COLUMN

【BD研究会レポート】アニメ『森に生きる少年 ~カラスの日~』監督ジャン=クリフトフ・デッサン氏②


前回に引き続き、アニメーション映画『森に生きる少年~カラスの日~』の
監督ジャン=クリストフ・デッサン氏をゲストに迎えて行われた
BD研究会のレポートをお送りします。

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今回は、いよいよ『森に生きる少年』制作の舞台裏についてお話いただきます!
(★映画についての詳しいレビューはコチラから)


* * *


 「それでは再開したいと思います。映像を見せる時になったら、みなさんちょっと寄っていただいたほうがいいかもしれないですね。ではデッサンさん、『森に生きる少年~カラスの日~』のお話をお願いします」


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■キャラクター造形からストーリーボードまで

デッサン 「まず、映画の準備をするにあたってキャラクター造形をしたものと、いろいろな段階でのスケッチをご覧に入れます。この辺りは制作初期の段階で主人公の少年とお父さんが暮らしている森の中の風景を描いたものですね。『森に生きる少年』の制作を始めた時は『長老(ラビ)の猫』の制作の終わりの頃で、まだそっちに取り掛かっていたので、もう1人のスタッフの方で少年の造形を始めていたんです」


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デッサン 「これは、いわゆるストーリーボードを描き始める前のイメージイラストのひとつです。ここでは、とりあえずそれぞれのシーンのイメージを膨らませるために、いろんなイメージイラストを描いてる段階です。映画として作っていく前に、なるべく数多くのイメージイラストを描いて、これから作り上げていく世界を視覚化するんですね。ただ、イメージイラストの中で気に入ったものがあれば、その後、実際に使うストーリーボードの中に入れていったりもします。こちらはストーリーボードの一例です。これはストーリーボードを取り込んで、映像として少し動かしています。"お母さん!"ってセリフも付いてますね。この段階でシナリオ担当の人に場面に相応しい具体的なセリフを考えてもらうわけです」


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 「映画では実際には動物は喋らないわけですけど、セリフを考えさせると」

デッサン 「本番の映画でも声を担当している役者さんに実際にセリフを喋ってもらって、いくつかラジオドラマ的なものを作るんです。まず、声だけでいろいろなシークエンスを作って、ストーリーとしてきちんと成立しているかを音声で確認するという作業をしました。同時にキャラクター造形も進めていったんですが、そういうことは第一アシスタントに活躍してもらい、その後実際に絵に落していくところはアニメーションディレクターのスタッフに担当してもらって仕上げてもらいました。
例えば、劇中に出てくる少女マノンの造形に関して言うと、あらかじめ設定がまったくなかったので、黒くて長い髪をしていることなどは後からつけていきました。この映画の中に出てくる世界は、イメージとしては1950年代なんですけど、ここで、その頃の少女が映画に出てきたような短パンをはいていたのかといった問題も出てきたりします。自分としてはマノンの人物像として可愛い女の子でありつつ、森の中を主人公と一緒に駆けたりする活発でスポーティーな感じの少女に作り上げたかったので、最終的にああいうかたちになりました」


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■カラーリング

デッサン 「今度はカラーリングに関するテスト段階のイラストですね。アートディレクションに関しては、油絵を描いていて印象派のような絵を描く友人がいまして、彼にディレクションを頼みました。背景の色彩については、アニメ的な色彩というよりは、なるべく実写映画の色彩になるように気をつけたつもりです。絵画的な色彩であると同時に、実際に屋外で撮ったかのような効果のある背景を作ろうということに専心しました。画面のフォーマットとしてはシネマスコープなんですが、基本的に標準のアニメの作り方でやっています。先ほどお見せしたのは自分のが幼少期に親しんだ森の絵だったりするんですけれども、そういうものから発展させてこの映画の背景を作り上げていきました。こっちはアートディレクションを頼んだ友人が普段描いているスケッチです」


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デッサン 「これは郊外にある家の裏の森の風景です。ただ、この映画を作るにあたって描いた森は、どちらかというとすべてフィクションの世界です。実在する風景を引用したものはありません。アートディレクターの彼は、筆などの絵を描く道具を自作して、市販されているものを参考に自分が使いやすいものを作って、それを使って背景を描いていました。

まず、こういう段階の絵を準備するわけです。これはバスルームの絵ですが、最終的にどうなるかをお見せしましょう。レイヤーに分けていくわけですけど、さきほどお見せしたのが最初のレイヤーの線画です。その上に鉛筆で膨らみを乗せて、2つ目のレイヤーを作ります。絵画の世界でやるように、まずベースとなる色を乗せていきます。この後、人物が上に乗ってきたりするわけで、この色はとても大事になります。これはさまざまな部分に異なる色を乗せたところです。次の段階では影を乗せていき、上からの光りを表現するハイライトも入れていきます。先ほど鉛筆で膨らみを与えましたが、今度はグレーっぽいトーンを乗せて、違ったかたちで影を付けます。さらに、いろいろな部分のディテールの色を加えていって、こういう状態になっていきます。この後の段階では、フィルターをかけて、またさまざまなニュアンスを乗せていきます。最終的に出来上がったバスルームの背景がこちらです」


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■背景を描く仕事

デッサン 「バスルームの他のアングルの絵もあります。背景の一例ですけど、これは元々あった線画のレイヤーを取ってあって、色を乗せただけの絵になっています。なので、ちょっと物足りないなという印象があるかもしれないです。こういう背景の上にキャラクターを乗せると、輪郭線のある人物と線画のない背景の間に違和感が生じると思うんですが、それを修正するために背景にあらためて線画を乗せます。そうすると人物と背景が同じ世界にいる感じが出るわけです。これが、あらためて線画を乗せた背景の一例です。これはキッチンの絵ですね。こんな台所が自分の家にもあったらいいなと思う人はフランスにもいると思います(笑)。今どきの映画と比べると一昔前の世界を描いているので、人によってはちょっと古臭いと思われるかもしれません」


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デッサン 「背景を描く時は枠線を外れてワーっと描いちゃったりするものなんですけど、この背景の仕事っていうのはやっぱり描くことが好きじゃないとなかなかできないんじゃないかと思います。実際の自然の質感とか色彩をきちんとおさえることも大事なんですけれど、それと同時に自分だったら一筆で岩場が描けるとか、葉っぱが描けるとか、それぞれ得意なところがあったらそれを大いに生かして、自分のタッチで楽しんでやるというのも大事だと思います。背景の仕事でこうやって自然を描いたりするというのは、担当するスタッフにとって、おそらく普段描いてる仕事とは異なるものになるんだろうと思います。習字や水墨画の世界に例えると、墨を紙に乗せて、にじみを生かした表現をしたりすることがありますよね。背景の仕事も色をのせていく以外に、自分の筆のタッチとか、その他の要素による効果がいろいろあって、そういう意味ではとても複雑な仕事になるのではないかと思います」



■長いシークエンスをどのように制作するか

デッサン 「次にアニメーション全体についてのお話をしようと思いますが、テレビシリーズを作ろうという時にはまず経済的な理由で、なるべく絵を動かさない場面を考えなくてはいけません。例えば、人の足が地面を踏ん張るとか、ベルを鳴らすとか、決して映画的ではないシークエンスも入れざるを得ないわけです。逆に、長編映画になった場合は長いシークエンスをどう作るかが問題になってきます。観客は長い時間ずっとある人物を追っていくわけで、彼に感情移入しながらついていかなければなりません。それをどう作るかが長編では問題になります。

今流しているのはラフ版の映像です。10秒を超える、このぐらい長いシーンになると、たくさんの絵を描かなくちゃいけないので大変なんですが、『森に生きる少年』には30~40秒のシークエンスが結構あるんです。さらに長編作品で難しいのが、自然を生き生きと描かないといけないというところです。この自然というのは森だけでなく、例えば風とか、火事のシーンの炎の描写とか、そういったさまざまな動きのあるものをどうやってきちんと見せるかが難しいのです。この映画の川の水の表現について"これは3Dアニメか?"と聞かれることが多いのですが、これは普通の作画とFLASHアニメを混ぜ合わせて作りました。いろいろな特殊効果の部分はパソコンで作るわけですけど、それ以外のところはすべて紙の作画になっています。これは『長老の猫』とは一線を画しているところです」


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デッサン 「例えば、木を動かすシーンの場合は、まずこうやって木を1本描いて、それをバラバラに分解していくんです。1枚目の紙には幹を描いて、2枚目は枝と葉、3枚目は小枝が2つぐらいというふうにして、それを1枚ずつ重ねていきます。さらに、葉っぱが生い茂ってる部分も別の紙に描いていきます。それをパソコンに取り込んでAfter Effectsというソフトを使うと、こういう感じで三次元で作業ができます」


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デッサン 「それぞれ分解して描いた木の要素を取り込んで、レイヤーにして動きをつけることで三次元的な表現もできるというやり方で、大変複雑な作業ですけど、木の表現などはそうやって作りました。雪が降って嵐になるようなシーンでは、降ってくる雪のひとつひとつを描いて、それを動かす作業というのがあります。最初はある程度大雑把だったものが、色や動きをつける段階で、少しずつ洗練された表現になるようにしていきます。なので、背景を作るにあたっては特殊効果専門の人だけではなく、いろいろなスタッフが共同作業をしていきました。今回の作品では、背景を絵画的な表現にしようというところで1人に任せきりではなく、いろいろなスタッフがそれぞれのかたちで参加することで協力して作りました。これは日本のアニメの現場でも同じような状況かと思います。そろそろ時間も無くなってきたようなので私のほうからはこんなところで、もし質問があれば伺います」

 「ありがとうございます。質問があるという方はどうぞ」



■電線が象徴するもの

参加者 「アニメーションの用紙の話で、日本だとタップと呼ばれる穴の位置が上にあるんですけど、フランスでは穴の位置は下なんですか?」

デッサン 「アメリカもそうなんですけど、フランスでは下に穴があいた用紙を使うのが昔からの通例になっています。さきほど韓国で仕事をしていたと言いましたけど、その時は日本のアニメの下請けをする機会も多くて、タップが上についた紙で作業をしていました。実際、タップが上に開いてたほうがいろいろと便利なことは分かりますが、欧米では慣例として昔から下についたものをよく使っています」

参加者 「主に2Dのセルアニメで作ったとのことですが、今は日本のアニメやピクサー作品で3DCGのポリゴンモデルを使ったものもありますよね。それぞれの違いやメリットなどがあればうかがえればと思います」

デッサン 「私の作品の場合には、まず根本的に予算と人手の問題がありましたので、いわゆる完全な3D表現はある程度諦めざるを得なかったということがあります。最先端の3D表現はとても素晴らしい作品を生み出していますけど、娯楽作品ということだけでなく、人の心の問題をきちんとおさえるような優れた作品を作るには、最終的にセル表現が一番良いだろうと思っています。見た目の面白さだけでなく、さらに深い内容のある物語を効果的に表現できるようになれば、3Dも理想的な手法だと思います」

参加者 「欧米の人達から日本のアニメに関して"なぜ日本人は電線や電柱を描きたがるのか?"という指摘があって、これらを描くのは日本人だけなのかなと思っていたんですが、『森に生きる少年』の中で電線が一種のメタファーとして表現されていて、そのあたりに何かこだわりがあるのかなと気になりました」


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デッサン 「ご指摘のとおり『森に生きる少年』の中で描かれた電柱や電線は、森から決して出ることのなかった主人公にとって、外の世界を象徴する一種のメタファーになっていると思っていただいていいと思います。彼が初めて森から出る時に、カエル男やまわりの人物に励まされて、ためらいながら外に行くシーンがありますけど、あそこでも主人公にとって外の世界が電柱と電線に象徴されています。彼が森から外に走って出て行く時、電柱や電線を指して"一体これはなんなんだろう?"みたいなわざとらしい表現はせず、電柱や電線を絵で見せることで済ませているわけです。この作品の中で電柱や電線は、彼がずっといた森と外の世界の境目を強調する役割を担っています」

 「では、最後の質問にしましょうか」

参加者 「『ラッキー・ルーク』『長老の猫』の2作がBD原作、今回の『カラスの日』が小説原作ですけど、アニメーション監督としての今後の予定、または作品化したいものは頭の中にありますか?」

デッサン 「残念なことに私自身のオリジナルストーリーを映画にすることは、ほとんど不可能と言っていいかと思います。それはプロデュース面で、ある程度あらかじめ知られた作品のアニメ化ということじゃないとなかなか資金調達が難しいからです。仮に、自分のオリジナルストーリー企画にお金を出してくれるプロデューサーがいたとしたら、それは"明日家が無くなってもいいから賭けてみよう"ぐらいの世界なわけです(笑)。ですから、なかなかオリジナル作品というわけにもいかないので、今のところ可能性があるのは他所からお話をいただくというかたちです。それはBD作品のアニメ化であったり、あるいは私自身が現在あたためている企画で小説のアニメ化であったり、という感じでしょうね」

 「ということで、ジャン=クリストフ・デッサンさんのお話をうかがいました。ありがとうございました」


〔通訳:鵜野孝紀〕
〔編集協力:小林大樹〕



というわけで、2回にわたってアニメ監督ジャン=クリストフ・デッサン氏のお話をお送りしました。

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(※BD研究会についての詳しい説明はコチラ

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