COLUMN

闇はまだまだ深い! キュートでダークなケラスコエットの世界!


2010年のアングレーム国際漫画祭で公式セレクションにも選ばれ、注目された
マリー・ポムピュイ &ファビアン・ヴェルマン作、ケラスコエット画のBD『Jolies ténèbres』。

先頃、『かわいい闇』のタイトルで
河出書房新社から邦訳版も発売され、話題となりましたが、
本作のアートを手がけるケラスコエットは
実は男女二人組みのイラストレーターユニットなのです。

今回は、ライターの林聡宏さんが、著者本人のインタビューを交えつつ、
今、BD界注目のアーティスト、ケラスコエットの作品について紹介してくださいました!


* * *


先頃、河出書房新社より『かわいい闇』というBDが邦訳刊行され、Twitter上で「かわいさとグロさ、シュールさが魅力」「ファンアートが描きたくなる」など話題になっている。

そのイラストを担当しているのが、かわいさをダークに演出するイラストレーターユニット「ケラスコエット(Kerascoët)」である。今回は、BD界で唯一無二の世界観を広げつつあるこの二人についてご紹介したいと思う。


まずはご存じない方のために、彼らの経歴についてお話ししよう。

ケラスコエットは、2002年より活動する男女二人のイラストレーター、マリー・ポムピュイ(Marie Pommepuy)セバスティアン・コセ(Sebastien Cosset)のデュオ。BD以外にもKENZOやELLE、スターバックス、フォルクスワーゲンなどのイラストやアニメーションから、パリ市内のショッピングセンターのモザイクアートまでマルチに活躍している。
彼らがBD界に参入したのは2005年、DonjonシリーズDonjon Crépuscule(トワイライト・ダンジョン)』に寄稿したのが始まりだ。ルイス・トロンダイム、ジョアン・スファールをパートナーにイラストを担当した。


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▲左:『Donjon Le Dojo du lagon(ラグーンのドジョ)』/中央:左記内容/
 右:『Donjon Les nouveaux centurions(新たな百人隊長)』(1998~、Delcourt社)



その1年後、初の単行本『Miss pas touche(ミス・アンタッチャブル)』を出版。全4巻で完結している。
時は1930年代、大不況や映画の発展、隣国スペインの内戦など激動時代。かわいらしいが恥ずかしがり屋で、頼りない少女ブランシュが目の前で親友を殺されたことをきっかけに物語が展開していく。彼女が上流階級の欲望と陰謀渦巻く事件に巻き込まれながら、一女性として成長していくサスペンス作品である。この時期から、既に「愛らしさ」と「腹黒さ(そして現実と理想のギャップ)」などを取り上げている。男性主体のテーマになりがちなBD界において、生き抜くために手段を選ばぬ女性たちの力強さを描ききった快作である。
ちなみにこの作品のシナリオライター、ユベール(Hubert)とは、後の『Beauté(美しさ)』でも共作することとなる。


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▲『Miss pas touche(ミス・アンタッチャブル)』(2006、Dargaud社)


そして、2009年出版の『Jolies ténèbres(かわいい闇)』でその人気を確固たるものにした。この作品に関してはフランス本国でも賛否が分かれ、タブー視されていた「少女」と「死」という互いにセンシティブなテーマの融合には難色の色を示す読者や批評家も少なくなかったようだ。
しかし、作中では「誰もが幼少期に経験した苦悩」や「必ず対峙しなくてはならない人の死」が描かれ、人々の心に強烈な消化不良感とともに妙な親近感も残した。邦訳版巻末インタビューにおいて、ケラスコエットが「子供向けではないんです」と念を押しているように、本作は子供時代を振り返る青年期以降の人々こそを対象としている。だからこそ、イラストの軽快さとストーリーの重厚さのハーモニーを楽しむ余裕が産まれるのだろう。


その後、『Beauté(美しさ)』をユベール(シナリオ及びカラー担当)との共作で発表。愛らしいキャラクター達の作り上げるダークな世界観を引き継いでいる。
この作品の妙は「妖精の魔法により(実際に美しくなるわけではないが)人の目からは美しくみえるようになる」という物語の起点であろう。背景や衣装からディズニーの『白雪姫』(ストーリーとしてはシンデレラと近いプロットではあるが)の様な世界を想像してしまうが、それにしてはどうも妖精が力不足である。
自分は世界一醜い、と絶望の日々を送る主人公は、何とも煮え切らないこの魔法により、絶世の美女となった(ように見せかけた)。土地を納める若き領主の女となり、王にまで見初められることとなるが、その歯止めの効かぬ美貌により、周囲には争いが絶えなくなる......。
誰もが憧れる美貌であるが、いざそれを手に入れると、それに慣れていないために周囲と自分をコントロール出来ず、結局不幸からは抜け出せない。男と女、他人を妬む人間の業を鋭く描いている。

デジタルにベタッと塗ったカラーが、『かわいい闇』のタッチとは異なる表情を作り上げており、個人的に推薦したい点である。主人公に魔法をかける適当妖精マブも何とも憎めない。


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▲『Beauté』(2011、Dupuis社)


『かわいい闇』邦訳版の巻末には3ページに渡るロングインタビューが掲載されている。今回、まだそこでは明かされていなかった最新巻についての情報や、日本漫画に対する思いなどを、インタビューで彼らが語ってくれたので掲載しよう。




――はじめに日本や日本のマンガに対するイメージを教えてください。

ケラスコエット「わたしたち(イラストレーターやBD作家)にとって、日本はエルドラドなのよ。
フランスではまだまだ文学の方が優れているとされて、イラスト分野は軽視されてる。表紙にイラストのない小説の方が高尚とされているのに"買われてはいない"という妙な状況なの。けど日本では信じられない量のマンガが出版されてるし、80年代に日本のアニメに釘付けだったわたしたちの世代はいつも日本を夢見ていたわ。手塚作品の独創性、デッサンの概念を壊してしまう辺りはすごく魅力的。彼は視覚的なギャップ使って、絵で遊んでいるみたい。個人的に絵柄がいつも定まってるものに惹かれるのかな。
お気に入りは『風邪の谷のナウシカ』、『AKIRA』、『ドラゴンボール』。妙に信憑性のある独自の世界観を作り上げているところが素敵ね」


――まだあなた方の作品を読んだことのない人々に、あなたの作品の特徴を教えるとしたら?

ケラスコエット「はっきりとは難しいわね! 毎回同じ作風にしないようにしているから。毎回心がけているのは、生き生きとしながらもまとまりがある独創的な絵を描くこと、イメージの世界に入り込んで創作することね。あとは他の人なら気が引けるようなテーマにあえて取り組むようにしてるわ。セックスや死、子供時代、自然を描くことが多いかな」


――個人的には『Beauté』がお気に入りなのですが、何か作成秘話などありますか?

ケラスコエット「主人公のモリュは変身後からはっきりと外見が変わって、最後までかわいらしく描かなきゃいけなかったから大変だったわ! 何十ページか描いた後に、噛み合ないことに気づいたり、冷めたように見えたり、作風自体を変えてしまい兼ねない変なギャグに見えてきたりね。
そんなときはそういうページを全部描き直して、キャラクターがあるがままに動くようにするの。そうするとより生き生きとしていて表情豊かになるから、彼女が内側に秘めたものと彼女が外側に出すリアクションのギャップにわたしたちも驚かされるわ」


――『Beauté』や『Miss pas touche』、『かわいい闇』など多くの作品では、一見平凡だったり、頼りない少女が主人公となることが多いようですが......。


ケラスコエット「大抵シナリオライターと共作するから、彼らのやり方によるんだけど......わたしたちは何か不完全なキャラクターが好きなの。それこそが彼ら自身を魅力的で雄弁にするものだと思ってる」


――今後の作品展開や、注目して欲しい作品を伺えますか?


ケラスコエット「9月16日にフランスで『Beauté』の完全版が出たからそれかな。限定版ですごく綺麗な装丁に出来上がってる。
あとは、これもフランスでなんだけど、10月上旬に発売予定の350ページもあるアートブック『Paper Dolls(ペイパー・ドールズ)』。今までの作品からのイラスト・セレクションね。
最近は子供向けのシリーズ作品『Les tchouks(チューク)』も作ってるの。未発表のデッサンも特別にお見せするわ」


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▲『Beauté』新装版。中身はオレンジ、黒、白の三色刷り。ちなみに本作は『Miss pas touche』と共にケース版も発売されている。日本では余程の大作の復刻版にしか行われないこの豪華版には何ともフランスの美意識を感じる。


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▲左:『Beauté』ケース版(2009、Dargaud社) / 右:『Miss pas touche』ケース版(2013、Dupuis社)。
『Miss pas touche』ケース版には書き下ろしイラストや、缶バッジまでついており、他に『Beauté』の各一枚刷りのイラスト集も発売されている。


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▲左:『Paper dolls』(2014、Soleil社)/右:『Les tchouks』(Rue de Sèvres社)


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▲『Les tchouks - On a fait une cabane!- (小屋を作ったの!)』


――最後に『かわいい闇』は読書好きな層や、愛らしいキャラクターが好きな層など、日本でBDを今まで読んでいなかった人々に読まれ、Twitterでも話題になりました。これに対して思うところはありますか? また日本の読者へメッセージがあればお願いします!

ケラスコエット「わたしたちのBDが多くの人に読まれて、心に残ったなんて本当に素晴らしいニュースだわ。簡潔とは言えないわたしたちの作品のシナリオが評価されて、他にもたくさんBDがある中で、すごく独特なわたしたちの作風に共感してくれた人が日本に多かったのは本当に驚き。読んでくれただけじゃなくて、心に届いたことが一番嬉しいわ!
そしてわたしたちの本を読んでくれて本当にありがとう! いつかお会いして、買っていただいた本にサインをプレゼント出来るのを楽しみにしています!」


――お答え頂き、ありがとうございました! これからもお二人の作品を楽しみにしてます!





インタビュー中にもあったような、彼らの「ギャップに対する考え方」や「不完全さや不安定さの魅力」。それこそが彼らが唯一無二のユニークなBDを作りあげている所以だろう。日本人の視点から見ると、フランスは全てのアートに対して、一見寛容だが、フランス人のBD作家からみると未だ閉鎖的な文化体系であるという意見も非常に興味深い。BD作家、イラストレーターとして幅広いコンテンツで活躍する二人から、これからも目が離せない!


―『Donjon』......現在のRPGの基盤とも言われるアメリカのRPGゲーム『ダンジョン・アンド・ドラゴンズ』の世界観をパロディ化したフランスのロングセラーBD。1998年から続き、40巻を優に超える長編シリーズ第三章『Donjon Crépscule(トワイライト・ダンジョン)』の2巻をケラスコエットの二人が担当している。Donjon(ドンジョン)とはダンジョンの意。


<参考>
Kerascoët公式サイト(仏語、一部日本語): http://kerascoet.fr/
BDな日々(『かわいい闇』翻訳者・原正人氏のブログ):
http://bdnahibi.blog.fc2.com/blog-entry-4.html


Text by 林 聡宏

COLUMN

じゃんぽ~る西原作アニメ『パリ番外区』が今年のJAPAN EXPOに!


今年も、7月2日から6日にかけて
ヨーロッパ最大の日本文化とエンターテイメントの祭典
JAPAN EXPO(ジャパンエキスポ)がフランス・パリで開催され、盛況のうちに終わりました。

その会場の一画で、今年、一本の短編アニメーションが紹介されました。
パリ番外区 / un étranger à paris』というタイトルのこのアニメの原作を手がけたのは、
パリ生活でのトラブルとカルチャーギャップを綴った
エッセイ漫画『パリ 愛してるぜ~』などの作品で知られるじゃんぽ~る西さんです。

そこで今回は、ライターの林聡宏さんに、
このアニメ『パリ番外区 / un étranger à paris』について
原作者じゃんぽ~る西さんのコメントを交えつつ、ご紹介いただきました!



* * *


じゃんぽ~る西という漫画作家をご存知だろうか?

氏は日本人漫画家ながらパリでの生活をエッセイ漫画として描いている希有な存在である。皮肉の利いたブラックユーモア、それに反する朗らかなかわいらしいタッチで、フランス好きや漫画愛好家からも注目されている。特にフランス在住邦人からの評価は非常に高く、自らの異国生活の憂鬱・葛藤と照らし合わせ、共感してしまう読者が多いのだという。

今回、パリ郊外にて行われたフランス最大の日本文化イベントJAPAN EXPO 2014において、じゃんぽ~る西さん原作の短編アニメ『パリ番外区 / un étranger à paris』が仏語版へリニューアルされ、東京のクリエイター達が結成した団体のもと出展された。そこで、じゃんぽ~る西さんのコメントを交えつつ、ご紹介させていただきたいと思う。

既にご存知の方も多いかと思うが、JAPAN EXPOは 2000年からフランス人の手によって始まった日本文化の発信イベントで、主なゲーム、コスプレ、漫画、アニメ、J-POPといったブースから、書道や柔道、折り紙やゆるキャラなど文化ブースなども含めたフランス有数の巨大イベントだ。漫画家では永井豪氏、小畑健氏、桂正和氏や浦沢直樹氏が過去に招かれ、音楽やアニメーターなど幅広く、日本の著名人、クリエイターを招聘している。
 

まずは未だ作品をご覧になったことのない方のために、YouTubeからリンクを拝借したい。


●『パリ番外区 / un étranger à paris』<日本語版>

エピソード1(03:55)


エピソード2 (05:15)
https://www.youtube.com/watch?v=RmLb_9Co6M4
エピソード3 (04:56)
https://www.youtube.com/watch?v=Do_2HPVQhHY


いかがだろうか。パリに在住したことのある方なら、思わずくすっとしてしまう「あるある」ネタを感じられたのではないだろうか。もちろんパリ、フランスへ滞在されたことのない方にも、ガイドブックや写真で見るだけではない、ほのぼのとした中にもリアルなパリが感じられる作品となっている。

実際にパリに滞在してみると、日本人であったり、アジア人であったりするアイデンティティを強烈に再確認することとなる。じゃんぽ~る西さんはBD・漫画という日仏の共通ツールを用いて、それを感じ取り、本来は日本人が避けてしまいがちな、パリの暗い部分や、厄介ごとなども含め、実に軽快に描ききっている。今作の魅力の一つとして、主人公は驚き、何度もつまずくのだが、さらりとそれをかわしながら、その中に溶け込んでいっている点が上げられるだろう。多くの日本人にとってはまだまだ難しい問題だ。
 
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▲JAPAN EXPO 2014での『パリ番外区』出展の様子


昨年来場者数が23万人を超えたJAPAN EXPOだが、入場者数は毎年増え続けている。今作の監督を務めた塩原壁さんによれば、日本でのイベント放映では好評だったが、制作者としては実験的な企画で不安もあったそうだ。そんな中、会場には今作のファンであるというフランス人客の姿も。上の写真のように漫画を長々と読みふける客もいたという。


じゃんぽ~る西さんはフランスに滞在した際の滞在記を記されたエッセイ漫画『パリ 愛してるぜ~』でパリ在住邦人、過去に滞在した日本人を中心に人気を博した。

140806_07.jpg 『パリ 愛してるぜ~』


[著者]じゃんぽ~る西
[出版社] 飛鳥新社
2011


『パリ愛してるぜ~』が好評を博してからは、後は続編として同様にパリ生活でのトラブルとカルチャーギャップを綴った『かかってこい パリ』(飛鳥新社、2012)『パリが呼んでいる』(飛鳥新社、2012)を発表し、現在は女性向け月刊誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)にて『モンプチ~予期せぬ人生~』、仏IT関連情報サイト『Cublic.com』内のLive Japonにて、短編漫画を週間連載。自身のブログ『つつじヶ丘通信』にはその日本語版を掲載されている。

ちなみに彼は自他ともに認めるBDの愛好家でもあり、91年、日本でも「ミスターマガジン」(講談社、2001より休刊中)にて『目隠し鬼』を連載したマックス・カバンヌを好きな作家として挙げている。[*1]

140806_08.jpg 『目隠し鬼』


[著者]Max Cabanes
[出版社]Casterman
1993


BDに強く心惹かれたじゃんぽ~る西さんは、BDを学ぶべく渡仏を決意するが、現実はなかなか思い通りにはいかない。残念ながら『パリ番外区』の中でもBDに関する話は描かれなかった。しかし、パリ滞在によるBDからの影響はじゃんぽ~る作品の中にも影響を及ぼしているのだという。最後にじゃんぽ~る西さんよりいただいた、インタビュー型のコメントをご紹介したいと思う。

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Q. 今作のアニメ化、続いてフランス語版作成についてどのような印象でしたか?

最初に作品を「アニメにしてみたい」と塩原さんに言われた時は不安もありましたが、仕上がった映像を見て、原作のエッセンスを生かしつつ完全に塩原さんの作品になっていると感じたので安心しました。大変光栄に思っています。
声優さんに関しても、とても良かったです。日本語版でも淡々としたトーンで女性の声が入っていて、確かKotoriさんという方だったと思います。最初は「え、女性なの?」と思いましたが聴いてみると作品の世界観にぴったりでした。仏語版のクレールさんの声はKotoriさんと共通する味があるので違和感がありません。
ゆったりと時間が流れていく感じや静寂の中にフッと一言言葉を置いていくような感覚は監督の塩原さんの世界だと思っています。

ちなみに秘話というわけではないですが、『パリ 愛してるぜ~』(雑誌掲載時は『パリの迷い方』)最終話で帰国のために空港に向かう主人公をオペラのロワシーバスの停留所までファビエンヌちゃん[*2]が見送りに来るエピソードがネーム段階でありましたが「最終話でしんみりしすぎ」という担当編集者さんのアドバイスもありボツにしました。最終的にできた形が気に入っているので良かったとは思っています。


Q. フランス人や日本人はもちろん、台湾人の女性からも反響があったようですが、これを機にどのような層に作品を見てもらいたいと思われますか?

昨年パリでサイン会をした時に来てくれた読者の方は、パリ在住の日本人、日本人カップル、日仏カップル、日仏ハーフの小学生、日本語学習中のフランス人学生、バスク地方出身のフランス人老夫婦、パリ留学中のアメリカ人青年、フランス人の夫を持つパリ在住のベトナム人女性など、実に様々な人達でした。共通するのは「部外者としてパリを外から見る視点を持っている人達」でしょうか。
最近、台湾版が出て台湾人の読者の方にも会いました。日本の漫画が大好きという学生の女の子でした。海外版が出たことによって「こんな層の方にこんな読まれ方をするのか」という予想外の驚きがあり、その発見が自分に新しい視点をもたらしてくれたと思います。
日本国内においては「パリには全然興味がない」という読者の心にも私の作品が届いたらこんなうれしいことはないです。


Q. BDの日本市場関して、これから更なる邦訳を望まれる作家、作品等はございますか?また最近注目の作家などお聞かせください。

Rébétiko(レベティコ)』は邦訳してほしいです。帯の推薦文はエゴラッピンとかで。
あと去年パリに行った時に買ったのはMargaux MotinManuele Fior [*3]です。


140806_09.jpg 『Rébétiko(レベティコ)』


[著者]David Prudhomme
[出版社]Futuropolis
2009

※詳細はBDfileの過去記事でも紹介。
http://books.shopro.co.jp/bdfile/2012/11/bd-9.html
140806_10.jpg 『J'aurais adoré être ethnologue
(民俗学者になりたかったんだけどな)』



[著者]Margaux Motin
[出版社]Marabout
2009


【Margaux Motin】
ブログ発の女流作家。Pénélope Bagieuなどと共に、女性の視点から赤裸々に日々を綴ったエッセイ型BDで人気に。特に働く若いフランス人女性からの指示が強い。
140806_11.jpg 『Cinq milles kilomètres par seconde
(秒速5000キロメートル)』



[著者]Manuele Fior
[出版社]Atrabile


【Manuele Fior】
イタリア人のBD作家兼イラストレーター。上記の『秒速5000キロメートル』で2011年、アングレーム国際漫画祭にて最優秀アルバム賞を受賞。

ちなみに小学館集英社プロダクションの邦訳作品で一番好きなのは『皺(しわ)』です。物語の冒頭のシーンがとても印象的であれは理想だなと。


Q. 先生の描く作品はBDとは異なるスタイルですが、BDやフランス滞在を通して影響を受けた部分などありますか?

昨年、『ブラックサッド』の作者のガルニドさんが来日した時に講演を聞きに行きました。そこで一コマ描くのに何パターンかの構図を別紙に描く作業工程を公開していて、それは家に帰ってからその週の自分の作業でもやってみました。
また、私はフランスで何人かのBD作家に出会いましたが、彼等には絵はもちろんですが、作品に対する姿勢の点で影響を受けました。彼らは徹底的に絵にこだわり、きちんと絵で語ろうとする。日本の漫画家ももちろん絵にこだわって描いているのですが、両者は微妙に焦点が違います。
Mangaの絵は記号の集積という側面が強く、BDはより絵画的とも言えます。また、刊行スピードが全然違い、文化、ライフスタイルが違う。これらの違いが作業の焦点の違いを生んでいると思います。
「BDとMangaは交差しつつある」のは事実だけどBDとMangaは目指すものが違い、作ってる人達のタイプも違うというのが実感です。
ただ、フランス社会でMangaに影響を受けた若い人達がMangaの表現を使って作品を作ることはこれからどんどん増えると思います。それは本来BDアーティストになる人達とは違う人達です。いわばアマチュアなのですが「言いたいことがあれば誰でも描ける」「描く資格を問われない」のがMangaの魅力だと思っているので面白いことが起きているなと思います。


BDの技術そのものではなく、「作品に対する姿勢で影響を受けた」というのが何とも日仏の社会的な背景の違いを彷彿とさせます。
今回はインタビューにお答え頂きありがとうございました。


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<参考>
じゃんぽ~る西公式ブログ『つつじヶ丘通信』
http://lostinparis.jugem.jp/

『パリ番外区』監督 塩原 壁(デザイナー)サイト
http://www.pekicyte.com/


*1―はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド (玄光社MOOK、2013)より
*2―ファビエンヌちゃん...『パリ番外区』にも登場する、漫画家志望のフランス人の女の子。じゃんぽ~る西さんが恋に落ちるも、儚く散ってしまう。



(Text by 林聡宏)

COLUMN

【BD最新事情】朗読で楽しむBD


翻訳家、日仏コーディネーターとして活躍されている
鵜野孝紀さんが不定期でお届けする現地のBD最新事情!

今回は、近年フランスで増えてきているという
BDの朗読会についてです。


* * *


今年の6月27日、パリのメゾン・ドゥ・ラ・ポエジMaison de la Poésie)で
BDの朗読会が行われた。

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日本でも詩や小説の朗読は珍しくないが、
フランスでは近年BD作品の朗読会が行われる機会が増えている

それでも、メゾン・ドゥ・ラ・ポエジのような本来文芸作品に特化した会場で
BDの朗読が行われるのはさらに新しい動きだ。

自身もBD作家であるシャルル・ベルベリアンが音頭を取り、
今回で3回目の開催となった本イベントでは
数人の作家が自身のBD作品を朗読、作品のヴィジュアルなし、というのが唯一のルール。
あとは何をしようと作家の自由に任される。
ギターを持ち込んで合間に歌を披露したり、作品のテーマに関連した他の本を紹介するなど、
単なる朗読会の枠を越えて自由な表現空間となっている。


シャルル・ベルベリアン(Charles Berberian)は、
Cinérama(シネラマ)』を朗読。

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▲お気に入りのヘンな映画について語ったコミックエッセイ集       


ペネロープ・バジュー(Pénélope Bagieu)が
Cadavres exquis(優雅なゴースト)』を。

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▲引きこもりの流行作家と出会ったごく平凡なヒロインがたどる数奇な運命。
 2011年アングレーム国際漫画祭でSNCF(フランス国鉄)賞を受賞。


ジャン=クロード・ドゥニ(Jean-Claude Denis)は
Nouvelles du monde invisible(短編集・見えないものたち)』を。

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▲2012年アングレーム国際漫画祭グランプリ作家による、香りをテーマにした短編集。


リュペールとミュロ(Florent Ruppert et Jérôme Mulot ※ )は
Panier de singe(猿のカゴ)』を朗読した。

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▲動物の性生活を追うカメラマン2人組の奇妙な冒険。
 ユニークな作風が評価され、2007年アングレーム国際漫画祭の新人賞を受賞。



実際に、BDの朗読会がどのような雰囲気で行われているのか、
参考までに、以前BDfileでもご紹介したBD作家リアド・サトゥッフ
2010年に行った朗読会の模様をご紹介しよう。

[参考]
BD作家リアド・サトゥッフが2010年に行った朗読会の動画(仏語・字幕なし)



二人の女優(ヴァレリー・ドンゼッリとロール・マルサック)と
La vie secrète des jeunes(若者達の密かな生活)』を朗読。
イマドキの若者の話し言葉をまねているのが、フランス語は分からなくても伝わってくる。


セリフやテキストの多いBDだから成り立つパフォーマンスであるとも言えるが、
日本におけるマンガとはまた違った
フランスでのBDの立ち位置を示す事例として面白いのではないだろうか。


Text by 鵜野孝紀

COLUMN

【没後80年記念出版】アメリカ初期新聞漫画の傑作『リトル・ニモ 1905-1914』


今回は、来月8月上旬発売予定のアメリカ初期新聞漫画の傑作
リトル・ニモ』についてご紹介します。

アメリカの漫画ならBDとは関係ないじゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
この『リトル・ニモ』、アメリカはもちろん、ヨーロッパや日本のクリエイターにも
たいへん大きな影響を与えた作品なんです。

今回、小学館集英社プロダクションより出版される『リトル・ニモ 1905-1914』は、
海外コミック翻訳・研究の第一人者・小野耕世氏による翻訳で、
1905年から1914年までの連載を、日本で初めて完全収録した
まさに邦訳決定版といえる内容となっています。

リトル・ニモ.jpg リトル・ニモ 1905-1914

ウィンザー・マッケイ[著]
小野耕世[訳]

大型本(347×265㎜)・上製・
448頁(予定)・本文4C

定価:6,000円+税
ISBN 978-4-7968-7504-2
小学館集英社プロダクション

好評予約受付中!!


『リトル・ニモ』とはなんぞや?というお話については
先日更新された「アメコミ魂」をぜひご覧いただくとして、
ここでは、著者ウィンザー・マッケイと『リトル・ニモ』の影響を受けた人々について
簡単にご紹介したいと思います。


* * *


■ウィンザー・マッケイについて



『リトル・ニモ』の著者ウィンザー・マッケイは、1867年、ミシガン州スプリングレイクの出身。
出生証明書が火事で消失してしまったことから、出生年は不明とされていましたが、
(墓標には1869年とあり、マッケイ本人は1871年生まれと主張)
最近の研究により、1967年生まれとするのが最も妥当とされています。

幼い頃から絵の才能を発揮していたマッケイですが、
漫画家としてのデビューは意外に遅く、
10代から30代にかけては、主に「10セント博物館」と呼ばれる、
いわゆる見世物小屋でポスターや絵看板を描く仕事をしていました。

そこでの経験が、のちの作家活動にも、大きな影響を与えているのですが、
やがて才能を認められ、32歳のときに地方紙でイラストや風刺漫画を描きはじめます。

そして1903年にニューヨークに移り、1904年からニューヨーク・ヘラルド紙の日曜版で
夢の国のリトル・ニモ』の連載を開始することになります。
この『リトル・ニモ』は人気を博し、1911年には『すばらしい夢の国で』とタイトルを変え、
ニューヨーク・アメリカン紙に掲載場所を移して1914年まで連載されました。
その後、1924年から1926年には再びニューヨーク・ヘラルド紙に連載されています。

毎週日曜日、1ページまるまるを使ったそのコミックでは
主人公のニモが眠りにつき、夢の国でさまざまな冒険をして最後にベッドで目覚める
といういたって単純な筋書きのストーリーが繰り広げられるのですが、
新聞の1ページというスペースを、これほど有効に工夫し利用したマンガ家は、
彼の前にも後にもいない
」(訳者解説より)と評されるほど画期的で斬新なものでした。


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▲有名な、ベッドの脚が伸びて街へと歩き出すシーン。


今なお色あせない、そのデザイン・構成の斬新さ、イマジネーションの豊かさは
大衆の娯楽であった漫画を、芸術の域にまで引き上げたといっても過言ではありません。


一方で、ウィンザー・マッケイはアニメーションの世界でも優れた才能を発揮します。
1911年には、自身初のアニメーション作品となる『リトル・ニモ』を発表。
『リトル・ニモ』のおなじみのキャラクターが登場するアニメーションで、
実写によるイントロダクション部分とアニメーション部分との2部構成になっています。


『Little Nemo』(1911)



また、1914年には初期アニメーションの傑作『恐竜ガーティ』を制作。
世界で初めて商業的に成功したアニメーション映画とも言われており、
アニメ史上に残る重要な作品となっています。

『Gertie the Dinosaur』(1914)



ウィンザー・マッケイがアニメ業界に残した功績については、
細野宏通著『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか―アニメーションの表現史』などに詳しいですが、
このような功績から、マッケイは「アニメーション映画の先駆者」としてもその名を知られています。

マンガ界、アニメ界に多大な功績を残した天才クリエイター
ウィンザー・マッケイは1934年7月26日、68歳でこの世を去りました。
今年は、その没後80年にあたる記念の年なのです。



■『リトル・ニモ』に影響を受けた人々


実は『リトル・ニモ』は長編アニメーション映画として劇場公開されたことがあります。
1989年に、日米共同制作で公開された映画『NEMO/ニモ』です。

これは「世界で通用するアニメーション映画を作る」ことを目指して企画したもので、
日本からは大塚康生高畑勲宮崎駿
アメリカからは『スター・ウォーズ』のプロデューサーとして有名なゲイリー・カーツ
SF作家のレイ・ブラッドベリ、そしてフランスからはあのメビウスが参加するという、
今では考えられないほど豪華なプロジェクトでした。

残念ながらさまざまなトラブルにみまわれ、興業的には失敗に終わりましたが、
(※プロジェクトの顛末については大塚康生著『リトル・ニモの野望』に詳しい)
日本のアニメーション史に残る壮大な夢のプロジェクトとして知られています。
これだけの錚々たるクリエイターが『リトル・ニモ』のために集まったというだけでも、
『リトル・ニモ』が、その後のクリエイターにいかに影響を与えているか、
その存在の大きさがわかろうかと思います。


また、BD作家のなかでも、『リトル・ニモ』に影響を受けたという作家は多く、
先日刊行された『ローン・スローン』の著者フィリップ・ドリュイエは、そのインタビューの中で、
BDに革命を起こした作家のひとりとして、ウィンザー・マッケイの名前を挙げていますし、
『闇の国々』のフランソワ・スクイテンは、自分の原画と引き換えに
『リトル・ニモ』の原画を手に入れ、自宅の寝室に飾っているといいます。

その他にも、リトル・ニモ連載開始100周年を記念して刊行された
Little Nemo 1905-2005 un siècle de rêves』という本の中には、
メビウス、スクイテン、大友克洋、ダヴィッド・ベー、ロレンツォ・マットッティ
クレイグ・トンプソン、マルク=アントワーヌ・マチューなど
豪華な面々が描いたリトル・ニモのアンソロジーが収められています。

140702_02.jpg Little Nemo 1905-2005 un siècle de rêves


Les Impressions Nouvelles
2005年刊行



そしてもちろん、本国アメリカにも影響を受けた作家はたくさんいます。

今回発売される『リトル・ニモ 1905-1914』には、なんと、
そのうちのひとりである、ある海外コミック作家による序文が掲載される予定なのです。

はたして、『リトル・ニモ』の序文を手がけるのは誰なのか?

その答えは、今週4日(金)に更新予定の
毎日なにかを思いだす~小野耕世自伝ブログ~」の中で明かされます!

どうぞお楽しみに~!

COLUMN

【BD最新事情】クリスティーズが初めてBDオークションを開催! 盛況のうち終わる


翻訳家、日仏コーディネーターとして活躍されている
鵜野孝紀さんが不定期でお届けする現地のBD最新事情!

今回は、老舗オークション会社のクリスティーズが
初めてBDの原画のオークションを開催したニュースについてです。

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* * *


140618_02.jpg
Photo : D. Pasamonik (ActuaBD)

今年の4月、老舗競売会社クリスティーズ(Christie's)初めてBDの生原稿を対象とするオークションをパリで開催して話題となった。

364点のモノクロ原稿・イラストが出品され、落札総額は400万ユーロ近く(約5億5,000万円)に達した。

高値をつけた出品物をいくつかあげてみよう。

※下線クリックで、該当出品物の画像にとびます。
※( )内の日本語タイトルはすべて仮題です。



『タンタン チベットをゆく』の下書き原稿1枚:289,500ユーロ(約4,000万円)

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タンタン チベットをゆく



『アステリックス』第19巻 「Le devin(占い師がやってきた)」 表紙用モノクロ原稿
193,500ユーロ(約2,600万円)

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『アステリックス』第19巻 「Le devin(占い師がやってきた)」



『スピルーとファンタジオ』表紙用モノクロ原稿:157,000ユーロ(約2,100万円)

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『スピルーとファンタジオ』



『アステリックス』第20巻 「Astérix en Corse(アステリックス、コルシカ島へ)」
本文モノクロ原稿1枚:145,500ユーロ(約2,000万円)

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『アステリックス』第20巻 「Astérix en Corse(アステリックス、コルシカ島へ)」



メビウスの『アンカル』本文モノクロ原稿1枚:47,100ユーロ(約650万円)

アンカル表紙画像.jpg
アンカル



ジブラ(Jean-Pierre Gibrat)の『Le Sursis(執行猶予)』と
『赤いベレー帽の女』のヒロインを同じ画面に構成したカラーイラスト
67,500ユーロ(約930万円)

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『Le Sursis(執行猶予)』 / 『赤いベレー帽の女



フランス・ベルギーでは元から作家が自らBD作品の原稿を販売することは広く行われており、主な収入源の一つともなっている。たいていは専門のギャラリーが展覧会を開いて販売するほか、BD古書店で常時扱っている場合も多い。

BDオークション自体はこれまでも様々な形で行われており、『タンタン』や『アステリックス』といった古典の生原稿は高値で取引されていたが、今回始めて世界的に有名なクリスティーズによる本格的なオークションが行われるに至った。BD専門ギャラリーの第一人者Daniel Maghenの協力を得て、現代作家も多くカバーする充実した出品目録とするのにおおよそ7年の準備期間が必要だったという。

昨秋、大手BD出版社グレナが、Galerie Glénatをオープンしたのが業界では大きなニュースとなったが、フランスではここ数年BD専門ギャラリーがその数を増やしつつある

印刷物や電子媒体の形で読み物としてのBDに加え、オリジナル原稿がアート作品として鑑賞され、その価値を認められることで、新しい市場を開拓しようとする動きである。

一部のBDマニアがコレクションするのどかな時代から、美術品としてより多くのコレクターを集め投機対象となる時代へのきっかけとなるだろうか。


●同オークションの出品目録は コチラ(ダウンロードして閲覧可能)
●全出品作品の競売結果はクリスティーズのサイトで閲覧可能。


Text by 鵜野孝紀
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