COLUMN

【BD研究会レポート】メビウス追悼 ダニエル・ピゾリ氏が語るメビウス〔質疑応答編〕

 

〔ジャン・ジロー編〕、〔メビウス編〕と2回に分けてお送りした

メビウス研究家ダニエル・ピゾリさんによる発表もいよいよ最終回です。

 

※前回、前々回の記事はこちら→〔ジャン・ジロー編〕〔メビウス編

 

 

今回は〔質疑応答編〕ということで、

BD研究会メンバーが、これまでメビウスについて気になっていたアレコレを

ピゾリさんに質問してみました!

 

 


* * *

 

 

 

 「では、ここから質疑応答にうつります。さきほどの発表を聞いてダニエルさんに何か聞きたいことがあれば、どんどん質問していただきたいと思います」

 

 

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■メビウスの色彩感覚について

 

 

観客A 「メビウスは色彩感覚についてもしばしば取り上げられていると思うんですが、色彩的な部分でメビウスが影響を受けた作家は誰かいるんでしょうか?」

 

ピゾリ 「彼が色彩感覚で影響を受けたとすれば、それは他のBD作家でも、現代美術の作家でもなくて、むしろ古典の画家からだと思います。彼が美術学校に行ったというのは先ほどもお話しましたが、その学校の授業の内容というのはどちらかというとオーソドックスな美術教育だったんです。当時、時代的には現代アートが非常に花開いた時期でしたが、彼の受けた美術教育というのは非常にオーソドックスなものだったので、彼の色彩感覚の背景にあるのはそういった古典の画家の影響だと思います」

 

 「具体的にどういった画家でしょうか?」

 

ピゾリ 「なかなか具体的な作家名を挙げるのは難しいですね。ただ、ルネサンス期の画家の影響はあると思います。とりわけ、光と影の使い方においてですね。メビウスはモノクロでもカラーでも、光と影をどう表現するかということに非常に心を砕いていたところがありまして、その部分でルネサンス期の画家から強く影響を受けていると思います。そして、のちにはアメリカのイラストレーターの仕事からも吸収していくことになるわけですが。ここで作家の名前を挙げるとしたら、アングルとかティツィアーノ。まず、アングルはやはり光と影の使い方。イタリアのティツィアーノからは色のグラデーションの手法に影響があるという風に考えています。

 

 


■同時代人からの影響について

 

 

観客B 「60年代後半から、BDでもサイケデリックなものが流行りましたが、メビウスについても、例えばドラッグとか、そういったものの影響はあるんでしょうか?」

 

ピゾリ 「メビウスがかなり"葉っぱ"に親しんでいたことは確かですが、メビウス自身が常にさまざまなイメージから影響を受けたり、新しいものを取り込んでいくというタイプの人でしたので、むしろそういった外部のイメージからの影響とか、触発の方が大きかったのではないかと思います。

 

例えば『エデナの世界』の頃は、当時フランス語版の出版が始まっていた大友克洋の『AKIRA』の影響が非常に色濃く出ていると思います。これについては、ご本人にお会いして質問した時に、メビウス自身が大友克洋からの影響を認めています。さらに、例えば『メタル・ユルラン』の初期掲載作品である『アルザック』、あるいはその他の短編においては、フィリップ・ドリュイエの影響がたいへん大きい。メビウスは、このように他の人の作品に触発されて、それを取り入れ、自身の作品としてアウトプットするということを常に行っていた人でした」

 

 

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  エデナの世界

 

  メビウス[著]/原正人[訳]

  TOブックス

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  AKIRA

 

  大友克洋[著]

  講談社

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  メビウス 

  『アルザック』(Arzach)

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  フィリップ・ドリュイエ

  『ローン・スローン』シリーズ(Lone Slone)

 

 

 

 

■即興的なスタイル

 

 


観客C 「細かい質問で恐縮なんですが、『アルザック』のタイトルがその時々でスペルが違うのはなぜなんでしょうか?」

 

0530_08.jpg   ←各扉ごとにタイトルのスペルがちがう

 

 

ピゾリ 「これは頻繁にメビウスに問われている問題なんですが、なぜなのかはハッキリ分かっています。これはただ単にタイトルの綴りを変えることで面白がって遊んでいるんですね。「密閉されたガレージ」シリーズでも同じような事をしています。作品自体、あらかじめ決められたストーリーを描くというタイプのシリーズではないので、その時々の気分で綴りを変えてみるとかいうことも作品を作る作業の一部となっているということなんです」

 

観客C 「それは、例えば『ブルーベリー』のようなカチッとした仕事とは対比的に、即興的な事をやりたくなったからということでしょうか?」

 

ピゾリ 「まったくおっしゃるとおりだと思います。『ブルーベリー』は非常に制約の多い、おっしゃるようにカチッとした作品です。また、部数の出る作品でもありましたから、そういった意味でも責任を負わされていたのだと思います。ですからジャン・ジローにとって、自分を素直に出せたのがメビウス名義で描いていた仕事なのだろうと思います。時々嫌になって、『ブルーベリー』の仕事を完全にやめてメビウスの世界を楽しむ、という仕事の仕方をしていた時期もありました」

 

 「さきほど、メビウスは同じスタイルを続けられないという話をダニエルさんがしていましたが、実際のところ即興を意図的にやっているのか、天然なのかよく分からないところがあるんです。メビウスがヌマ・サドゥールという人と行った対談の中で、彼はすごく字を間違えるということを指摘されてるんですね。メビウスは絶対に間違えないって言ってるんですが、実際はすごく間違えてる(笑)。僕が訳した『エデナの世界』という作品の中でも"トロロペン"という最後の悪役になる登場人物が出てくるんですが、その"トロロペン"を1回"スティロペン"って言ってるんです。出版社も確認すればいいと思うんですが、それで通っちゃうんですよね。BDってわりと全般的にそういうところがあるような気がします」

 

観客D 「しょっちゅう顔が変わったりとか服の模様がどんどん変わったりもしますよね」

 

 

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↑女性の服装がコマごとに変わっていることに注目。主人公の大佐のシャツの模様も。

 

 

 「ああ、ありますね。細かいことは気にするな、ということなんでしょうか(笑)」

 

ピゾリ 「ひとつには、彼自身にある種二重人格的なところがあって、あえて危険なところに身を晒そうという意志も見え隠れしていると思います。メビウスは自分の描く絵の描線に関してはとてもコントロールが効いていて、しっかりと描くことができるのですが、同時にわざと自由にペンを走らせて、抽象的で幻想的な新しいものを創造するということをしていました。また、さきほどお話した古典的絵画のような光や影、あるいはパースのつけ方などで、ある意味アカデミックとも言えるカチッとした仕事をしながら、一方で、いわゆる現代アートや、アンダーグラウンドなものにも彼は強く惹かれているんですね。ただ、例えば『インサイド・メビウス』のような自由に描いた作品であっても、やはりしっかりと絵として押さえるべきところは押さえています。絵が狂っているところは決してないし、そういった部分は古典絵画のようにしっかりとした絵になっていると思います」


 

 

■精神世界への関心

 

 

観客E 「メビウスが82年に日本に初めて来た時、手塚治虫と京都と奈良を旅行した際のことが『スターログ』という昔の雑誌に載っているんですが、その中で、メビウスはこの旅行を通じて、東洋の美術や思想にものすごく影響を受けたと語っていました。その後のメビウスの作品で、『B砂漠の40日間』などは東洋の美術の影響を色濃く受けてると思うんですが、実際のところはどうなんでしょうか?」

 

 ピゾリ 「『B砂漠の40日間』はおっしゃるとおり、東洋思想の影響があると思います。非常にシャーマン的、あるいは禅の世界に近いものがありますよね。あの作品は、結局、砂漠での瞑想というのがテーマになってます。それから、例えば弓矢を引く絵がありますが、あれはまさに日本の弓道の影響そのままです。

 

 

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実際、メビウスは東洋思想にかぶれていましたが、必ずしも読者の評判がよかったわけではないようです。彼の精神世界に対する関心というのは、時々行き過ぎることがあって、事実2回ほどセクト(カルト)宗教にハマっています。

 

最初は、タヒチで異星人が地球に上陸するのを待とうというもので、長くタヒチに滞在したことがありました。その時は結局異星人が来なかったので、そのままロサンゼルスに行って仕事をしたようです。2回目はアンスティンクトテラピーという新興宗教です。これは生のものしか食べないという宗教で、自分の心の声を聞いて食べるものを選びなさいという教えなんだそうです。いずれの場合も、家族を全員引き連れて行ってます。

 

ちなみに、2回目のアンスティンクトテラピーに関しては、最終的に主催者が法廷で裁かれるという顛末がありました。不法に医療品を扱ったとか、未成年にエッチな事をしたとか、資金を着服したとか、どうもそういう犯罪行為に手を染めたそうで、主催者が刑務所入りしました。どうも、まだそこに入ってる模様ですね(笑)。

 

流石にこれだけの経験をした後はメビウス自身も懲りて、以降はそういったカルト宗教的なものから距離を置くようになりました。あとは、最初のタヒチに1年ぐらい宇宙人に会いに行ったというのは、要するに本当のところを言うと、税務署から逃げて1年タヒチにトンズラしていたんです。ここの法では収入に税金がかからないので、どうもこれは税金を払いたくなかったんだろうなと(笑)。実際のところはそうだったんじゃないかと言われています」

 

 

* * *

 

 

以上で、BD研究会レポート、メビウス追悼特集は終わりです。

BD研究会レポートは、機会があれば、また定期的に行っていきたいと思いますので、

次回をどうぞお楽しみに。

 

 

また、BD研究会に興味がわいたと言う方は、ぜひ一度参加してみてください!

(※BD研究会についての詳しい情報はコチラ

 

 

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