スイスという国はマンガと縁の深い国だということがわかる。個人的には、最近、高山宏先生のお話を拝聴する機会があり、観想学で知られるスイスの思想家ラヴァーターのヨーロッパ文化への影響の大きさを指摘しながら「日本人はスイスを知らなすぎる」と悲憤慷慨されていたことが記憶に残っている。私もスイスについてはあまりよく知らないのだが、今回のコゼの来日は日本人がスイス文化を知る良い機会――一人のスイス人が異文化をどのように見ているのかを知る機会――になるだろう。


というわけで、この場を借りてコゼとはどんな漫画家なのかを簡単に紹介してみたい〔※1〕

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COSEY© Maghen - Cauvin


コゼは1950年ローザンヌ生まれで、16歳から広告会社でイラストレーターとして研鑽を積み、1970年スイスの代表的な漫画家ドリブと出会う。ドリブといえば、インディアンを描いた『ヤカリ』(1970)というシリーズが有名だが、90年代にはエイズ予防や売春批判といった社会派の作品も手がけている。

そのドリブからマンガの創作作法を学んだコゼは、『ソワール・ジュネス』誌に作画家として作品を発表するようになり、スイスの日刊紙にも冒険家のレポーターを主人公とするマンガを連載する。その後、週刊『タンタン』でも活動するようになり、1975年に同誌にて彼の代表作『ジョナタン』を発表する。80年代は、長編『ピーター・パンを求めて』、90年代は『イタリア旅行』、『サイゴン=ハノイ』、ラブストーリーの短編集『フランク・L・ライトの家』、97年からは『ジョナタン』の制作を再開する。2013年には『ジョナタン』シリーズの第16巻が出版されている。


コゼの作品でどれか一つと言われれば、やはり『ジョナタン』であろう。


140312_01.jpg ジョナタン 完全版 第1巻
Jonathan (Intégrale) - tome 1


[著]Cosey
[出版社]Le Lombard 


若い頃のコゼにそっくりなジョナタンという名の青年が、チベットやインドを旅するなかで、さまざまな人々との交流が描かれる。完全版の冒頭にはコゼが旅したときの資料(写真、日記、地図......)が掲載されていて自伝的な要素も感じさせるが、物語にはサスペンスやアクションといった冒険譚の要素がふんだんに盛り込まれており、最後まで読者を惹きつけて離さない。

ジョナタンという名前は、リチャード・バックの小説『カモメのジョナサン』(1970)に由来する〔※2〕。群れを追放されたジョナサンは、2匹の光り輝くカモメに導かれて高次の飛行術を身につけ、下界で教えようとするが周囲から悪魔と恐れられるという話だ。当時のアメリカのヒッピー文化と結びつけられることもある作品だが、日本でも一時、オウム真理教の幹部が入信のきっかけになった小説として挙げて話題になった。

たしかに『ジョナタン』からは、主人公の風貌や東洋への関心など、ヒッピー文化の影響がうかがわれるが、そうした流行が過ぎ去った後も描き続けている事実からしても、精神病院を脱走した記憶喪失の男による内面の探求という要素からしても、『カモメのジョナサン』と同様にヒッピーという一時的な流行にとどまらない作品である。また、中国のチベット侵攻という血なまぐさい現実もしっかり描かれている。ジョナタンは再会を果たした恋人が中国軍に虐殺されてしまうのだが、負傷した中国兵と道中を共にすることになるのだ。いずれにしても『ジョナタン』の中国語訳は、現時点では難しいのではないかと思わせるような内容である〔※3〕

もともとコゼは雪や山が好きで、仏教やヒンドゥー教に関心があったので、チベットを舞台にしたマンガを描くことは自然な流れだったようだ。『タンタン、チベットに行く』や、鎖国されていたチベットに潜入したアンクサンドラ・ダヴィッド=ネールの著作〔※4〕の影響も受けたという。

140312_02.jpg 第7巻 『ケイト』
Jonathan tome 7 - KATE


[著]Cosey
[出版社]Le Lombard
[刊行年]1981 

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▲チベットの詩に登場する伝説の「白い鳥の城」を目指すケイトとジョナタン
 (第7巻『ケイト』より)


ジョナタンが旅するのはチベットやインドだけではない。第16巻『アツコ』では日本を訪れている。



140312_04.jpg 第15巻 『アツコ』
Jonathan tome 15 - ATSUKO
(édition spéciale)


[著]Cosey
[出版社]Le Lombard
[刊行年]2011


この風来坊がどんな日本旅行を体験するのか興味深いところだ。ジョナタンは東京の谷中や岐阜の飛騨高山を訪ねながら、アツコという女性との出会いをきっかけにして、彼女の一族の過去を知ることになる。日記にはさまっていた髪の毛の束の謎を解くうちに痛切なラブストーリーが露わになる。

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▲第15巻『アツコ』より


コゼには『ジョナタン』以外にも優れた作品があるということも記しておきたい。『イタリア旅行』は、ベトナム戦争の傷を抱える二人のアメリカ人が、イタリアに住む共通の初恋の女性シャーリーに会いに行く物語である。

140312_06.jpg イタリア旅行
Le Voyage en Italie (édition intégrale)


[著]Cosey
[出版社]Dupuis
[刊行年]1988

シャーリーはカンボジア難民の少女の世話をしており、彼等はこの子を養女にして旅券の偽造までしてアメリカに連れて帰ろうとする。人は傷手から立ち直ることができるのか、いかにして人生の希望を取り戻すことができるのかといったことを考えさせる物語だ。

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▲初恋の女性の住むイタリアの町にたどりついたアーサーとイアン(『イタリア旅行』より)


短編集『フランク・L・ライトの家』も取り上げておこう。「バラ色の小さなチューリップ」では、かつて恋人だった女性と再会した老人の物語。彼女は彼のことを知らないと言い張るので彼は当惑する。お尻にあるチューリップの形の染みが決定的な手がかりになるのだが、場所が場所だけに突き止めるのに苦労する。ほのぼのとした老いらくのラブストーリーだ。

140312_08.jpg フランク・L・ライトの家
Une maison de Frank L. Wright


[著]Cosey
[出版社]Dupuis
[刊行年]2003

表題作は、サリンジャーのようなインタビュー嫌いの有名作家のインタビューをとりつけた大学生が主人公である。彼が作家の自宅を訪ねるとあいにくと不在で、そこで働いている若い女性が現れ、彼の相手をする。話しているうちにその女性の正体は......という話。

「Only love can break a heart」では、友人宅を訪れた若者がそこで老齢の女性と出会い、ひょんなことから一緒にドライヴに出かけ、カヌーに乗ったりする。若者との何気ないやりとりをすることで、彼女は湖に「あるもの」を捨てる。その「あるもの」とは......。


コゼの絵の魅力について触れることができなかったが、近年の作品は、初期の作品と比べると円熟の境地に達している。キャラクターはいかにもBDらしい写実的な絵柄だが、丹念に描かれた背景画に馴染んでおり、コマ割りの妙もあってか日本人にも読みやすい。今回の来日は、コゼ作品の魅力を知るまたとない機会になるはずだ。


(Text by 古永真一)




※1―コゼの伝記的な記述については以下の著作を参照した。
 Patrick Gaumer, Dictionaire mondial de la BD, Larousse, 2010.
※2―本稿ではコゼのインタビュー映像の発音にならって、「ジョナサン」ではなくフランス語読みの「ジョナタン」と表記した。
※3―『紺碧の仏陀Le Bouddha d'Azur』(1巻2005年、2巻2006年)では、エッフェル塔やビートルズに興味をもつ等身大のチベットの若者の生活風景が描かれ、中国共産党員の父をもつチベットの娘が、北京で学ぶべきか悩んだ結果、チベットのために戦う決意をする。また、中国政府がチベットに核廃棄物処理場を建設しようとする思惑も描かれている。
※4―アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールはフランスの東洋学の学者。以下の著作が、二巻本で翻訳されている。『パリジェンヌのラサ旅行』(中谷真理訳)、平凡社、1999年。


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