REVIEW

アングレーム読者賞受賞! 1920年代に実在した女装の脱走兵を描く衝撃作『悪趣味』


昨年、アングレーム国際漫画祭でキュルチュラ読者賞に輝いたBD『悪趣味』。

男性作家が圧倒的に多いBD界において、まだまだ珍しい女性作家による作品で、
第一次世界大戦中に脱走兵となり、
逃げのびるために女装することを余儀なくされた男とその妻
を描いた物語です。

あらすじだけでも非常に気になるこの作品を、
『サルヴァトール』『フォトグラフ』などの翻訳を手がける
翻訳家の大西愛子さんにレビューしていただきました!



* * *




今回ご紹介するのはクロエ・クリュショデ作の『悪趣味(Mauvais genre)』である。

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Mauvais genre
(悪趣味)



[著者] Chloé Cruchaudet
[出版社] Delcourt
[刊行年] 2013


昨年のアングレーム国際漫画祭では惜しくも最優秀作品賞を逃したものの、キュルチュラ読者賞を受賞。またACBD(フランスのBD批評家ジャーナリスト協会)主催の2014年BD批評大賞をはじめ様々な賞に輝いている。


ストーリーは以下の通りである。


第一次世界大戦前夜、ポールとルイーズはごく普通の若い男女として愛し合い、やがて結婚する。しかしポールの兵役のため、早々にふたりは離ればなれに。本来ならすぐに戻れるはずだったのだが、そこに第一次大戦が勃発し、ポールはそのまま前線に送られることになった。

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▲ポールとルイーズ


ドイツ相手の塹壕戦は苛酷を極め、中には脱走を試みる者もいた。ある日、脱走した仲間の一人を連れ戻しに向かったポールは、運悪く鉄条網に引っかかってしまう。そして自分を助けようと塹壕の中で立ち上がった仲間が、敵の攻撃を浴び、頭を吹き飛ばされるのを目の当たりにするのだった。目の前で起きたこの惨劇に打ちのめされたポールは戦意喪失し、とうとう脱走してルイーズのもとに帰る。


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▲過酷な戦争体験がポールの心に大きな傷を残す


だが戦時下において、脱走は重罪だ。ポールは身を隠してルイーズと暮らすが、それは息が詰まるような日々だった。ある日、ルイーズに促される形で、ポールは女装を試みる。ひげを剃り、すね毛を剃り、スカートをはき、胸につめものをし、帽子をかぶっておそるおそる外に出てみると、誰にも疑われずに街を歩けた。久々に味わう外の空気、自由。その日以来、ポールはシュザンヌと名乗り、おおっぴらに外に出るようになる。


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▲ルイーズの服を着て、町に出るポール


やがてルイーズが働いていた工房で同じようにお針子として働きだしたシュザンヌ。そこは女性だけの職場で、生真面目なルイーズに対し、シュザンヌはとても面白く、職場でも人気者だった。
ある晩、仲間たちに誘われ、仕事帰りにブーローニュの森に出かけたシュザンヌは、そこでさまざまな出会いをすることになる。1920年代、パリ郊外にあるブーローニュの森はある種の出会い、社交の場であり、あらゆる性の営みの場でもあった。シュザンヌはそこでも人気者となり、男女を問わず関係を重ねるようになってゆく。当然、妻のルイーズとの間も次第にぎくしゃくしていった。

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▲怪しげな人々の集まるブーローニュの森


終戦を迎えても、脱走兵に対する追求は相変わらず続いており、ポールはシュザンヌのまま暮らし続けた。だが、とうとう恩赦が下ると、シュザンヌは自分が女性として身を隠して暮らしていたことを世間に告白した。ラジオに出演するなどして一躍時の人となったポール。地に足のついたルイーズにとってはそんなところも不満の種だったが、ポールは彼女が嫉妬しているとしか思わない。

晴れて男性としての身分を取り戻したはずのポールだったが、一度狂った運命の歯車は、もう元に戻ることはなかった。男に戻ってもなお化粧をし、マニキュアをし、自分の性のアイデンティティを見失って混乱していくポール。戦争中の仲間の死の影もトラウマとなって彼にのしかかり、やがて・・・・。


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▲次第に追い詰められていくポール。結末ははたして・・・・



結末をここで語ることはしないが、この作品は実話に基づいており、原案はファブリス・ヴィルジリとダニエル・ヴォルドマン共著の『ギャルソンヌと殺人者、狂乱の20年代に生きたルイーズと女装脱走兵ポールの物語』というノンフィクションである。


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La garçonne et l'assassin.
Histoire de Louise et Paul, déserteur travesti,
dans le Paris des années folles
(ギャルソンヌと殺人者)


[著] Fabrice Virgili / Danièle Voldman
[出版社]Payot
[刊行年] 2011


作者のクリシュショデはほぼ忠実に物語を再現しているが、原作では描けていない内面の動きなどを本作では巧みに描いている。また、当時のパリの風俗――女性が髪をばっさりと切り、今でいうマニッシュなファッションに身を包み、大股で闊歩するような時代、ブーローニュの森での性風俗など、あまり知られていない時代の側面が描かれていて、とても興味深い。

さらに、この作品で注目したいのはその色使いだ。色調を抑えた、ほとんど単色で描かれた絵の中で、「赤」が差し色のように効果的に使われている。実はこの「赤」には意味があり、最初はルイーズの服の色なのだが、その後女装するポールの服の色に変わり、女装が進むにつれ鮮やかになっていくのだ。ポールが男性に戻った時も名残のように朱色として使われている。これは二人の間の倒錯している女性性の象徴と言えよう。

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▲左から、ルイーズの服の色、女装したポール、再び男性の姿に戻ったポール


ポールの描き方も巧みで、最初はむしろマッチョなくらい男らしいのだが、徐々に女性らしく変化していく。それはファッションだけでなく、歩き方、身のこなしなどにも現れている。


そしてタイトルの『Mauvais genre』。この言葉は一般に「悪趣味」とか「ガラが悪い」などという意味に使われる。しかし、この本に関する限り、別のとらえ方もできる。「Genre」はジェンダー、性別を意味する。「Mauvais」は悪いという意味だが、「正しい」という意味の反対語でもある。つまり「Mauvais genre」は、正しくない性、偽りの性という意味にもなるのだ。事実、「mauvais genre」で検索すると同性愛関連のサイトに行きあたったりもする。


最後にこの本の作者、クロエ・クリシュショデについて書いておこう。彼女は1976年フランスのリヨン生まれ。リヨンのエコール・エミール・コール、その後パリのゴブランで学び、最初はアニメーションの仕事に携わっている。2006年に他の漫画家との共著でBD界にデビュー。単独での作品は2006年にノクチュルヌ社から『ジョゼフィーヌ・ベーカー』、デルクール社から2008年に『グリーンランド・マンハッタン』(ルネ・ゴッシニ賞受賞)、2009年に『イダ』シリーズ(全3巻)などがある。

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▲Joséphine Baker ▲Groenland Manhattan ▲Ida


いずれも実話に基づいた話で、これまではシナリオも作画もひとりで行っていた。あるインタビューによると、次回作は初めて他人のシナリオでの作品となり、トマ・カデヌ(Thomas Cadene)と組むことになっているという。
今回の『悪趣味』を機に一躍注目されるようになったクリシュショデだが、圧倒的に男性作家の多いBD界でどのように活躍していくか、今後が楽しみな作家である。


Text by 大西愛子

REVIEW

こんな会社はいやだ! アヌーク・リカールが描くおかしなブラック企業


以前、フランスの女性BD作家ニーヌ・アンティコの紹介記事
これまでに日本で紹介されているBDのイメージとはちょっと違うBDの魅力を教えてくださった
フランス語翻訳家の新行内紀子さんから、
「またちょっと面白いBDを見つけました!」との連絡がありました。

それはぜひご紹介いただかなくては!
というわけで今回は、子ども向けのほのぼのBD......と見せかけて、
かなりブラックな異色のBD『こちら鳩時計のブゾン社(Coucous Bouzon)』を
新行内さんにご紹介いただきます!

131225_01.jpg こちら鳩時計のブゾン社
Coucous Bouzon


[著]Anouk Ricard
[出版社]Gallimard
[発行年]2011

≫試し読み


* * *


パリの書店でこの『こちら鳩時計のブゾン社(Coucous Bouzon)』を見つけた時、8歳になる息子のお土産にしようと思った。表紙が決め手だった。鳩時計の下で、サラリーマン風の恰好をしたマルチーズ、カモやアフリカゾウやライオンたちが記念撮影をしている!! かわいい! 絵も色もポップで子どもが喜びそうだ。

作者はアヌーク・リカール(Anouk Ricard)という女流作家だ。鳩時計の会社(?)で起こる楽しい日常の物語なんだろう。おまけに2012年のLibération紙(フランスの大手新聞)漫画賞の受賞シールが貼ってある。よし、お土産はこれで決まり!! 他のBDと一緒にレジで会計を済ませた。


帰宅して最初の数ページを読んで気付いた。
「これは息子には読ませられない......」
予想に反して、内容がブラックすぎるのだ。そう、これはブラック企業鳩時計のブゾン社の物語だった。


ここで著者であるアヌーク・リカールを簡単にご紹介しようと思う。
1970年、南仏で生まれた彼女はエクサンプロヴァンス、ストラスブールのアートスクールでイラストレーションを専攻、その後マルセイユに拠点を移し、子供向けの作品を数点出版する。再度ストラスブールに戻った後、『アンナとフローガ』シリーズや『トゥミ警視』を発表している。近年では2010年にGallimard社から『パッチとありんこ』を出版、またテレビ番組の短篇アニメを監督するなどその活躍は多岐に渡っている。

131225_02.jpg アンナとフローガ 1~5巻
Anna et Froga T1~5


[著]Anouk Ricard
[出版社]Sarbacane
[発行年]2007
131225_03.jpg トゥミ警視
Commissaire Toumi


[著]Anouk Ricard
[出版社]Sarbacane
[発行年]2008
131225_04.jpg パッチとありんこ
Patti et les fourmis


[著]Anouk Ricard
[出版社]Gallimard
[発行年]2010

≫試し読み

今回ご紹介する『こちら鳩時計のブゾン社』を含め、現在までに4度アングレーム国際漫画祭に作品がノミネートされている人気作家だ。


さて、『こちら鳩時計のブゾン社』に話を戻そう。


ストーリーは主人公のカモ(?)のリシャールが鳩時計メーカー、ブゾン社の入社面接を受けるシーンから始まる。面接官の社長はおかしな質問ばかりしてくるし(しかも履歴書の写真に髯を描かれたり......)、案内されたオフィスの水槽にはペットの金魚が死んでそのままにされているし、会議室の椅子はめちゃくちゃに壊れている。おまけに採用条件は高性能パソコンを会社に持ち込むこと!! リシャールはそんな会社に不安を覚えながらも入社を決めるのだが......。

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おかしいのは社長だけではなかった。逆セクハラのお局様すぐにパニックを起こす上司超生意気な研修生。ブゾン社は癖のある社員ばかり。

そんな中、リシャールは彼の前任者、ライオンのギイが謎の失踪を遂げていることをテレビの番組で知ることになる。一体ギイはどうして姿を消してしまったのだろうか? そこには意外な結末が......。

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作者の他の作品にも共通することだが、登場人物は全て動物の姿をしており、その素朴で幼児性のある姿に描かれたキャラクターたちが、毒のある大人な台詞を話す、というミスマッチが面白い。


作品の中で、「会社」という部外者には閉ざされて一見真面目な世界の中に遍在する横暴や不正、矛盾などを描いているが、キャラクターの可愛さや絶妙な台詞に何度も吹き出してしまう。それも辛辣で毒のあるフランスならではの笑いだ。そして、自分の周りにもこういう人っているよな~としみじみと思ってしまう。もしかしたら、世の中の全ての会社がブゾン社と変わらないのかもしれない。外からは分らないだけでその内側はおかしなこと理不尽なことがまかり通る世界。そしてギイの失踪というサスペンス要素によって読者は作品に引き込まれていく。勿論アムールの国らしく、リシャールと女性社員ソフィの間の微妙な恋愛感情も描かれていて、それがこの作品をより魅力的にしている。


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アヌーク・リカールの作品は、本作を含め日本ではまだ紹介されていないが、以前にご紹介したニーヌ・アンティコの作品と同様、女性作家ならではの洗練された、今までに翻訳されてきたBDとは一味違う独特な作風を是非日本の読者の方達にも味わって頂きたいと思う。


(Text by 新行内紀子)




というわけで、今回が2013年最後の更新です。
来年も引き続きさまざまなBD作品、BDニュースのご紹介をしていきたいと思いますので、
ご愛読の程よろしくお願い致します。

みなさま、どうぞよい年末をお過ごしください!

(※次回の更新予定は1月15日〔水〕です)

REVIEW

いよいよ完結編! クリストフ・フェレラ『ミロの世界』第2巻レビュー


以前、BDfileでも取り上げて話題となった
日本在住のアニメーター兼BD作家、クリストフ・フェレラさんの最新作
ミロの世界』の完結編となる第2巻が、今年9月に発売となりました。

131113_01.jpg ミロの世界 2巻
Le Monde de Milo, T2


[著者] Richard Marazano, Christophe Ferreira
[出版社] Dargaud

そこで今回は、前回に引き続き翻訳者の原正人さんに
この『ミロの世界』第2巻をレビューしていただきました!
その前に、第1巻のあらすじは前回の記事からどうぞ)



* * *


リシャール・マラザーノ作、クリストフ・フェレラ画『ミロの世界』の第2巻が2013年9月に刊行された。


クリストフ・フェレラは今年10月に行われた第2回海外マンガフェスタのアーティスト・アレイに出展し、『ミロの世界』を販売していたので、もしかしたらその場でこの本を購入したという方もいるのではないだろうか。クリストフ・フェレラ本人については、以前BD研究会に彼を招いたときの様子を、BDfileで数回に分けて紹介しているので、ぜひそちらをご覧いただきたい〔記事下部、《関連記事》参照〕。アニメーターとしてフランスと日本で長く活躍し、この『ミロの世界』で初めてBDに挑戦した期待の新人BD作家である。


さて、さっそく『ミロの世界』第2巻に目を移そう。第1巻で湖の反対側の世界に迷い込んでしまった主人公のミロは、思いもよらぬ冒険に巻き込まれてしまう。第2巻の表紙には、彼の苦難を暗示するかのように、第1巻とは対照的な不穏なオレンジ色が使われている。

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▲『ミロの世界』第1巻、第2巻 表紙


第2巻のストーリーは以下の通りである。

湖を通り抜け、反対側の世界に迷い込んだミロは、その世界の住人たちに捕えられてしまった。

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▲気づくとミロは湖の反対側の世界に迷い込んでいた 〔第1巻P36〕

やがてミロは解放されたものの、魔法使いと呼ばれる人物によって送り込まれた巨大な怪物アクソトルたちの攻撃を受け、人々が住む村は壊滅状態に陥ってしまう。

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▲アクソトルによって壊滅状態に陥る村 〔第1巻P53〕

村が襲われたのはミロとヴァリアのせいだと言って、村人たちは二人を追放する。

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▲村を追われるミロとヴァリア 〔第2巻P4〕

ミロにはわけがわからないが、ヴァリアは事情を知っている様子である。二人が森へと逃げ込むと、村の少女ミンディがミロを慕って、彼らの後を追う。
一方、村には、ミロとヴァリアを探して、魔法使いの命を受けた頭巾の怪人物たちがやってきていた。二人が村を出たと知ると、彼らは二人を追って、森の中に入り込む。ミロとヴァリアは彼らをやり過ごすことに成功するが、ミンディが捕まってしまう。
突然姿を消したミンディを心配して村を飛び出してきたミンディの父ゾングが加わり、一行は、ミロとヴァリアをこの世界に導いた金色の魚を探して、湖を訪れる。

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▲怪人物たちに捕えられたミンディと、彼女を探すゾング 〔第2巻P11〕

しかし、その場所で彼らを待っていたのは魚だけではなく、一人の女性も一緒だった。彼女は、驚いたことに、ミロの母親であることを告げる。

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▲ミロの母親 〔第2巻P14〕

母親は死んだはずだと、なかなか信じようとしないミロに、彼女は昔話を語る。
もともと湖のこちら側に生まれたミロの母親は、特殊な力を持つ家系に属していた。幼い頃、湖で遊んでいた彼女は、ある日、ミロと同じように金色の魚に導かれ、湖の反対側を訪れると、ミロの父親と出会う。歳月が経ち、成人すると、二人は結ばれ、やがてミロが生まれる。時を同じくして、湖のこちら側とあちら側でさまざまな交流が生まれる。すべての住人が自由に行き来できるわけではない。境界を越えることができるのは、特殊な能力を持った人々だけだった。

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▲ミロの母親が語るかつての幸福な時代 〔第2巻P17〕

当初は幸福な関係が営まれていたが、やがて、湖のこちら側で、一部の能力を持った人々が、持たない人々を搾取し始める。それは戦争に発展し、尊い命が失われていった。その戦争のさなかに、献身的に人々に尽くしていた男が妻を亡くす。それこそ後に魔法使いと恐れられることになる人物で、ショックのあまり錯乱した彼は、生き残った人々に苛烈な攻撃を加え始める。

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▲妻を失った魔法使いは村人たちを攻撃し始める 〔第2巻P19〕

彼の力を抑え込むために、ミロの母親は、幼いミロを父親に託し、湖のこちら側にとどまらざるをえなかった。長い年月が過ぎたが、事態は解決しない。ミロの母親は、この世界に安寧を築くため、潜在的な力を持つミロの助けを必要としていた。それを察知した魔法使いは、事前に阻止するために追手を放ったのだった。実は、ヴァリアは魔法使いの娘で、彼女がミロの近くに現れたのもそのことと無関係ではなかった......。

ミンディを取り戻し、この世界の平和を取り戻すべく、一行は魔法使いのもとに向かう。はたしてヴァリアはどちらの側につくのか? 一行の運命やいかに?

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▲仲間たちとはぐれ、魔法使いに翻弄されるミロ 〔第2巻P28〕

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▲ミロ一行と魔法使いの最終決戦 〔第2巻P49〕


まだ邦訳の予定は決まっていないようだが、『ミロの世界』はすでにフランスで高い評価を受けている。さまざまなフェスティヴァルでさまざまな賞を受賞しているのに加え、『ジュルナル・ド・ミケ(=ミッキー・ジャーナル)』という子ども向け雑誌の読者グランプリも受賞している。もうそろそろ来年1月末から2月にかけて行われるアングレーム国際漫画祭のノミネート作品が発表されるはずだが、この作品がさらにこのアングレームの子ども向け作品賞にノミネートされる可能性もかなり高いだろう。今後の発表を楽しみに待ちたい。


『ミロの世界』を描き終えたクリストフ・フェレラは、現在、次回作『アルキュオネ(Alcyon)』を執筆中とのこと。原作は『ミロの世界』と同じリシャール・マラザーノである。古代ギリシアを舞台に、男の子と女の子の2人組が、両親と村を救うためにギリシア中を駆け巡る物語だそうだ。彼らは聖なる品物を探し求める過程で、さまざまな怪物や神々と出会うことになる。順調にいけば、第1巻は2014年4月刊とのこと。クリストフ・フェレラの今後のさらなる活躍を楽しみにしていただきたい。


(Text by 原正人)



《関連記事》

【BD研究会レポート】日本在住のアニメーター兼BD作家クリストフ・フェレラ氏を迎えて①
【BD研究会レポート】日本在住のアニメーター兼BD作家クリストフ・フェレラ氏を迎えて②
【BD研究会レポート】日本在住のアニメーター兼BD作家クリストフ・フェレラ氏を迎えて③

REVIEW

【来日決定!】アルチュール・ド・パンス『かわいい罪』


先週のBDfileにて、いよいよ開催決定となった
第2回海外マンガフェスタの情報をお知らせしましたが、
記事内でもお伝えした通り、今年も

ニコラ・ド・クレシー
フアンホ・ガルニド
アルチュール・ド・パンス


という超人気BD作家3名が、このイベントに合わせて来日する予定です。

ニコラ・ド・クレシー、フアンホ・ガルニドのお二人については
すでに単行本でいくつかの日本語版が出版されているので、
ご存知の方も多いかと思いますが、
アルチュール・ド・パンスに関しては、
まだよく知らない、というBDファンの方も多いのではないでしょうか。

そこで、アルチュール・ド・パンス来日にあわせ『カニ革命』(仮)改め、
カニカニレボリューション』の翻訳を手掛けた原正人さんに
アルチュール・ド・パンスの出世作『かわいい罪』について紹介していただきました。



* * *


先週のBDfileでは、10月20日(日)に行われる第2回海外マンガフェスタに出演予定の3人のBD作家、ニコラ・ド・クレシーフアンホ・ガルニドアルチュール・ド・パンスを紹介した。

この来日に合わせて、それぞれ翻訳の新刊が出版される。

ニ コラ・ド・クレシーは『フォリガット』(アレクシオス・チョヤス作、原正人訳、パイインターナショナル)、フアンホ・ガルニドは『ブラックサッド』第3巻「赤い魂」(フアン・ディアス・カナレス作、大西愛子訳、飛鳥新社)が刊行され、アルチュール・ド・パンスについては、以前BDfileで紹介した『カニの歩み』が『カニカニレボリューション』(原正人訳、飛鳥新社)というタイトルで刊行される。

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▲左から『フォリガット』、『カニカニレボリューション』、『ブラックサッド』第3巻(『フォリガット』以外は原書)


ニコラ・ド・クレシーは、熱心なBDファンには1990年代から知られていたはずだが、筆者が知る限り、日本できちんと紹介されたのは、2003年にいくつかの美術館を巡回した『フランスコミック・アート展』の際だったと思う。

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▲左:『フランスコミック・アート展』カタログ/右:『天空のビバンドム』より。同カタログではこのページが紹介されていた


そ の後、2005年の『Slip』(飛鳥新社)に『プロゾポプス』が、2006年には『JAPON』(飛鳥新社)に「新しき神々」(関澄かおる+フレデリッ ク・ボワレ訳)が掲載され、その仕事が日本語で読めるようになった。

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▲左:『Slip』/右:『JAPON』(いずれも飛鳥新社)


2010年には『氷河期』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション)と『天空のビバ ンドム』(原正人訳、飛鳥新社)が単行本の形で出版され、その後も2012年に『サルヴァトール』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション)と『レオン・ラ・カム』(原正人訳、エンターブレイン)が翻訳されるなど、現在ではBDの代名詞的存在になっている。
今回発売される『フォリガット』は、ド・クレシーの実質的なデビュー作で、まるで絵画を思わせるような濃密な画面が魅力の作品である。なんとこの作品ではコラージュまで使われているのだとか。『天空のビバンドム』のグロテスクかつスラップスティックな雰囲気が好きな読者には強くおすすめしたい。


フアンホ・ガルニド『ブラックサッド』シリーズの第1巻「黒猫の男」と第2巻「凍える少女」(共にフアン・ディアス・カナレス作、大西愛子訳、早川書房)が2005年に出版され、日本でも知られるようになった。その後、第3巻「赤い魂」が『ユーロマンガ』Vol.1とVol.2に、第4巻「地獄と沈黙」が『ユーロマンガ』 Vol.5とVol.6に、それぞれ掲載されたが、この度、フアンホ・ガルニドの来日に合わせて、第3巻「赤い魂」が単行本としてまとめられることになっ た。
今回の単行本には付録として、『ブラックサッド』の創作過程を語った『創作秘話 水彩物語』の「赤い魂」のパート25ページ分が収められる。下絵などをふんだんに交えつつ、ガルニド本人が自作を語るというファン必携の内容である。
なお、これまで作者表記はフアーノ・ガルニドだったが、スペイン語の発音になるべく忠実にという配慮から、今回の翻訳からフアンホ・ガルニドという表記が採用されることになった。
ち なみに『ユーロマンガ』Vol.3には「天に唾を吐く」という2ページの短編が、Vol.4には「犬"猫"の仲」というやはり2ページの短編が掲載されて いるので、ブラックサッド・ファンはこちらもお見逃しなきよう。今年11月にはフランスで第5巻「Amarillo(アマリロ)」が刊行予定。第4巻と共にこちらの日本語版の刊行予定も気になるところである。


ニコラ・ド・クレシーやフアンホ・ガルニドと比べると、アルチュール・ ド・パンスはまだ日本では知名度が低い。『ユーロマンガ』のVol.4で『かわいい罪』の第1巻が抄訳されたのが最初の翻訳で、続いてVol.7と Vol.8に『ゾンビレニアム』の第1巻が訳されている。
今のところ翻訳単行本はないが、この度、来日に合わせて、『カニカニレボリューション』が刊行されることとなった。内容については以前BDfileで紹介したことがあるので、そちらをご覧いただきたい。

上 でも述べたようにもともとは『カニの歩み』というタイトルだが、作者の了解を得た上で、タイトルを変えている。この作品には『カニ革命』という原作に当た る短編アニメがあるのだが、それについても近いうちに日本語の字幕を入れて、ユーロマンガのHP上でご紹介できると思う。もうしばらくお待ちいただきたい。


さて、せっかくなので、ここで、アルチュール・ド・パンスの作品の中でも、ごく一部しか翻訳されていないため、全体像が見えていない『かわいい罪』をご紹介したい。


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▲『かわいい罪』Péchés Mignons, 第1~4巻


『かわいい罪』の第1巻は2006年刊。ほぼ1年に1冊のペースで、現在第4巻まで刊行されている。既に述べたように第1巻については抄訳が『ユーロマンガ』Vol.4に掲載されている。フランス語ではあるが、以下で数ページ分試し読みすることも可能である。
http://www.bdgest.com/preview-199-BD-peches-mignons-recueil-de-gags.html


『かわいい罪』の主人公は作者と同じ名前のアルチュールである。


▲主人公アルチュール


第1巻は基本1話完結の短編集で、アルチュールの女性遍歴がユーモラスに描かれる。各話の間には特に密接な関連性はない。
第 2巻も前半は第1巻同様、主人公の女性遍歴中心だが、彼の職場が固定し、それに応じて脇役もはっきりとし始める。第2巻の中盤、友人たちとのホームパーティで、アルチュールはクララという女性と出会う。

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▲クララ


クララは友人の友人の彼女だったが、パーティの場での彼氏の言動にあきれ、アルチュールとその場を去ってしまう。その後、2人はつき合うことに。以降、アルチュール視点の作品とクララ視点の作品が交互に展開していく。やがて、第2巻の最後ではアルチュールが浮気をする

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▲第2巻より


第3巻はアルチュールと別れた後のクララの男性遍歴中心。職場の上司に言い寄ったり、研修生に手を出したり、レズを試してみたり、カーセックスを試してみたりとクララの奔放な生活がおおらかに描かれる。自由気ままに一人身の生活を満喫するクララの姿が非常に魅力的である。アルチュールとは別れてはいるものの、今でも関係は続いている様子。

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▲(左から)消防士とお近づきになるためにボヤを起こそうとするクララ/友人から預かった犬でバター犬を試そうとするクララ/男にほとほと愛想を尽かし、友人とレズプレイを試みるクララ/夢の中でモテない男の味方スーパーセクシーに変身するクララ (※クリックで拡大します)


第4巻は2人の主人公の最接近を描く。別れて以来、さまざまな異性遍歴を続けるアルチュールとクラ ラだが、友人同士の結婚をきっかけに再び急接近する。その間のさまざまな出来事。理想の女性が現われるまで二度とセックスをしないと誓うアルチュールに罠をしかけたり、ハプニング・バーに二人で出かけたり、友人4人と一緒にブダペストに旅行し、バーでぼったくられ、挙句にAVに出演させられるハメに陥ったり・・・・

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▲ブダペストのバーでぼったくられ、AVに出演する羽目に陥るアルチュール一行 (※クリックで拡大します)


第1巻から第2巻途中までは艶笑譚めいた小話が多く、まとまりを欠いた印象があるが、2巻途中でクララが登場してから、物語が一 つの筋に収束され、うまく転がり始める。とりわけ第3巻は、クララの肉食系ビッチな暴走っぷりを描いていて実に痛快である。グラフィックのかわいさやテンポのいいストーリー展開はもちろん、BDには珍しく女の子たちの自由奔放な生き方をポジティヴに描いている点も魅力だ。第2巻の途中からは原作協力者としてマイア・マゾレット(Maïa Mazaurette)という女性作家を迎えているそうだが、それが功を奏しているのだろう。
はたしてアルチュールとクララは第5巻で身を固めることになるのか!? 今後の展開を見守りたい。

なお、2010年4月に発売された『季刊エス』30号にアルチュール・ド・パンスのインタビューが掲載されている。 興味がある方はぜひご覧いただきたい。


(Text by 原正人)

REVIEW

クールなアートに一目惚れ! SFアクションBD 『ZAYA ザヤ』


日本語で読めるBDが少しずつ増えてきている昨今ですが、
まだまだ日本で知られていない傑作BDがたくさんあります。

そこで今回は、一部BDファン、SFファンの間で
密かに話題になっていたSFアクションBD 『ZAYA ザヤ』 を
翻訳者の原正人さんに紹介していただきました!



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しばらく前にこのBDfileで日本マンガ・アニメの影響下に描かれたBDとして、クリストフ・フェレラの『ミロの世界』とバスティアン・ヴィヴェスの『ラストマンを紹介した。

『ミロの世界』を紹介した際に述べたように、フランスでは1990年代半ば以降、日本マンガに触発された作品が登場し始め、現在では絵柄や単行本の版型まで日本マンガに似せた作品が出版されているほどである。

今回紹介するジャン=ダヴィッド・モルヴァン作、ファン・ジャー・ウェイ画『ZAYA ザヤ』は、版型こそ通常のBDと変わらず大判だが、作画スタイルの点では、やはり日本マンガの影響を強く受けた作品である。

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▲Jean-David Morvan & Huang Jia Wei, Zaya, Dargaud 全3巻


脚本を手がけているジャン=ダヴィッド・モルヴァンについては、寺田亨の『Le Petit Monde―プチ・モンド』(集英社)の原作や藤原カムイ『LOVE SYNC DREAM(ラブシンクドリーム)』(徳間書店)の原案を手がけているのでご存じの方も多いことだろう。


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▲『Le Petit Monde―プチ・モンド』(集英社)/『LOVE SYNC DREAM(ラブシンクドリーム)』(徳間書店


作画のファン・ジャー・ウェイは若手の中国人作家。フランスではこの作品以外に『ヤー・サン』と『アモール・ア・モート』が既に刊行されている。後者については、飛鳥新社が刊行している雑誌『少女世界』第一号、第三号、第六号に掲載されており、日本語で読むこともできる。

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▲Bang Wang & Huang Jia Wei, Ya San, Kana, 2007

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▲Jean-David Morvan & Huang Jia Wei, Amour à mort, Glénat, 2012


正確にはわからないが、印象としてはBDを発表している中国人作家はそれなりに多く、ファン・ジャー・ウェイ以外にも、ホドロフスキーと組んで『王の血』を制作しているドンジ・リューや以前、講談社から刊行されていた『MANDALA』に短編を寄せていたベンジャミンを始め、注目作家もいる。

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▲Alexandro Jodorowsky & Dongzi Liu, Sang Royal, Glénat, 既刊3巻, 2010-/『MANDARA』(講談社)


ZAYA ザヤ』に話を戻そう。

この作品は、2012年から2013年にかけて全3巻で刊行された。実は、フランスで単行本が刊行される以前、2009年に行われた、外務省が主催する第3回国際漫画賞で優秀賞を受賞している。この時点ではまだストーリーの全体が完成していず、第1巻に相当する部分だけが応募されたようである。
※受賞を報告するページはこちら→ http://www.manga-award.jp/jp/award_003.html

上記のページにも簡単なあらすじは記されているが、物語はおおよそ以下のとおりである。


ザヤ・オブリディーヌは宇宙をまたにかける犯罪組織スパイラルの元諜報員である。幼くして母を亡くした彼女は、妹を養うために犯罪を重ね、その過程でスパイラルに拾われる。だが、双子の娘ができたのを機にスパイラルを抜け、今はホログラム彫刻のアーティストとして活躍する傍ら、育児にいそしんでいる。

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▲ヒロインのザヤ


そんなある日、彼女のもとにスパイラルから召集状が届く。詳細を知らされぬまま、娘たちを妹のカルメンに委ね、召集に従うザヤ。実は、彼女の知らないところで、スパイラルの諜報員が次々と殺される事件が起きていた。

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▲スパイラルの諜報員を狙う殺し屋


しかし、ある諜報員が戦闘の合間に敵のDNAの採取に成功し、その身元が明らかになる。彼の名はシエガム・クザサミ。パワースーツを身にまとい、圧倒的な攻撃力で、諜報員たちを次々と葬る殺し屋である。

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▲殺し屋対スパイラルの諜報員


敵の情報を手に入れたスパイラルは反撃に転ずる。ザヤが召集されたのは、この作戦の一翼を担うためだった。スパイラルは避暑地エストレッラ・デ・マールのヨットに彼を誘いこむことに成功する。ザヤもウェイトレスに扮し、ヨットに乗り込む。

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▲ウェイトレスに扮するザヤ


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▲エストレッラ・デ・マールの遠景


多くの諜報員が命を落とすなか、ザヤは得意の体術を活かし、敵の抹殺に成功する。

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▲スパイラル 対 殺し屋


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▲ザヤ 対 殺し屋

だが、その戦闘がきっかけで、彼女の身に奇妙なことが起こる。作戦を終え、故郷に戻ったザヤを迎えたのは、彼女の存在の消失という事態だった・・・・。スパイラルに彼女の身元を証明するデータが一切ないだけでなく、いつの間にか双子の母親は妹カルメンになってしまっていた・・・・。ザヤの運命やいかに!?


画像をご覧いただければわかると思うが、とにかく絵がうまい。室内やメカの緻密な描写、ごちゃっとした印象もあるが、迫力あるアクションシーンなど、見どころ満載である。抑えが効いた渋めのカラーリングもすばらしい。

女性キャラを主役に据えたSFアクション作品ということでいうと、『攻殻機動隊』や『銃夢』を思い起こさせる。この2つの作品は『AKIRA』とともに90年代にフランスに紹介され、一部で熱狂的な人気を博した作品であり、原作を手がけたジャン=ダヴィッド・モルヴァンが、これらへのオマージュとして『ZAYA ザヤ』という作品を作っていても不思議はない。

ファン・ジャー・ウェイのアートは、寺田克也や鶴田謙二といった日本が誇る絵師に通ずるところがあり、日本人の中にも好きだという人はかなりいるのではないだろうか。ぜひ日本で刊行してほしい作品である。何だったら、ファン・ジャー・ウェイには日本のマンガ誌で描いてほしいと思うのは私だけではあるまい。


(Text by 原正人)
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