COLUMN

【BD研究会レポート】日本在住のアニメーター兼BD作家クリストフ・フェレラ氏を迎えて③


3回にわたってお送りしてきました
クリストフ・フェレラさんを迎えてのBD研究会レポートも今回で最終回です。
(過去の記事はこちらから→ 第1回 第2回

前回に引き続き、質疑応答を交えながらBD作品『ミロの世界』の制作裏話と、
BDの作画テクニック、アニメとの違いなどより深く掘り下げたお話を伺っていきます!

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* * *

■BD特有の作画手法

 「クリストフさんはずっとアニメ制作に携わってきたわけですが、BDを作るにあたって、例えばフキダシの位置なんかに悩んだりはしませんでしたか?」
 
フェレラ 「ずっとフキダシのないアニメの世界で仕事をしてきたので、バンド・デシネを描くにあたって、"フキダシを入れると俺の絵が隠れてしまうなあ"ということは、まず気になりました。フキダシを入れる位置についてはやはり難しいものがあって、自分自身まだしっかりとわかっているとは言えません。ただ、原作のリシャールがもともとバンド・デシネの作家なので、彼にいろいろと指摘されたり、直されたりして、形にできたと思います。

例えば、誰かが驚くシーンを描こうと思った場合、左側に驚いた顔を描いて、その右側にフキダシで「びっくりした!」みたいなセリフを入れてしまうと、バンド・デシネは左から右に読むので、読者は一度右側のフキダシを読んでから左に戻って人物の驚いた顔を確認する、という視線誘導上の無駄な動きが発生してしまいます。だから、まずフキダシを左のほうに置いて驚いたセリフを、その次に驚いた人物の顔を入れるというかたちをとります。読者にどう読ませたいか、読者の視線をどう誘導するかということを考えて画面を構成する必要があるんです。そういったものについては、まだまだ自分ひとりでは自信を持ってできていないですが、『ミロの世界』については、先ほども言いました通り、リシャールにいろいろと助けてもらってます」

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フェレラ 「私はもともとアニメの世界で仕事をしていたので、人にものを見せて説明しようとする時には、ものを足していこうとする癖があるんです。例えば――これを縄だと思ってください」

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フェレラ 「縄の先にカギが付いている縄です。これが3つあります。原作には、このカギの付いた縄が、窓から出て地上に落ちる、という状況を描いてくれとあったんですが、やはり自分の中にある画面構成だとアニメ的なものが出てきてしまうんですね。つまり、こういうふうにしたんです。窓から3本の縄が出ているコマがあって、次に地面に落ちるコマがある」

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フェレラ 「ここで原作のリシャールが言ってくれたわけです。"2コマもいらないよ。こういう時は、窓のそばに1つ目のカギがあって、2つ目は窓から出ていて、3つ目はすでに地上に落ちてる。こういうふうに描けば1コマで済むじゃないか"と」

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 「これは、エルジェがやったことですね」

フェレラ 「そう。こういう絵の描き方を『タンタンの冒険』の中でエルジェがやっているんです。つまり、人物の一連の動きを1コマの中で描くという」

参加者 「たぶん『金のはさみのカニ』か、もしくは『紅海のサメ』かな」

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▲タンタンの冒険シリーズ『金のはさみのカニ』より


 「これって、すごくBD的な手法ですよね」

参加者 「日本の漫画と明らかに違う、海外漫画の独特の文法ですね。いわゆる"省略"というか」

 「そうですね。省略とか、あるいは経済的な描き方」

フェレラ 「日本の漫画と比べるとバンド・デシネはページ数が少ないので、ある程度限られたスペースで描くということですね」

参加者 「手塚治虫以前は、わりと日本もBD的な描き方だったような気がするんですよね。手塚治虫がアニメーションとか、映画の手法を漫画に取り入れたっていうのがあるので」



■紙に印刷される仕事

参加者 「絵を描く時はタブレット端末を使ってるんでしょうか?」

フェレラ 「はい、タブレットです」

参加者 「普通のタブレットですか、それとも液晶の?」

フェレラ 「普通のですね。でも次はどうしようか考えています。MacBookで作ってるんですけど、古いパソコンなので画面は小さいし遅いしで、ちょっとツラいんですよね」

 「レタリングは別の人がやってるんですか?」

フェレラ 「いえ、イメージがあるので全部自分でやってます。フォトショップを使えば簡単ですし。基本的に描きながら文字も付けています」

参加者 「先ほど"色が気に入らない"とおっしゃっていましたが、どうしてそうなってしまったんでしょうか?」

フェレラ 「全体的にはそれほど失敗したとは思ってないんですが、やはり細かい部分で明るいところと暗いところのコントラストがちょっと強すぎるのと、暗すぎてディテールが見づらくなっていたりするところがあって、それに関しては満足していないです。自分にとって紙に印刷する仕事は初めてなので慣れていなくて。もともと映像の世界ではモニターを見て仕事をしていて、モニターでは明るく見えるんですが、紙に印刷されると違うんだなと今回実感したところです」

 「ああ、なるほど。自分で彩色した色ではなく、印刷がということですね」

フェレラ 「フランスに住んでいたら印刷所でカラーチェックできるんですけど、今は日本に住んでいて、それができませんでしたから」



■BD作家が抱える責任

参加者 「日本のマンガは、まず週刊誌などで連載されて、それを単行本にまとめるというかたちが多いと思うんですけど、フランスの場合、絵本みたいな感じでポンッといきなり本が出版されますよね。日本だと、連載中に読者アンケートを取っていて、作り手はそのアンケートを参考にして、時にはストーリーを変えなきゃいけなかったり、編集者の意向も影響したりしますが、フランスの漫画家さん達は、自分が"こういうものを作りたい!"と思ったものが作れる環境があるということでしょうか?」

フェレラ 「日本と比べると、フランスのバンド・デシネは"作家の意向が一番"だということは言えると思います。それには良い面もあれば、悪い面もあります。自分に関して言うと、とりあえず自分の好きなことを思いっきりできるというのが良い面ですね。悪い面としては、日本のようにアンケートはないけれど、代わりに売れなかったらそれなりの結果がもたらされます。さきほど、幸いなことに『ミロの世界』の1巻は売れていると言いましたが、仮にこれが売れていなかったら、出版社によっては"1巻目が売れなかったから、もうこれで終わりだな"と言われる可能性もあります。フランスでも、30年ぐらい前までは連載誌があったんですが、残念ながら無くなってしまって、今ではほとんどの作品が描き下ろしです」

大西 「今日たまたま、『Les ignorants』(※BDfile紹介記事参照)っていう本を持ってきているんですが、その中で主人公2人がフュチュロポリス(Futuropolis)という出版社を訪ねる場面があるんです。それによると、ある大手の出版社で、1年に持ち込みされる原稿の数が800、実際に出版されるのが50で、その中の40はもうすでに名を成した作家たちなんだそうです。ということは、新規の作家はたったの10なんですね。ひとつの例としてご参考までに」 翻訳者の大西愛子さん〕

 「確かに、出版社や作家の傾向にもよりますが、新人はなかなか世に出にくい気がしますよね」

フェレラ 「今はなかなかバンド・デシネの業界も厳しいですから。きちんと売れるっていうのは難しいですね」

参加者 「編集者と原作者と作家の関係性って、BD関係のイベントでもよく出る話なんですが、『闇の国々』の原作者のブノワ・ペータースも、何年か前に『モーニング』で仕事をした経験から「日本では編集者の存在が大きい」ということを言っていました。それでなんとなく、日本は江戸時代の浮世絵の版元にはじまって、出版社が強いみたいな文化が脈々と続いてるのかなと思ったりしていて。フランスは作家と原作者の信頼性でわりと自由に描けるというのがとても素晴らしいと思うんですけど、それだけ責任を持って自分の物語を作っていかなきゃいけないのは大変だなと思いますね」

 「クリストフさんは、BDでも漫画でもいいんですけど、日本のような編集者がいて、一緒にお仕事できそうだと思いますか? BD作家の方は編集者から何か言われるのが嫌だとよく聞くんですけど、どうですか?」

フェレラ 「あんまりうるさいと辞めちゃうかもしれません(笑)」

 「それはそうですね(笑)」

フェレラ 「さきほど、フランスのBD作家は責任が大きいという話がありましたが、さらに言うと、日本のようにアシスタントを抱える習慣がないので何から何まで自分達でやらなくちゃいけないんですね。個人的には、アニメの世界にいたこともあって、かつては出来上がった作品を観る時に"これはみんなで作ったものだ"という思いが強かったんですが、バンド・デシネの場合、"全部自分でやったものだ!"という思いが強いです。ですから、もしも作品がイケてないんだとしたら、自分がイケてなかったってことですね(笑)」



■アニメ制作の経験を生かして

参加者 「現在BDを描かれていますが、アニメーターも続けていかれるんですよね。そうなると、BDで培ったことを将来的に自分のアニメーションにフィードバックするなんてこともあるでしょうか?」

フェレラ 「おそらくアニメとバンド・デシネの影響は双方向にあると思うんです。先にアニメをやっていて良かったなということは、アニメの世界で仕事をしてきた経験があることで、一般のバンド・デシネの作家さんよりも早く描けるということです。これはアニメ業界での経験がとても生きてる点だと思います。また、バンド・デシネでアクションを表現するような時にもアニメの経験が生きてるのかもしれません。反対に、バンド・デシネの経験がアニメに何か与えるとしたら、例えば『ミロの世界』の評判が良くてアニメ化しようなんて話になった時には、バンド・デシネからアニメの世界に戻していくような作業になると思います。実は、今ちょうど2巻目の告知映像をアニメで作っているところなんです」

参加者 「それは誰かにお願いしてるんですか?」

フェレラ 「自分で描いてます。特にギャラとかはないんですが(笑)。8月に本が出るタイミングにあわせて公開しようと考えています。出版社でも新刊の告知ムービーを作るんですけど、適当にページをスキャンして動かしたりとか、あんまり大がかりなことはできないので、それなら自分で作ろうと思って。

アニメの現場にいた時は、自分が描いたものを作画監督にチェックしてもらって直される、という手順を必ずとらないといけなかったので、それなりにフラストレーションも溜まっていたんですが、今回『ミロの世界』第2巻の告知ムービーを作るにあたっては、まず自分のためだということがありました。自分の作品の告知ムービーを作って公開できるのは嬉しいことですし、そういうかたちで役に立つのであれば、と思って1分ぐらいのムービーを今作っています」

参加者 「今の話に関連してですが、労働環境としての日本のアニメ制作現場ってどう思われました?」

フェレラ 「かなり大変な労働環境ですね。ですから、以前と比べてアニメ関連の仕事量は減らしました。やっぱり、苦労しても報われない部分もありますし、子供も出来たので家族のことも考えなきゃいけないですから。おかげさまで、今ではバンド・デシネで食べられるようになってきてるので、アニメに関しては自分でぜひやりたい!と思うような仕事でなければ控えめにしたいと思ってます。ただ、日本のアニメ業界の友人も多いので、飲みに行ったりお茶に行ったりすると、必ずアニメの話になって、それはちょっとツラいですね。やっぱり、そういう話を聞かされると自分もまたアニメの仕事をやりたくなります。でも実際にやれば、いろいろと不満も出てきて、決して良いことにはならないというのもわかっているので、そういう意味でもジレンマを感じています」

参加者 「日本のアニメ、あるいはマンガの中で、一番好きな男性キャラクターと女性キャラクターを教えてください」

フェレラ 「難しいなあ(笑)。『ドラゴンボール』の孫悟空かな・・・・いや、ベジータだったなあ。その頃ベジータがカッコよかったですね」

 「意外と普通のキャラクターでホッとしますね(笑)」

フェレラ 「女性は・・・・ナウシカかなあ。あんまりそういうことを考えたことがなくて、急に振られたのでなかなか出てこないですね。なので、今晩考えて明日になったら全然違う答えになってるかもしれないです」

 「ちなみに好きなアニメ、マンガだったらどうですか?」

フェレラ 「最近の漫画だと『ONE PIECE』が好きです。あと漫画でもアニメでも一番衝撃を受けたのは『AKIRA』ですね。15、6歳の時に当時パリの郊外に住んでいて、初めてひとりでパリに行って、ひとりで『AKIRA』の映画を観に行ったんです。そんなに観てないんですけど、最近のアニメだと6年前に放送していた『電脳コイル』、『天元突破グレンラガン』とか、そのあたりが良かったですね。あとは、劇場アニメで宮崎駿、細田守、今敏の作品が大好きです」

 「ということでクリストフ・フェレラさんにお話をうかがいました。クリストフさんありがとうございました!」


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〔通訳:鵜野孝紀〕
〔編集協力:小林大樹〕

* * *


以上、3回にわたって、BD研究会のレポートをお送りしました!
BDとアニメ、日本とフランス、という二つの世界を知るフェレラさんだけに、
興味深いエピソードをいろいろ伺うことができた回でした。

これを読んでBD研に興味を持った方は、ぜひ一度気軽にBD研に足をお運びください。
(※BD研究会についての詳しい説明はコチラ

BD研レポート、また次回をお楽しみに!


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