INTERVIEW

【メビウス一周忌企画】インタビュー:大友克洋が語るメビウス(後編)


今回は引き続き、メビウス一周忌企画として
インタビュー「大友克洋が語るメビウス」の後編をおおくりします。


(前編はコチラ



* * *



■「俺、2冊持ってるよ」


―― さっき『インサイド・メビウス』の話が出ましたけど、あれって今なかなか手に入らないんですよ。


大友 そうなの? 『インサイド・メビウス』は、ロゴスでも売ってたと思うけど。


―― 2~5巻はあるんですけど、1巻と6巻がないんです。フランスでもプレミアが付いていて、元は20ユーロなのに200ユーロぐらいするみたいで。


大友 そうなんだ。最後の6巻は特にいいよね。カルティエ財団美術館の「メビウス展」〔※1〕で使われたメインビジュアルの絵も入ってるし。


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▲『Moebius Transe Forme』図録


―― 『TRANSE FOR ME』の表紙ですね。


大友 そう、机からグニャグニャが出てるやつ。あの図録は買った?


―― 買えなかったんですよ。


大友 俺、2冊持ってるよ。


―― 本当ですか!? 売ってください!


大友 やだよ(笑)。


―― あの図録も、もう手に入らなくて貴重ですよ。たぶん、たいへんな高額になってます。


大友 「メビウス展」は行きたかったんだけど行けなくてね。だから、行った人に頼んで買ってきてもらった。展示はどのぐらいの規模だったんだろう。


―― もう大回顧展だったらしくて、近くの駅に大きなポスターがたくさん貼られてすごかったそうですよ。京都で大友さんと対談した時に取った、ペンを持ってるメビウスの手型も飾られてるとか。〔※2〕


大友 へえー。実は、俺の原画展の図録も、最初「メビウス展」の図録を持っていって「こんなの作りたい」って言ったんだよ。


―― あれを参考にしたんですか。


大友 みんなから「これはできないよ」って言われたけど・・・・(笑)。


―― ものすごく凝った作りですもんね。


大友
 まず、図録の文章に何が書いてあるかを翻訳してもらったの。そしたら、メビウスと原子力関係者の不思議な対談と昔の評論が載ってるだけだったんだよ。こっちも今からそんなにたくさんは書けないから文章のところは昔のインタビューだけ使おう、と。本当にバタバタで作ったんだ。印刷会社が泣いてたね(笑)。



■自分のことを語る必要はない


―― 大友さんは自伝的な作品は描かないんですか?


大友
 自伝?・・・・うーん、自伝が面白いとは思わないからなあ。


―― 漫画を読むほうとしては凄く興味ありますが。


大友
 いや、だってメビウスも自伝をやってるわけじゃなくて、自分の漫画世界を表現してるだけだから。自分で描いた漫画のキャラクターの中で、自分が話をしているだけ。『インサイド・メビウス』には、ホドロフスキーは出てこないし、前の奥さんも出てこないし、今の奥さんも出てこない(笑)。自伝とは言えないよ。


―― 自分の頭の中にある世界をちょっとだけ見せてるような?


大友 そう。だから、日本の私小説みたいなことをしてるわけではない。セリフが分からないから、内容を全部知ってるわけじゃないけど、自分が描いてきた作品世界の中で旅をしてるんだと思うけどね。日本人はすぐに自分の生い立ちから何から描いてしまうけど、メビウスは描いてない。最初に描いた『まわり道』っていう作品の時に、少し家族とのことを描いてるぐらいじゃないかな。そのへんは意外としたたかで、あんまり自分を出したりしてないんだ。でも、本当は自分の中も大変なんだと思うよ。


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▲『まわり道』(La Déviation, Pilote, 1973)


―― 子供の頃、離婚してはなればなれになってたお母さんに会いにメキシコへ行ったりとかしてますもんね。たぶん、思春期にいろんな不満とかもあったんだろうと思いますが、そういうのは描いてないですね。


大友 読者はメビウスが作った世界の話を読んで楽しいと思ってるだけだから、別にジャン・ジローの子供の頃の話を聞いてもしょうがないと思うんだよ。もしかしたら、そういう部分も少しずつ、いろんな作品の中で出てるのかもしれないけど、あえてそんなことはしてない。それが格好いい。



■先駆者であるということ、最初にその世界を発明するということ


―― いまさらの質問ですが、大友さんがメビウスの作品でいちばん最初に見たのはなんだったんですか?


大友 『アルザック』じゃないかな。


―― それは『メタル・ユルラン』〔※3〕で?


大友 いや、単行本で。あれはサイレントなんだよね。セリフがないから全然OKだった。


130320_03.jpg   アルザック ARZACH

  LesHumanoïdes Associés
  1976


―― 不思議な作品ですよね。例えば女の子がいると思って近づいてみたら、それが実は怪物で、慌てて逃げるだけの話だったり。メビウスの作品には、そういう、わりとどうでもいいことを言ってるんだけど絵の力で見せちゃう、というようなものも多い気がするんですが。


大友 日本人はどうしてもテーマとかストーリーを探そうとするから。感覚が違うと思うんだけどね。メビウスはストーリーじゃなくて絵だから。「この世界観を描いた」というところに、みんなびっくりしたんだよ。あとで評論家が「ストーリーはつまらない」とか分析するんだけど、そうじゃなくて、いちばん最初にそれを描いたのが素晴らしいっていうこと。「ストーリーがない」って糾弾するのは簡単だけど、じゃあお前は描けるのか、と。物を作る人間は、最初に描いた人を凄いと思うわけ。「俺もこれぐらい描けるよ」とか言うやつもいるけど、それは見たからだろ? いちばん最初に、何も見ないで、あの世界を描いたってことが素晴らしいんだよ。その世界に話があろうが無かろうが、そんなことは問題じゃない。


―― つまり、絵の"発明"みたいな・・・・。


大友 まさに発明だね。それまでになかったんだもん。メビウスが描いたから、あの世界が始まったんだ。手塚治虫がいなかったら始まらなかったように、全てのことは誰かが始めなければいけない。それはみんなちゃんと考えなきゃいけないことだと思うよ。


―― 先駆者へのリスペクトということですね。


大友 そう。みんな最初は「変だ」って言われるんだ。それでも達成した先駆者は素晴らしい。だから、みんな独自のことをやらなきゃいけないんだよ。漫画は教えようがないからね。その人がどんな風に描けばいいかっていうのは自分で考えないといけない。その人がその人にならなければいけないんだよ。それは、ジャン・ジローがメビウスになったみたいに難しい。


―― そのあたりが伝わってか、ようやく日本でもメビウスの作品が出版されて、ちゃんと書店の棚に置かれて売られるようになりましたね。本が売れないこの時代に、高くても売れているというのは、やはりそれが"本物"だからということなんでしょうか。


大友 やっと物の見方が成熟してきたのかもしれないね。


―― メビウスが亡くなって、その直後に大友さんの一区切りとなる原画展があったっていうのも、何か縁を感じるタイミングですが、メビウスのスタイルを継いでいく、というようなことは考えたりしますか?


大友 いや、メビウスは大好きだけど、メビウスの後を追うつもりはないよ。やっぱり、自分は自分のやるべきことをやるだけだよ。メビウスに教えてもらったのはそういうこと。「自分のすべきことをやるんだ」「自分の絵を描けばいいんだよ」って。その過程で、さっき話した"引いて見る"感覚とか、ものの考え方だとかは勉強すべきだと思うけど、だからといって絵が一緒ではしょうがないんだ。次の人間は次のことを考えなきゃいけない。メビウスがあんなに素晴らしいものを提供してくれたんだから、俺達はあれを勉強して自分の作品を描くべきなんだと思うね。



(2012年5月18日・吉祥寺にて)
(聞き手:津久井利明)



※1―メビウスの大回顧展「MOEBIUS-TRANSE-FORME」。2010年10月12日から2011年3月13日にかけてパリのカルティエ財団現代美術館で行われた。
※2―2009年5月、最後に来日した際にとられたメビウスの石膏手型。メビウス本人の希望で同じ手型が二つとられ、後日出来上がった石膏手型が京都国際マンガミュージアム職員によりメビウスに手渡された。残る一つは京都国際マンガミュージアムにて常設展示されている。
※3―メビウスが、フィリップ・ドゥルイエら3人の仲間達とともに立ち上げた出版社レ・ジュマノイド・アソシエで、1975年に創刊した雑誌。『アルザック』は創刊号に掲載された。



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